905話 皆に
「アイビー、ドルイド。おやすみ」
「「おやすみ」」
話し合いが終わったジナルさんは、安堵の表情でテントに入って行った。
私の事を、本当に心配してくれていたみたい。
優しい人だな。
「はい。熱いから気を付けて」
お父さんがお茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
「見張り役は久しぶりだろう。眠たくないか?」
お父さんの少し心配そうな表情に、小さく笑って頷く。
「大丈夫」
「そうか。でも、眠たくなったら寝ていいからな」
ジナルさんやセイゼルクさん達と一緒の旅は、子供の私は見張り役を免除されている。
そのため、こんな夜中まで起きているのは久々だ。
「うん。でも、お父さんと私とシエルの時は、私も見張り役が出来たんだから大丈夫だよ」
お父さんとシエルが交互で、私が1週間のうち1回。
まぁ、私が見張り役の時は隣にシエルがいてくれたけど。
「そうだな。あれは助かったよ」
本当かな?
お父さんとシエルだけに頼るのはどうしても申し訳なくて、「私もする」とお願いしたんだよね。
1人の時は、数日寝ない時もあったから大丈夫と。
今考えると、私が見張り役の次の日はお父さんも少し疲れた表情だった様な……。
あれは、私が心配で休めていなかったのかもしれないな。
「アイビー」
「なに?」
「アイビーに掛かっている制限について、シファルだけに話すのか? それとも、セイゼルク達にも?」
「どうしよう? 話した方がいいのかな?」
私の言葉にお父さんが少し考えこむ。
「俺は、話した方がいいと思う。シファルだけに話した事がバレたら、拗ねるぞ、ラットルアが」
あっ、凄く想像が出来る。
「そうだね。拗ねるね」
「たぶんセイゼルクやヌーガもな」
えっ?
2人も?
セイゼルクさんとヌーガさんは、拗ねているところを全く想像出来ないけどな。
「本当に、拗ねると思う?」
「あぁ、絶対だ。間違いない」
お父さんが断言するなら、2人も拗ねるんだろうな。
ちょっとだけ、拗ねている2人を見てみたい気もするけど……止めておこう。
「分かった。皆に話すね」
「そうか。それにしても不思議だな。前の記憶を持っているだけなのに制限が掛かるなんて」
「うん」
私は胸に手を当てる。
前世の私に、今まで何度も助けられた。
家族に捨てられた時。
優しい言葉ではなかったけど、彼女の言葉のお陰で生きようと思えた。
そして、薬草。
前世の私の記憶ではハーブという物が、私の生活を良くしてくれた。
お茶や魔物を美味しく食べる方法は、今でも大いに助かってる。
ふふっ、ほとんど食事に関する事ばかりなのは、前の私が食いしん坊だったからかな?
まぁそのお陰で、おじいちゃん達を助ける事が出来たけど。
でも……。
「……」
「アイビー、どうした?」
少し俯いた私の様子を窺う様に、お父さんが顔を覗きこむ。
「あのね、この頃……前世の声が聞こえてこないの」
「えっ?」
そう。
ここ最近、前までもそんなに多くなかった。
というか、以前に比べると随分と少なくなっていた。
でも、1ヵ月に数回は声が聞こえていたのに。
最近は、全く声が聞こえない。
「どうしてだろう?」
お父さんを見ると、真剣な表情で私を見ていた。
そして何度か口を開けたり閉めたりすると、ギュッと口を閉じた。
「お父さん?」
「俺の勝手な憶測だけど、役目を終えたとか?」
「役目?」
「うん」
前世の私の役目って何だろう?
……何も思いつかないけどな。
「役目って何?」
「それは、分からない」
「お父さん」
「だから勝手な憶測だって」
でも役目か。
教会を倒す……ないな。
私は、攫われただけだった。
倒したのは、フォロンダ領主やジナルさん達が頑張ったお陰だ。
食糧難を乗り切るため?
あぁ、それは……でも少し前まで声が聞こえていた。
食糧難が役目なら、もっと早く声が聞こえなくなっている筈だよね。
「明日、ジナルに聞いてみるか?」
お父さんを見る。
「俺達よりアイビーの状態を知っていそうじゃないか?」
「あっ、そうだね」
私が前世の記憶を持っている事は知っていた。
そして、同じ状況の人の記録に触れられたという事は、色々と知っている可能性が高い。
「うん、聞こう」
「ジナルが分からなければ、フォロンダ領主に聞くのもいいな」
「フォロンダ領主?」
どうして彼の名前が出てきたんだろう?
「ジナルの上司で、この国の様々な情報を把握している。ついでに色々と裏で、あっ」
お父さんが「しまった」という表情で私を見る。
それに笑ってしまう。
「大丈夫。なんとなく分かっているから」
実際は私が考えている以上に色々とやっている人だろうな。
それは、良い事だけでなく悪い事も。
「綺麗ごとだけでは駄目な立場なんだろうね」
悲しいけれど、良い事だけをして守れる様な、そんな優しい世界ではない。
守るためには、非道な判断だって必要なのだろう。
「そうだな。俺も彼がどれほどの立場なのか把握はしていないが、おそらく表でも裏でもかなり重要な人物だと思う。そしてジナルにとっては、恐ろしい上司らしい」
お父さんの言葉に笑ってしまう。
「私にとってフォロンダ領主は、優しくて頼れる人だけどね」
「俺にとっても、助言をくれた頼もしい人だな。まぁ、怒らせる事はしない方がいいと思ってはいるが」
「ぷっ、くくくっ」
お父さんの言い方に思わず吹き出してしまう。
慌てて口を押さえたけど、焦った。
今は夜中だから、大きな声で笑ったら駄目だからね。
それからゆっくりと時間が流れ、空が明るくなりだす。
「ふぁぁ」
「やっぱり寝た方が良かったんじゃないか?」
私が欠伸をすると、お父さんが心配そうに見る。
「大丈夫。お父さんだって……」
ん~、眠そうな表情はしてないね。
「疲れた表情をしてるよ」
少しだけ。
「本当か? まぁ、見張り役だからな」
お父さんをジッと見る。
いつもとほとんど変わらない。
ちょっと悔しい。
私だけ眠そうなんて。
「よしっ、朝ご飯を作ろう」
動いていたら眠気なんて気にならなくなるよね。
「本当に大丈夫か?」
「うん」
「分かった。でも体がつらくなったら、すぐに言う事。別に急いでいる旅ではないんだから」
「分かった、ありがとう」
よしっ、朝ご飯までには時間がある。
何を作ろうかな?
そうだ。
屋台で見た、小麦を水で溶いて薄く焼いて、野菜や肉を巻いて食べる料理。
名前は何だったかな?
あれ?
「どうした?」
「屋台で見た、小麦を薄く焼いて野菜や肉を巻いて食べる料理。名前が思い出せなくて」
「あぁ、あれな。名前は色々あるんだよ」
「色々?」
「小麦巻き、小麦焼き、麦ロール、クループ。他にも巻き巻きとか、くるくるとか」
お父さんの言葉に首を傾げる。
「最初に売り出した屋台が人気になると、他の者達も真似をしたんだ。昔は商業ギルドがなく、登録して管理する事もなかったから」
それは、真似し放題だね。
「調理方法が簡単で、誰でも真似が出来たせいもあるけどな。ただ、簡単に真似は出来たけど人気店にはかなわなかった。そこである屋台が名前を変えて売ってみたら、売れた。それを見た他の屋台も名前を変えて売り出したんだ。その結果、調理方法は同じなのに色々な呼び方がる料理が生まれたんだ」
「なるほど。で、最初に売り出した屋台で使っている名前は?」
私の言葉に肩を竦めるお父さん。
「知らない。随分昔の事だからな。最初に作りだした屋台も潰れたそうだし」
「そっか」
まぁ、料理名が分からなくても作り方は見て覚えたから問題ない。
「作るのか?」
「うん。屋台で見て、私でも簡単に作れそうっと思っていたんだ」
ただ、生地を薄く伸ばして焼くのは大変そうだけど。
まぁ、何事もやって見ない事にはね。
「お父さんも一緒に作ろう?」
「もちろん」




