882話 カシム町に到着
サーペントさんと木の魔物が本気で走ると、本当に凄かった。
まさか、その日の内にカシム町に到着するとは。
「はぁ、怖かったぁ~」
ロティスさんが木の魔物から下りると、その場に座り込む。
フィロさんとガガトさんも、彼女の隣に倒れ込む。
「かなり凄かったな」
ジナルさんも怖かったのか、少し表情が引きつっている様に見える。
お父さんは?
あっ、全く平気そう。
というか、隣で楽しそうにしていたね。
「アイビーとドルイドは、どうしてそんなに平気なんだ?」
「えっ?」
サーペントさんにもたれ掛かった状態で、ラットルアさんが私を見る。
どうやら彼も、今日の速さにはついてこれなかったみたいだ。
「ん~。別に怖いと感じなかったので」
私の言葉にラットルアさんが目を見開く。
「体験した事の無い速さだから、面白かったけどな」
「あれが、面白かった?」
お父さんの言葉に、ジナルさんが呟く。
セイゼルクさんは、あっ一番駄目そう。
シファルさんも、なんだか顔色が悪いかな。
ヌーガさんは、いつも通りみたい。
「シファルが駄目とは、驚きだな」
お父さんの言葉に、本当にと頷く。
シファルさんは、何事もそつなくこなしそうなのに。
「よしっ、落ち着いた。町に戻るか。今日は、宿に泊まって明日の朝から準備だな」
ジナルさんの声に、ロティスさん達が立ちあがる。
「この時間だと宿は取れないから、私の管理している家に泊まって」
そういえば、あと数十分で日付が変わるんだよね。
さすがにこの時間だと宿は無理か。
「こういう時のために、掃除はたえずしてあるから綺麗よ」
こういう時?
「いいのか?」
「うん。非難場所や隠れ場所。宿に泊まれない時などに使う家だから」
「ありがとう」
そんな場所を用意してあるんだ。
ロティスさんの立場って、色々大変そう。
「それじゃ、カシム町に戻ろうか」
フィロさんの言葉に、傍にいたサーペントさんを見る。
「今日はありがとう。木の魔物もね」
「ククククッ」
「ギャッ」
夜も遅い時間なので、どちらも小さな声で応えてくれる。
「そうだ、あの魔物の子供はどうするの?」
ロティスさんの言葉に、全員が木の魔物を見上げる。
「どうする? カシス町に連れて行くのは可哀想だろうな。体力が無いから」
ジナルさんの言葉に、ロティスさんが頷く。
「信頼出来る者に預けるのはどうだ?」
ガガトさんの言葉に、ロティスさんが「あっ」と小さな声をあげる。
「冒険者を引退したテイマーなんだけど。どうかな?」
「あぁ、ロウじいか」
ロウじいさん?
フィロさんはその名を聞くと、納得した様に頷く。
彼女たちに信頼されている人みたい。
「会ってから決めていいか?」
お父さんの言葉にロティスさんが頷く。
「もちろんよ。明日中に会える様にするわ。今日は、私達と一緒に家に行きましょう。木の魔物もそれでいい?」
ロティスさんの言葉に、木の魔物は葉をサワサワと揺らす。
そして、葉っぱに守られていた魔物の子供を彼女に託した。
「ありがとう。では、カシム町に戻ろうか」
「サーペントさんも木の魔物も、また明日。シエルは、スライムになってくれる?」
スライムになったシエルをバッグに入れると、サーペントさんと木の魔物に手を振って、カシム町の門に向かう。
「こんな夜更けにどうしたんですか?」
ロティスさんに気付いた門番さんが、慌てた様子で駆けて来る。
「盗賊に襲われて、荷物を無くしてしまったの。もう一度準備をするために戻って来たのよ」
「そうだった……えっ! 襲われた? 怪我は大丈夫でしたか?」
門番さんが慌てた様子を見せると、ロティスさんが楽し気に笑う。
「大丈夫よ。それより門を開けてくれるかしら?」
「はい、すぐに!」
門が開き、ロティスさんに続きカシム村に入る。
この村を出発してから、半月。
まさか、こんな形でも戻って来るとは考えてなかったな。
「こっちよ」
ロティスさんが案内してくれた家を、唖然と見上げる。
皆が泊れると聞いたので、それなりに大きな家を想像したけど、本当に大きい。
「自由に使って良いから」
家の鍵を開け、中に入るロティスさんが私達を見る。
「ありがとう。そうだ。アイビー」
「はい」
お父さんと家に入ると、ジナルさんに視線を向けた。
「悪いんだけど、おにぎりとサンドイッチを大量に作って貰えないかな?」
おにぎりとサンドイッチ?
「これからの旅は、なるべく急ぎたい。だから、マジックバッグから出してすぐに食べられて、後片付けも簡単な物を用意したいんだ」
なるほど、それならおにぎりとサンドイッチがお薦めだ。
「分かった。えっと数は……」
どれくらい必要になるだろう?
「アイビー。明日、俺も一緒に必要な数を考えるよ。今日はもう遅い。明日は朝から動く事になるし、早く休んだ方がいい」
お父さんの言葉に、ジナルさんが頷く。
「そうだな、今日は移動だけどとは言え、疲れたしな。明日のためにも、今日はもう休もうか」
ジナルさんはそう言うと、ロティスさんを見た。
彼女も納得したのか頷くと、フィロさんとガガトさんを見た。
「2人も。明日は朝から忙しくなるから、ここに泊まって。その方が、私が動きやすいし」
明日はそんなに忙しくなるのかな?
「分かった。いつもの部屋を借りるよ」
「俺も」
フィロさんとガガトさんが頷くと、彼女がホッとした表情をした。
「アイビーとドルイドは、2階の部屋を使って。どの部屋でも大丈夫だから」
「「ありがとう」」
お父さんと2階に行き、階段に近い2部屋に決める。
「アイビー、すぐに休めよ。おやすみ」
「うん。お父さんも、おやすみ」
扉を開けると、素朴な空間が広がっていた。
「落ち着く感じでいいなぁ」
部屋に入り、ソラ達の入っているバッグを開ける。
が、皆が出てこない。
見ると、既に熟睡していた。
「シエルも今日は大変だったもんね。皆は暇だったかな? ふふっ。おやすみ」
皆が入っているバッグを、蓋を開けた状態でベッドに乗せる。
これで出入りが自由に出来るよね。
「サーペントさんに乗っていただけなのに、ジナルさんの言う通り疲れているな」
ちょっと体が固まっているかも。
少し体を動かしてから寝ようかな。
寝間着に着替え、軽く運動をしてからベッドに入る。
明日は、おにぎりとサンドイッチ作り。
ジナルさんの言い方だと、かなり用意した方がいいんだろうな。
起き上がって、首を傾げる。
あれ?
森の中なのに、ベッド?
「あっ! そうだ。ロティスさんの家だ」
旅を一端中断しているんだった。
それに、今日は朝から忙しくなるって言っていた。
「あっ、もう起きている人がいるみたい」
階下から、動き回っている微かな気配を感じる。
「起きないと」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「皆、おはよう」
バッグの蓋を開けておいたから、皆外にいるね。
4匹の様子を見る。
「皆、元気かな?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「元気だね、良かった。ご飯、準備するね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
私の言葉に、嬉しそうに鳴くソラ達。
その様子に、笑みが浮かぶ。
「青のポーションに、赤のポーション。剣に、マジックアイテム」
マジックバッグから、皆のご飯を出して並べる。
「どうぞ」
食べている様子を見ながら、服を着替える。
「そうだ」
マジックバッグの中を確かめる。
半月とはいえ、ポーションもマジックアイテムもかなり減っている。
捨て場に、皆のご飯を拾に行く時間はあるかな?
「後でお父さんに相談しよう」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「もう、食べ終わったの?」
元々食べるのが早いんだけど、早過ぎない?
「アイビー。起きてるか?」
お父さんの声に、慌てて扉を開ける。
「おはよう」
「おはよう。フィロが朝ご飯を準備してくれたから、食べに行こうか」
「うん。皆、行こう」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
今日は朝ご飯が終わったら、サンドイッチとおにぎりを作るんだよね。
たぶん今までで一番沢山作る事になるだろうから、頑張ろう。




