番外編 フォロンダ領主と組織8
―フォロンダ領主視点―
木の魔物が動き出し、こちらに視線を向けた。
その視線に、少し違和感を覚えた。
「変ですね」
スイナスも感じたのか、武器を構えたまま木の魔物に少し近付く。
数秒後、俺を見た。
「あの木の魔物には、我々に対して敵意が無いです」
あぁ、違和感の正体はそれか。
木の魔物を見ると、視線が傍にいるオローガス子爵達の方へ移動した。
「ちっ、早くしろ! とっとと殺せ!」
オローガス子爵の苛立った声に、木の魔物は全く動く様子が無い。
「くそっ、これを見ろ! また罰を受けたいのか!」
オローガス子爵が何かと取り出すと、木の魔物に見せた。
その瞬間、木の魔物の様子が一変した。
スイナスや騎士達が武器を構える。
「はははっ、良いぞ。あいつ等だ、殺せ! おい、壁を壊して外の奴等にこいつの姿――」
オローガス子爵の言葉に焦って指示を出そうとした瞬間。
何かがもの凄い速度で動いた。
ヒュッ、グサッ。
「えっ? ぅあ゛ぁぁぁああ」
オローガス子爵は膝を床につけ、左手で右肩を抑える。
ぼたぼたぼた。
彼の右肩から、大量の血が床に落ちる。
それを呆然と眺め、木の魔物に視線を向けた。
何が起こった?
今、木の魔物の根がオローガス子爵の右腕を……叩き潰したのか?
そうだ、木の魔物がオローガス子爵を攻撃したんだ。
「なぜだ?」
オローガス子爵は木の魔物を制圧する何かを持っていた。
あれが役に立たなかったのか?
「ぎゃっ!」
バシーン、バシーン。
怒りをあらわにした木の魔物の根が床に叩きつけられる。
その度に、床に大きなヒビが入り、緊張感が高まる。
「ぐっ、なぜ――」
「ぎゃっ!」
ヒュッ……バンッ。
木の魔物の根が、オローガス子爵の体を持ち上げ壁に叩きつけた。
壁で強打したオローガス子爵の口から血が溢れる。
「ぎゃっ!」
木の魔物は複数の根を上に持ち上げると、オローガス子爵側にいた貴族達を見る。
その視線に、恐怖で震えていた貴族達が慌てた様子で逃げ出す。
が、逃げようとした先に木の魔物が根を叩きつけ妨害する。
「助けてくれ~」
悲鳴をあげながら、俺達に視線を向ける貴族達。
「どうしますか?」
スイナスの言葉に、首を横に振る。
「助ける必要は、無いだろう」
「そうですね」
俺の言葉にスイナスが小さく笑う。
「くっそぅ。はぁはぁ、どう、して」
倒れた状態のオローガス子爵を見る。
正規品の青いポーションを使っても、助かるか分からないほどの大怪我だ。
いや、出血が多すぎるから無理か。
持って来たマジックバッグの中に、ジナルから提供されたポーションがある。
「もしもの時に」と貰った、とても綺麗なポーション。
誰が作った物なのか、全て極秘だ。
まぁ、予想は付いている。
あれを使えば、彼は助かるだろう。
「あれを助ける必要があると思うか?」
「無いですね」
アマリの言葉に、スイナスが頷く。
「話を聞く必要は無いのですか?」
ホル団長の言葉に、少し考える。
ここに集まった者達以外にも、オローガス子爵に共感している者はいるだろう。
その者達について話しを聞きたいとは思う。
でも、あのポーションを使うほどの価値のある話だろうか?
木の魔物に追い詰められている貴族達を見る。
注意をしていた目障りの貴族達が、ある程度集まっている。
ここにいる者達の家を全て潰せば、貴族達は静かになるだろう。
「無いな」
うん、オローガス子爵に話を聞く価値は無い。
木の魔物がチラッとオローガス子爵を見る。
でもすぐに興味が無くなったのか、俺達に視線を向けた。
スイナスとホル団長が、少し戸惑った様にもう一度武器を構える。
数秒、木の魔物と見つめ合う。
「えっと、敵なのかしら?」
アマリが困った様に首を傾げる。
木の魔物が根を持ち上げる。
それに、スイナス達の緊張が高まる。
フリフリ、フリフリ。
「んっ?」
木の魔物は、根を振り下ろさず左右にゆっくり揺らす。
その行動の意味が分からず首を傾げる。
「手を振っているみたいに見えますね」
アマリの言葉に、なんとなく手を振替してみる。
「ぎゃっ」
木の魔物は一声鳴くと、根をフリフリと左右に振る。
「味方だと思っていいのかな?」
「ぎゃっ!」
味方なんだ。
良かった。
スイナス達がホッとした様子で構えを解いた。
「もしかして、ジナルさんを知っているかしら?」
「ぎゃっ!」
アマリの言葉に嬉しそうな鳴き声で応える木の魔物。
「そうか、ジナルの知り合いか」
ジナルから、一緒に旅をしている木の魔物がいると報告が来ていたな。
「一緒に旅をしているのかな?」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
嬉しそうにフリフリと根を揺らす木の魔物に、ちょっと笑ってしまう。
ここにジナルと共にいた木の魔物がいるという事は、魔物を送る魔法陣の傍に彼等はいるのか。
前回の報告では、魔法陣のある場所が分かったので向かうと書いてあったが、間に合ったんだな。
「さすがだな」
オローガス子爵は「なんでこいつだけ」と言った。
おそらく王都に送り込む魔物は、もっと多かったんだろう。
それが味方の木の魔物だけになった。
あぁ、本当に助かった。
「失礼します。今、ジナルさんから緊急連絡が来ました。『王都に来た魔物は、敵ではないので攻撃をしない様に』との事です」
部下からの報告に手をあげる。
「分かった。ありがとう」
木の魔物がここに来たのは、予定外だったのか。
「ぎゃっ!」
木の魔物の鳴き声に視線を向けると、こっそり逃げようとしている貴族達を見ていた。
「奴等を捕まえろ」
騎士達に指示を出すと、貴族達が慌てだす。
パシーン。
逃げ出そうとした貴族達の前に、木の魔物の根が振り下ろされる。
騎士達が少しそれに戸惑った様子で、俺に視線を向けた。
「大丈夫だ。木の魔物が騎士を攻撃する事は無い」
「ぎゃっ!」
賛同する様に木の魔物が鳴くと、騎士達が動き出す。
逃げようしたり、何かしようとしたりすると木の魔物の根が振り下ろされる。
最初は戸惑っていた騎士達も、自分達の手助けをしている事に気付くとお礼を言っていた。
「失礼します」
先ほどとは別の部下が来る。
「どうした?」
「王城からの連絡です。王の寝室が襲われたそうです」
やはり来たか。
まぁ、罠を張っておいたから。
「捕まえたか?」
「はい。全員確保済みです」
「分かった、地下牢に入れておけ。あぁ、毒は?」
歯に仕込んでいる可能性がある。
「既に対応済みです」
「分かった、ありがとう」
チラッと隣にいるホル団長を見る。
「狙われたな」
「そうですね。襲撃した者達が捕まったと分かったら、指示した者が逃げるのでは?」
俺の言葉に、少し心配そうな表情を見せるホル団長。
「問題ない。指示をした者の目星は付いている」
おそらくパシューラ公爵だろうな。
襲撃してきた者達から、証言が取れればいいが。
まぁ、なんとかなるだろう。
オローガス子爵に、相当な金が動いた事を掴んでいるのだから。




