906話 えっ、料理の事?
小麦を薄く焼いた生地に野菜と具を載せる。
そして具を巻き込む様に小麦の生地をくるくる巻いて、
「あっ、この生地、少し破れてる。それに端の方が厚くなっている」
丸く均等に生地を焼くのは、とても難しかった。
なんとか丸くは焼けたけど、部分的に生地が厚い。
「どうした?」
お父さんが不思議そうに私を見る。
「破けてるし、一部分の生地は厚くなっているし……」
私の言葉に苦笑するお父さん。
「初めて作ったんだから仕方ないよ。味はおいしいから大丈夫。でも屋台では、簡単そうに焼いていたのにな」
そう。
屋台で生地を焼いていた人は、とても簡単そうだった。
まさか、こんなに難しいなんて。
「アイビー、大丈夫だって。具はしっかり包めるし、味もおいしい。それにこの食べ方だと野菜もしっかり食べられるしな」
「そうだな」
ラットルアさんの言葉にお父さんが頷く。
確かにこの食べ方だと、野菜をたくさん食べてくれているみたい。
ただ、さっぱりするからなのかいつもよりいっぱい食べているよね?
特に、シファルさんとヌーガさん。
今食べているのは、何個目だろう?
「「んっ?」」
私の視線に気付いたのか、2人が首を傾げる。
「いえ、いっぱい食べてくれているなって思って」
私の言葉にヌーガさんが笑う。
「うまいからな」
「うまい」か、それはうれしいけど食べる量が心配だな。
朝ご飯が終わり、少し休憩する。
ゆっくり過ごしている皆を見て、両手に力が入る。
私の事を話すなら、今が良いよね。
「アイビー、話すのか?」
私の様子に気付いたお父さんが、私の手を握る。
「うん」
少しだけ、話した後の皆の反応が気になる。
でも、きっと大丈夫。
「どうしたんだ?」
お父さんと私の様子を見て、シファルさんが真剣な表情をする。
「えっと、私の事で話があって。特に雷球の練習に付き合ってくれているシファルさんには意見も聞きたくて」
セイゼルクさん達の視線が私に集まるなか、話し出そうとするとジナルさんが視界に入った。
話をする私より、神妙な表情をしている彼にちょっと笑ってしまった。
「えっと、私には……」
私は、前世の記憶やジナルさんから聞い事を皆に話す。
皆に話すと決めてから、どう話をするか何度も考えた。
だから、ちゃんと伝わる筈。
話し終わると、皆の様子を窺う。
「「「「……」」」」
セイゼルクさん達は、それぞれ真剣な表情で考え込んでいる。
いったい、何を考えているんだろう?
「もしかして、前世で食べていた料理を作ってくれた事がある?」
ラットルアさんの言葉に頷くと、彼はうれしそうに笑う。
「凄い。知らない間に、アイビーが前世で食べてた物を、俺は食べてたんだ」
楽しそうに笑うラットルアさんに、少し戸惑う。
前世や制限について話したんだけど、料理の事が気になるの?
「どれが前世の料理だったんだ?」
シファルさんの言葉に、ヌーガさんも私を見る。
3人とも気にするのは、料理なんだね。
こんな反応をしてくるとは、想像できなかったな。
「えっと、牛乳を使ったスープとかサンドイッチとかおにぎりも、あと牛丼もどきとか」
私の返事に、シファルさんもヌーガさんも「あれが」という表情をした。
その傍でセイゼルクさんも頷いている。
そんな4人の様子に、安堵の息が漏れる。
大丈夫とは思っていたけど、少しだけ心配だったから。
「アイビーの料理が珍しかったのは、前世のお陰なんだね」
「うん」
「それと制限か。でも、これで分かったよ」
シファルさんの言葉に視線を向ける。
「不思議だったんだ。アイビーの腕や肩の筋肉には全く問題がなかった。それなのに、遠くの的には全く雷球に見立てた石が当たらないからさ」
筋肉に問題がないのに、的から外しまくるから不思議そうだったね。
「アイビー、腕に触ってもいいか?」
ラットルアさんが私に手を差し出す。
その手に、私は自分の腕を乗せた。
「ありがとう」
ラットルアさんが、私の腕をゆっくりと触る。
「確かに筋肉はしっかりあるな。これだったら、少し遠くの的でも問題ないだろう。もの凄く下手でなければ、的にはある程度当たる筈だ」
「あまりに当たらないから、もの凄く……」
シファルさんが言葉を途中で止め、私を見る。
「凄く下手だと思ってたんだ」
まぁ仕方ないとはいえ、悲しい。
「いや、もの凄く下手なら、近くの的にも当たらないよ。だから……ちょっと下手なのかなって思ったぐらいだよ」
ちょっと下手でも、悲しいかな。
原因が分かって、本当に良かった。
「どうやって練習をする? それにシファルに意見が聞きたいと言ったけど、何が聞きたいんだ?」
セイゼルクさんの言葉に、シファルさんから「あっ」という声が聞こえた。
どうやら忘れていた様だ。
「アイビーの武器を、雷球ではなく弓に変えられないかと思っているんだ」
お父さんの言葉に、シファルさんが真剣な表情をする。
「確かに雷球より弓の方が攻撃力は強い。同じ苦労するなら、弓を練習した方がいいかもしれないな」
「ジナル、記録を書いた者は弓を使える様になったんだな?」
セイゼルクさんがジナルさんを見る。
「あぁ、そうだ。彼が残した記録に、弓と書いてあった」
「彼の練習方法は載っていなかったか? どんな練習をしたか、効率の良かった練習方法とか」
実際に弓を扱える様になった者が残した記録だから、役立つ情報があるかもしれないんだ。
「色々な練習方法を試した様だけど、どれも結果が出なかったみたいだ。的を矢で射る基礎練習が、一番効率がいいとは書いてあった様な気がする。ただ、あの時はこの情報が必要になるとは思わなかったから、流し読みしかしていないんだよ。もう一度読めば、必要な情報が得られるかもしれないな」
「そうか。その記録は何処にあるんだ?」
「王都のフォロンダ様が管理している倉庫にある」
フォロンダ領主が管理しているんだ。
お願いしたら、私も読めるかな?
「どの倉庫だ?」
「それは……どれだろうな?」
セイゼルクさんの質問に、なぜかジナルさんが困った表情をする。
「分からないのか?」
「悪い。別の資料を探している時に偶然見つけた記録だから、どの倉庫だったのかうろ覚えなんだ。たぶん、分かるとは思うんだけど」
ジナルさんの説明に対し、セイゼルクさんが苦笑する。
「探すのは少し大変かもな」
「フォロンダ様が覚えていればいいが、無理だろうな」
ジナルさんが私を見る。
「王都に行ったらフォロンダ様に頼んで倉庫を探してみるよ」
「ありがとう。私も一緒に探せたら探すね」
倉庫という事は、色々な物が置いてある筈。
私が触れては駄目な物のあるだろうから、許可が下りればいいな。
「アイビー、弓を少し練習してみようか。今の状態を確かめておきたいから」
「うん」
どうしよう、ありえない方向に矢を飛ばしてしまったら。
凄く不安だな。
でも、今の状態を知ってもらうには、やるしかない。
「よしっ、頑張ろう」




