903話 練習開始
雷球と同じくらいの石を持ち、8m先にある的を見る。
小さく息を吐き出し、的の中心部に向かって投げる。
パスッ。
「あっ……まただ」
的に設置した板の隅にぶつかり、石が地面に転がる。
「なかなか中心に当たらないな」
「どうしてだろう?」
投げ方の指導をしてくれているシファルさんが、ポンと私の頭を撫でる。
「まぁ、初日だから」
「うん。いや、駄目でしょ」
「あはははっ」
はぁ。
6mまでは中心からずれても、的にはしっかり当たっていた。
でも8mになったら、中心には全く当たらなくなってしまった。
しかも的にもぎりぎり。
「悔しい」
足下にある、雷球と同じぐらい石を持ち。もう一度的を見つめる。
今度こそ、的には当てたい!
いや、中心を狙う!
「力まない。体に余計な力が入ると、的には当たらないぞ。体から力を抜いて、遠くの的に当てる時は全身を使って投げるんだ。まずは、的に当てなくてもいいから遠くに投げる事に慣れよう」
「うん、分かった」
深呼吸をして的に向かって石を投げる。
「「……」」
的から大きく外れて飛んでいく石を、シファルさんと眺める。
「これは……」
シファルさんが少し困った表情をする。
「今までで一番外したね。駄目だぁ」
「ん~、少し肩と腕に触るな」
シファルさんの手が、石を投げた方の肩から腕に向かって揉む様に触る。
「痛みはない?」
「ないよ」
「筋肉には問題ないな。初日だから、体が慣れない動きに疲れたのかな? 今日は終わろうか」
「うん」
首を傾げながら、シファルさんとお父さん達の下に戻る。
投げる練習を始めて1時間ぐらいかな?
確かに少し疲れた感じはするけど、石が投げれないほどではないのにな。
「おかえり。どうだった?」
お父さんの言葉に、小さく首を横に振る。
「8m離れると、的にも当たらなくなってきた」
私はカシメ町に行く旅の間に、雷球をもっと上手に投げられる様に練習をする事にした。
皆が戦っているのに、自分だけ逃げるのは嫌だ。
でも、一緒に戦うなら今のままでも駄目。
研究所の周りでお父さん達の一緒に戦って気付いた。
命中率が低いと。
だから、矢を得意とするシファルさんに練習を見て欲しいとお願いした。
彼は快く受け入れてくれて、カシム町を出発した翌日から練習を始めた。
「そうか。今日の結果をあまり気にするなよ。上手になるために練習するんだから」
お父さんが優しく私の頭を撫でる。
「うん。頑張る」
まだ初日。
これからだよね。
「クル。クル」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
スノーの鳴き声に、ソラとフレムの鳴き声。
聞こえた方を見ると、シエルのお腹に皆で埋もれている。
「可愛い」
「そうだろう?」
なぜかセイゼルクさんが嬉しそうに答えるので、笑ってしまう。
「んっ?」
不思議そうに首を傾げるセイゼルクさんに、お父さんとシファルさんが呆れた表情を見せた。
「スノーと関わると、セイゼルクは気持ち悪……ちょっと変になるよな」
ラットルアさんの言葉に、不服そうな表情を見せるセイゼルクさん。
「気持ち悪いとはなんだ」
「ちょっと変って言ったんだよ」
いや、その前に気持ち悪いってしっかり言っていたけどね?
ラットルアさんを見ると、肩を竦められた。
「それよりスノーは大丈夫そうか?」
ジナルさんの言葉に、セイゼルクさんが頷く。
「あぁ、休憩を多く取っているから大丈夫だ」
今回の旅はスノーが一緒のため、休憩を多く取る事になった。
特に急ぐ必要はないので、問題はない。
あれ?
ソラとフレムとシエルはいる。
ソルは何処だろう?
ソラ達の周りを見てもソルの姿がない。
「ソル?」
「あそこ」
私の声が聞こえたのか、お父さんがシエルのお腹の辺りを指す。
そこにはソラとフレムとスノーがいるけど、ソルはいない。
「よく見ると……駄目だな、皆の下敷きになっているから見えないか」
「えっ?」
もう一度、お父さんが指したシエルのお腹辺りを見る。
下敷き?
「本当にあそこに?」
お父さんを見ると頷く。
「ソル?」
お父さんが指した辺りに向かって声を掛ける。
「ぺふっ」
姿が見えないけど、返事があった。
「そろそろ行こうか」
ジナルさんの声に、皆が使っていた椅子やコップなどを片付ける。
数分後には、出発する準備が終わった。
「スノー。バッグに入ろうか」
セイゼルクさんが声を掛けると、スノーはうれしそうに彼の傍に寄る。
「バッグの中でゆっくりしててくれ」
「クル。クル」
抱き上げたスノーを大事そうにバッグに入れるセイゼルクさんを見ていると、少し恥ずかしそうに笑った。
「ソラ達はどうする? まだ遊ぶ?」
「ぷっぷぷ~」
「てりゅ~」
「ぺふっ!」
私の言葉に鳴きながら、跳びはねる皆。
どうやら遊び足りない様だ。
シエルを先頭に、森を進む。
スノーがいるので、崖などは回避。
少し遠くなっても、高低差の少ない道を選ぶと言っていた。
「アイビー」
隣に来たジナルさんを見る。
「はい?」
「雷球を投げた時に違和感とかないか?」
ジナルさんの質問に首を傾げる。
「ないけど」
うん?
ないよね?
雷球を使っている時に、痛みを感じた事はない。
あっでも、木の上から遠くに投げた時は、変な投げ方になったのか違和感を覚えたかも。
でもすぐにその感覚もなくなったから、問題ないと思ったけど。
もしかして駄目だったのかな?
「そうか」
ジナルさんを見ると、真剣な表情をしている。
「どうして?」
「それは……ん~」
少し呻って、苦悶の表情になるジナルさん。
ジナルさんとは反対側にいるお父さんが、眉間に皺を寄せる。
「ジナル? どうしてそんな質問をした? 何かあるなら言ってくれ」
お父さんの言葉に、私は頷く。
「今日の夜、少し3人で話をしたい。いいか?」
3人だけで?
深刻な話なのかな?
でも、雷球の事だよね?
「それは、大丈夫だけど。アイビーも良いか?」
探るような視線をジナルさんに向けていたお父さんが、私を見る。
「うん」
「それじゃ、今日の夜に」
ジナルさんはそう言うと、先頭を歩くシエルのところに行った。
「なんだろうね?」
「さぁな?」
お父さんと顔を見合わせる。
そして2人で首を傾げた。
しばらく歩き、早めに今日の寝る場所を見つけ、夕飯を作る。
「今日は何?」
ラットルアさんが、野菜の入ったマジックバッグを開ける。
「今日は、塊肉のスープだよ。時間が早いから、ゆっくり煮込む時間が取れるからね」
今回の旅はゆっくり料理が出来そうだな。
森だから、薬草は採り放題だし。
毒草には気を付けないと駄目だけどね。
「煮込んだスープか、うまそうだな。野菜はどれを出したらいい?」
「ん~。ラットルアさんが好きな根野菜で良いよ」
「分かった」
ラットルアさんが野菜を準備してくれている間に、大きな肉の塊をマジックバッグから出して、こぶし大に切る。
「野菜は、これぐらいか?」
マジックバッグから出した根野菜を切っているラットルアさん。
彼は、私と一緒に料理をする様になってから少し料理が上手になった。
ただ全ての料理が、甘めの味になってしまうけど。
お肉は、煮込む前に網焼きをして余分な脂を落とそうかな。
お肉の焦げ目もうまみになるしね。
火の準備は……。
ヌーガさんが完璧に終えている。
あっ、彼の視線が肉に。
「楽しみにしている。少し離れた所に魔物がいるから狩って来る」
「うん。気を付けて」
楽しそうに狩りに行くヌーガさんとシファルさんを見送る。
狩りが好きだと言っていたけど、本当に好きなんだな。
2人とも、本当に楽しそうな表情だった。




