896話 疲れた
「帰って来たわ~」
カシム町の門が見えると、ロティスさんが嬉しそうな声を上げた。
フィロさんとガガトさんも、笑顔になっている。
「あっ、お帰りなさい」
カシム町の門を守っている門番さんの言葉に、なぜかホッとする。
「疲れたな」
お父さんが私の頭をポンと撫でる。
「そうだね」
今回は、体力ではなく精神的に疲れたな。
研究所で何をしているのか少し聞いていたので、覚悟はしていた。
でも、実験で利用された魔物達を目の前にすると胸がとても痛かった。
「最後の魔物達は、あのままにして良かったの?」
ずっと聞きたくて、聞けなかった。
答えを聞くのが怖かったから。
「駄目だろうな」
やっぱり、そうだよね。
どうなるんだろう?
「まぁ、ジナルが上を説得するだろう」
そうか。
ジナルさんは、その辺りもちゃんと考えて彼等をそのままにしてきたのか。
どうにか生き残れる方法が見つかればいいな。
「あの~ロティスさん。そのサーペントは、協力してくれている魔物ですよね。では、その背にいる者達は?」
門番さんが、一緒に行動しているサーペントさんの背を見て戸惑った表情をする。
「あっ、忘れてたわ」
ロティスさんの言葉に、フィロさん達もハッとした表情をした。
ジナルさん達も、ちょっと困った表情になっていたので全員が忘れていたみたい。
「彼等は盗賊よ」
そう、サーペントさんの背には6人の盗賊がいる。
彼等はあと1日でカシム町に帰れるという時、私とお父さんを狙った。
たぶん2人だけだと思ったんだろうな。
夕飯で使う枝を拾い集めるために、皆から少し離れていたから。
でも実際は、木の上にサーペントさんとシエルがいたんだよね。
それに私もお父さんも、隠している気配に気付いていたし。
でも盗賊が私達を襲った時は凄かった。
シエルとサーペントさんが。
盗賊のリーダーかな?
6人の盗賊が目の前に出て来て、1人が剣を見せつけながら私達に近付いた瞬間。
シエルが森に響き渡る鳴き声で威嚇して、サーペントさんが大きな音を立てて木から降りた。
盗賊達は、何が起こったのか分からなかったのだろう。
戸惑った様子で周りを見回し、サーペントさんを見ると慌てて逃げ出した。
それをシエルとサーペントさんが楽しそうに追いかけるから笑ってしまった。
しかも、上手にジナルさん達の方に誘導したので驚いた。
「盗賊ですか? えっと、被害は?」
「被害は出なかったわ。でも、アイビーが襲われたわ」
門番さんの言葉に、ロティスさんが私を見て笑った。
「あれは襲われた事になるの?」
ただ目の前に出て来て、数歩近付いただけなんだけど。
「まぁ、なるだろう。剣を見せつけて脅そうとしていたし」
「そうか」
それなら彼等にはしっかり罪を償って貰おう。
「大丈夫だった?」
門番さんが心配そうに私を見る。
「はい。皆に助けてもらったので」
私の言葉に、安堵の表情を見せる門番さん。
優しい人だな。
盗賊達は門番さんにお願いし、サーペントさんと別れてからカシム町に入る。
「今日の泊る場所だけど、前に利用した私が管理している家でいいかしら?」
ロティスさんの言葉に、ジナルさん達が頷く。
「ありがとう。今日は、宿よりそっちの方が助かるよ」
うん、宿もいいけど。
今日は知っている人達だけの方が嬉しいかな。
「帰り道にある屋台か店で、夕飯を買って行かないか?」
「そうしよう。今日は早めにゆっくりしたい」
セイゼルクさんの言葉にラットルアさんが賛成すると皆も頷く。
ロティスさんの家に向かいながら、屋台やお店を見て行く。
「あっ、あの店の料理はうまかったな」
セイゼルクさんの言葉に、皆でお店に入って行く。
「飲み屋さん?」
「あぁ、持ち帰りも出来るようだ」
セイゼルク達が、店のカウンターでお店の人と話をしているのが見えた。
「アイビー達も食べるか? ここの店の煮込み料理はうまいぞ」
ラットルアさんがある看板を指しながら言う。
「沢山の野菜と肉を煮込んでいる料理みたいだな」
お父さんと一緒に看板を見る。
15種類の野菜と大きめに切ったお肉の煮込み料理みたいだ。
「ラットルアさん、私も欲しい。お父さんは?」
「俺も頼む」
「分かった」
「他の料理はどうする?」
シファルさんが、お父さんにメニュー表を渡してくれたので一緒に見る。
「これが上手そうだな」
お父さんが指したのは、肉を野菜で包み蒸した料理。
確かに美味しそう。
「決まった?」
シファルさんにお父さんが選んだ料理とサラダを頼む。
「分かった」
ロティスさんの家に着くと、すぐに買った料理を並べる。
「ちょっと多くない?」
私の言葉に、皆が笑う。
それぞれが好きな物を買ったせいなんだろうけど。
それにしても多い。
絶対に、明日の朝まであるよね。
「まぁ、残りは明日にでも食べればいい。食べようか」
夕飯を食べ始めると、いつもより会話が少ない事に気付いた。
気になって部屋を見回すと、皆少し疲れた表情をしている。
今回は、やっぱりしんどかったんだ。
食事が終わり、後片付けを済ませるとそれぞれの部屋に行く。
「アイビー、おやすみ」
「お父さんも、おやすみなさい」
部屋に入ると、体が重く感じた。
「はぁ、疲れたな」
カシム町に戻って来るのはゆっくりだったから、夜のしっかり休めたのにな。
「あっ」
ソラ達をバッグから出すのを忘れてた。
「いつもなら、出してって知らせてくれるのに。どうしたんだろう?」
慌ててソラ達が入っているバッグを開ける。
「ごめんね。すぐにご飯の用意するね」
ソラ達がポーションを食べ始めるたので、お風呂に行く。
部屋に戻ると、皆は食事を終わらせていた。
ソラ達を見て首を傾げる。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
私の言葉に、ぴょんぴょんと跳ねるソラとフレム。
今日はソルまで跳ねている。
そして、なぜかスライム姿のシエルも。
「『元気だ』って、事だよね?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「そう? それならいいんだけど」
本当に元気なのかな?
確かに飛び跳ねて入るけど、鳴き声が小さい。
「にゃうん」
シエルがアダンダラに戻ると、私の体を頭でグイっと押す。
それに驚いて、数歩後ろに下がる。
「あっ」
ポスッ。
ベッドに仰向けに倒れると、シエルは満足したのか私から離れた。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
寝っ転がった私の傍にソラ達が来る。
そして、寝る体制になった。
「みんな、もう寝るの?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
シエルがベッドに上がると、私の横で寝そべる。
横から伝わる温かさに、欠伸をこぼす。
「寝ようか」
「にゃうん」
寝ている場所を少し移動して、目を閉じる。
今回は、本当にしんどかったな。
でも、無事に終わった。
「おやすみ」




