904話 制限?
「「ただいま」」
あと少しで夕飯が出来る頃、うれしそうな表情のシファルさんとヌーガさんが帰って来た。
「おかえりなさい。楽しい狩りが出来たみたいだね」
「あぁ。なんとロックスがいたんだ」
シファルさんの言葉に首を傾げる。
ロックス?
聞いた事がない魔物だな。
本にも、そんな名前の魔物は載っていなかった筈。
「どんな魔物なの?」
「あれ? 知らない?」
「うん」
シファルさんが、マジックバッグからロックスを取り出す。
ロックスはシエルを少し大きくしたぐらいで、毛は短く緑と黒が混ざった色をしていた。
足は長く、少し触っても分かるぐらいしっかりした筋肉が付いている。
「縄張りを持たない珍しい魔物で、絶えず移動しているからなかなか遭遇しないんだ。逃げ足も速いしな」
この足の筋肉なら早く走れるだろうな。
「肉質は柔らかくて、味が濃い。だから焼いて塩だけでもかなりうまい。冒険者の間ではかなり人気の魔物だよ」
冒険者に人気の魔物か。
それは食べるのが楽しみだな。
「血抜きは終わっているから、解体して来るよ。夕飯はあとどれくらいで出来る?」
「塊肉のスープは、あと少し煮込む予定なんだけど……解体が終わる頃だと思う」
私の言葉に、シファルさんとヌーガさんが笑う。
「分かった。急いで解体してくるよ」
「うん。戻って来たら、すぐ食べられるようにしておくね」
シファルさんとヌーガさんを見送ると、夕飯の最後の仕上げに入る。
「葉野菜に果実たっぷりのソースを絡めて、完成。あとは、根野菜を細く切ったサラダには、さっぱりしたソースを掛けて」
「アイビー、手伝おう」
明日の道順を確かめに行っていたお父さんとラットルアさんが戻って来る。
「ありがとう。煮込みはあと少し掛かるかな。他の料理は、テーブルに並べるだけだよ」
「分かった。それなら、取り皿を用意するよ」
「手伝うよ」
お父さんとラットルアが、マジックバッグから小皿などを取り出して軽く水洗いする。
「明日も今日ぐらいゆっくり進むの?」
私の言葉にラットルアさんが首を横に振る。
「今日のスノーの状態を見て、もう少し早くても大丈夫だろうという事になったんだ」
確かに、そんなに疲れている様子はなかったよね。
「だから今日より移動距離は多くなる予定だ。まぁ、スノーの様子を見ながらだけどな」
「分かった、ありがとう。あっ、ソラ達のご飯を用意して来るね。ソラ、フレム、ソル、ご飯だよ」
私の言葉に、ジナルさん達と遊んでいたソラ達が勢いよく戻って来る。
それを見ながらマジックバッグから、ポーションと剣とマジックアイテムを取り出す。
「どうぞ、ゆっくり食べてね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
スノーは、既に夕飯を終わらせて眠っている。
食べてる様子を見ながら、残りの料理をテーブルに移動する。
最後に塊肉を煮込んだスープの味を確かめて火を消すとスープ皿に分ける。
全ての料理がテーブルに並び終える頃、シファルさんとヌーガさんが戻って来た。
「「「「「いただきます」」」」」
ゆっくり煮込んだお陰で柔らかくなったお肉を食べると、口の中でほろほろと崩れる。
味はあまり濃く付けず野菜からのうまみを生かしたスープは、本当においしい。
「アイビーは本当においしい物を作ってくれるよな」
ジナルさんのしみじみした言葉に、全員が頷く。
それを見て、うれしさに笑顔になる。
うれしいな。
それに、食べている時の皆の表情が好きだな。
ガタン。
ヌーガさんが立ちあがると、塊肉のスープを取り行く。
あいかわらず、お肉料理のお替わりが早いな。
「おい、取り過ぎるなよ」
セイゼルクさんの言葉に全く反応を返さないヌーガさん。
おそらく聞く気がないんだろうな。
お肉は多めに入れたし、野菜も十分。
皆がお替わりをしても大丈夫の筈だけど……あっ、駄目だ。
戻って来たヌーガさんが持つスープ皿を見て、笑ってしまう。
セイゼルクさんも、諦めた様子で溜め息を吐いた。
「「「「「ごちそうさま」」」」」
「後片付けは俺とヌーガ、それにセイゼルクがやるから、アイビーはゆっくりしてくれ」
シファルさんの言葉にお礼を言って、お父さん達とゆっくり過ごす。
「話をするからと、今日の見張りを変わってもらっているから」
お父さんの言葉に頷く。
「話って何だろうね?」
お父さんも分からないのか首を横に振る。
「あれ? ジナルさんは?」
「あぁ、スノーの状態を記録しているんだろう」
記録?
「調査記録みたいな物だよ。スノーは新種扱いだから」
「あぁ、そっか」
新しい魔物が見つかったら、出来るだけ調査して記録するんだったよね。
冒険者の安全のために。
でも、スノーには必要ないと思うな。
「大人の事情という奴だ」
「なるほど」
後片付けが終わると、セイゼルクさん達は「おやすみ」と言って各自のテントに入る。
「待たせた」
お父さんとゆっくりしていると、ジナルさんが来る。
3人で焚き火を囲う。
すぐに話が始まると思ったけど、ジナルさんは話し出さず無言が続く。
「ジナル、どうしたんだ?」
お父さんが不思議そうに彼を見る。
「悪い。実は……今から話す内容が、正しい情報なのか分からないんだ。俺もある人が残した記録を読んで知っていただけだから。でも、アイビーとドルイドには話しておいた方がいいと思って」
かなり迷っている様子のジナルさんに、お父さんは眉間に皺を寄せる。
「とりあえず話してくれ。話した方がいいと思った理由があるんだろう? 俺はそれを信じる。アイビーは?」
「私も、ジナルさんの感覚を信じる」
お父さんと私を見たジナルさんは、頷く。
「分かった。アイビーは……この世界とは別の世界の記憶があるんだよな?」
ジナルさんの言葉に、ドキッとする。
まさかその事を言われるとは思わなかったから。
「うん」
でも、隠す必要はないと思い頷く。
「アイビーと同じ境遇の者が残した記録というか日記に近いんだけど、そこに『鍛えても他の者達より習得するのに時間が掛かる。これは他の仲間にも確かめたが、やはり同じだ。どうやら俺達には、戦うための行動に制限が掛かっていると思う』と書かれてあったんだ」
「えっ? 制限?」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「それが本当なのかは不明だ。でも、彼が残した記録には他の仲間の記録も書いてあって、皆が同じ状況だった」
それはつまり、頑張って練習しても上手くなれないという事?
あれ?
「習得するのに時間が掛かる」と書いてあったんだよね?
つまり、時間は掛かるけど上手くなれるの?
「その話は本当かもしれないな。アイビーの筋肉の付き方から、剣だって使える筈なんだ。それなのに、なぜか剣が手から抜けたりまぁ色々な」
うん。
剣が手から抜けて後ろに飛んでいったり、鞭も的を遠くにすればするほど……。
「頑張って練習しているアイビーに言うか迷ったんだけど」
情けない表情のジナルさんに笑ってしまう。
「ジナルさん、教えてくれてありがとう。1つ確認したいんだけど」
「何だ?」
「その残されていた記録には『習得するのに時間が掛かる』と書いてあったんだよね?」
「あぁ、そうだ」
良かった。
「つまり、時間は掛かるけど習得は出来るという事だよね?」
「記録には時間は掛かったけど、弓を扱えるようになったと書いてあった。ただ、どこまで扱えるようになったのかは書かれていなかった」
「つまり、頑張ればいいって事だよね」
「えっ?」
ジナルさんが驚いた表情で私を見る。
それに笑顔で頷く。
「教えてくれてありがとう。原因が分かって良かった」
的が遠くなるとその近くまで石は投げられるのに、的には当たらなくなる。
その下手さに悩んでいたけど原因があったんだ。
どれくらい時間が掛かるか分からないけど、頑張ろう。
「それなら雷球じゃなくて弓を練習しないか?」
お父さんの言葉に、首を傾げる。
「雷球より弓の方が倒せる」
確かに雷球は中型以上の魔物は倒せない。
弓でも倒すのは難しけど、刺す場所によっては倒せるとシファルさんが言っていた。
「シファルさんに相談しようかな」
教えてくれているシファルさんの意見を聞きたいな。
「それが良いだろうな」
お父さんと私の様子を見て、ジナルさんがホッとした表情をした。
そんな彼にお父さんが、ポンと肩を軽く叩く。
「アイビーなら大丈夫」




