888話 私に出来る事
目の前には目標の崖。
ジナルさんがあと10分ぐらいだと教えてくれた。
「お父さん、森がおかしい」
崖に近付くにつれ感じる、森への違和感。
「あぁ、何かあるな」
お父さん達も森の違和感に緊張が高まっているようだ。
「止まれ」
ジナルさんの言葉に、木の魔物とサーペントさんが止まる。
「ここからは何が起こるか分からない、歩いて行こう」
武器を持ち、周りを警戒しながら崖に近付く。
「魔物の気配が無くなったな」
セイゼルクさんの言葉に、森に視線を向ける。
本当だ。
さっきまで感じていた魔物の気配が全くしなくなった。
どうしてだろう?
もしかして私達が、崖に近付いたから?
「シエル、アイビーの傍に」
お父さんの言葉に、シエルが私の横に来る。
「頼むな」
「にゃうん」
お父さんがシエルの頭をポンと撫でると、シエルが頷くように鳴いた。
崖はそれほど高くなく、大きな岩があちこちに転がっているのが見えた。
ただ、なんだろう?
異様な雰囲気がある。
恐怖心がそう見せているのだろうか?
ゆっくり、サーペントさんとジナルさんが先頭に立ち崖を登り始める。
私は、シエルと一緒にお父さんの前を歩く。
左右には、シファルさんとヌーガさんがいる。
「待て」
ジナルさんの声に、全員の足が止まる。
「魔物の唸り声ね」
ロティスさんが、武器を構え周りに視線を向ける。
「どこだ? 気配を感じられない」
フィロさんの言葉にガガトさんが嫌そうな表情をしたのが見えた。
「気配が薄い。普通の魔物では無いな」
彼の言葉に、マーチュ村を襲った魔物達が思い出された。
大量の魔物だったのに、気配がとても薄かった。
もしかして、この辺りにもあの時のような魔物がいるのだろうか?
「にゃうん」
シエルが、私の服を噛むとクイッと引っ張る。
「シエル、どうしたの?」
見ると、私に背を向けて腹ばいに座った。
「えっ? もしかして乗るの?」
「にゃうん」
どうしよう。
でもシエルが必要だと思ったという事だよね。
「アイビー、シエルに乗せてもらえ」
「分かった。シエル、お願いね」
「にゃうん」
シエルは私が乗ると、お父さん達から少し離れるように後ろに下がる。
怖いな。
何が起こるんだろう?
「ぎゃぁぁぁぁ」
崖の上から魔物の雄叫びが響いた瞬間、あちこちから大量の魔物がジナルさん達に襲いかかった。
その数に息を吞む。
「嘘、こんなにいたの?」
シエルは、魔物の見るとお父さん達から離れ大きな岩の後ろに私を隠した。
お父さん達の戦っている音が聞こえる。
そっと様子を窺うと、サーペントさんや木の魔物も戦っているのが見えた。
ジナルさん達は強い。
だけど数が多すぎる
「あれ?」
魔物を見て首を傾げる。
異様に痩せているのに、動きは機敏で体力もあるようだ。
「どうして、あんなに動けるんだろう?」
骨が浮いている魔物に、暴れ回る体力があるようには見えない。
でも、実際はかなり暴れ回っている。
……何か違和感を覚える。
ごそごそ、ごそごそ。
「んっ?」
肩から提げているソラ達の入っているバッグが動いている事に気付い視線を向ける。
ごそごそ、ごそごそ。
「ごめん、今は出してあげられないよ」
ごそごそ、ごそごそ。
どうしたんだろう?
今の状況は、分かっているはずなのに。
「どうしたの?」
そっとバッグを開けると、ソルが出てきた。
「ソル?」
ソルは、ジッと大きな岩を見る。
そして、岩に向かって跳んだ。
「えっ?」
岩の上に乗ったソラは、触手を岩に叩きつけ出した。
「何?」
ソラがこの状況で無駄な事をするとは思えない。
つまりこの岩に何かあるという事だよね。
「叩くという事は、この岩を砕きたいの?」
目の前には大きな岩。
どう頑張っても砕けそうには無い。
でも、お父さん達の様子を見る。
また魔物が増えている。
「よしっ」
ソルがこの岩を砕くというなら、私も頑張る。
確か、マジックバッグに硬い物を砕く時に使うハンマーがあったはず。
あれを使えば、この岩だって……砕けると思う。
シエルから下りて、マジックバッグを漁る。
「あった」
魔物の様子に注意をしながら、ハンマーを岩に叩きつける。
ガン。
結構な音がしてしまった。
「大丈夫かな?」
魔物の様子を窺うけど、大丈夫みたい。
「ぺっ?」
「えっ」
ソルがハンマーを見ている。
岩を叩いて欲しいのかな?
「頑張るね」
ハンマーで何度も、何度も岩を叩く。
「くっ」
腕が痛くなってきた。
でも、ソルを見るとまだ触手を岩に叩きつけている。
ガン。
パカッ。
「えっ?」
砕けた音では無い、岩が半分に割れた音だ。
でも、
「割れた音にしては変だよね?」
「ぺっ」
ソルは半分に割れた岩の間に入り込んでしまう。
それに慌てて、中を覗き込む。
「空洞になってるの? あっ、魔法陣」
岩の真ん中は空洞になっていた。
そして、空洞の壁一面に魔法陣が刻まれている。
「こんなところに……。ソル?」
ソルの触手が魔法陣に触れると、魔法陣がボロボロと崩れていく。
そして、魔法陣が消えると、岩がボロボロと崩れた。
パクッ、ヒョイ。
「つっ」
体が宙に浮き、何かに乗せられると移動を始めた。
慌てて自分の置かれている状態を見ると、シエルが私とソルを乗せ走り出したのが分かった。
「シエル」
そして、大きな岩の影に隠れる。
「ぺっ!」
んっ?
ソルが岩を見て触手をぶんぶん振り回し始める。
「もしかして、これも?」
「ぺっ」
お父さん達を見る。
「あっ。魔物の動きが変わった」
先ほどまで機敏に動き回っていた魔物が、少し鈍くなっている。
「もしかして、魔法陣で動きを良くしていたの?」
「ぺっ」
ソルを見ると岩に乗り、触手で叩いている。
「よしっ。私も頑張ろう」
ハンマーを持ち、岩に叩きつける。
何度も打ち付けていると掌に痛みが走る。
「わうぁ」
自分の手を見て、ギョッをする。
皮がむけて血が流れている。
「にゃうん」
シエルが、私が肩から提げているバッグを前脚で突く。
「んっ? あっ、ソラ」
バッグを開けると、ソラが顔を出す。
「治してくれる?」
私が言い切る前にソラは私の手を包み込む。
しゅわ~という音と同時に痛みが消えていく。
「ありがとう」
傷はすぐに治ったので、ハンマーを握り岩に叩きつけた。
ガン、ガン、パカッ。
「割れた!」
岩が半分に割れると、ソルがすぐに中に入る。
そしてしばらくすると、岩がボロボロと崩れ始めた。
シエルに乗ってソルとソラを抱きしめると、次の岩に向かう。
その間に痛めた手をソラに治して貰う。
「ありがとう、ソラ」
「ぷっぷぷ~」
お父さん達を見ると、やはり魔物の動きがまだ鈍くなっている。
「お父さん達、戦いやすくなっているね」
数が多いけど、大丈夫そうだ。
「にゃうん」
よし、次の岩に到着。
「ソル、頑張ろうね」
「ぺっ」
ハンマーを持って岩に叩きつける。
魔法陣があといくつあるのか分からないけど、全部解除してやるんだから!
「ぎゃぁぁぁ」
えっ?
近くから聞こえた魔物の声に振り返ると、シエルが魔物を倒している姿が見えた。
それにホッと体から力が抜ける。
「大丈夫。今はこっちに集中しよう」
今、私が出来る事は岩を割る事だから。




