872話 最後の水場
地図で見つけた最後の水場。
調査があまり出来なかったのか、地図が少し間違っていた。
確かに少し遠い場所にあるとは思ったけど、まさか1ヵ所目から5日も掛かるとは。
しかも2ヵ所目の水場は、岩や砂で埋まっていた。
ジナルさん達が手分けして調べたところ、川が氾濫した痕跡を見つけた。
「やっと最後の水場だな」
ラットルアさんが、嬉しそうな声をあげる。
そういえば、最後の水場で何も見つからなかったらどうするんだろう?
「どうした? 疲れたか?」
お父さんの言葉に首を横に振る。
「ここで、何も見つからなかったらどうするのかなって思って」
「あぁ、さすがにずっと探し続ける事は出来ないからな」
「うん」
それはそうだ。
「ここを最後に、捜索は終わる事になるだろう」
「そっか。それなら、何か見つかるといいね」
生きている痕跡が見つかったら……いや、苦しんでいるかもしれないなら骨の方がいいのかな?
どっちがいいのかな?
「にゃうん」
先頭を歩くシエルが不意に立ち止まり、1回鳴く。
「シエル? どうした?」
ジナルさんの言葉に反応せず、周りに視線を向けるシエル。
「何かあったのかな?」
お父さんと一緒に、シエルの下に行く。
「どうしたんだ?」
お父さんの質問に、ジナルさんが首を横に振る。
「分からない。急に立ち止まったと思ったら、周りを警戒し始めたんだ」
シエルの頭を撫でると、チラッと私に視線を向ける。
でも、すぐに周りに視線を戻してしまう。
「変だな」
お父さんの言う通り、この辺りには魔物の気配はない。
「シエル、何かいるの?」
「にゃうん」
シエルは、傍に何かがいると感じているようだ。
確かに、気配や魔力を上手く隠してしまう魔物はいる。
でも、完全に消す事は無理だからジナルさん達が気付くと思うのだけど。
「ジナル、何か感じるか?」
「いや、全く何も感じない。まぁ、それがおかしいんだけどな」
ジナルさんの言葉に、セイゼルクさん達が頷く。
そんな彼等の会話に首を傾げる。
何がおかしいんだろう?
森の気配を探る。
本当に、全く気配を感じない。
動物の気配や小さな魔物の気配ですら。
そうか、確かにおかしい。
水場なのに、生き物の気配が全くしないなんて。
「水の音が聞こえているから、水場が無くなっているというわけではないしな」
セイゼルクさんが、首を傾げる。
「とりあえず、水場まで行こう。シエル、大丈夫か?」
「……」
シエルは、少し遠くを見た後に歩きだした。
その態度に、ジナルさん達が警戒を強めた。
「あった、あそこだ」
ジナルさんが指した方には、崖の下に大きな湖が広がっていた。
そして、湖と繋がる川が見えた。
「凄く綺麗な所だな。水場が広いから、多くの魔物や動物がいてもおかしくないのに」
シファルさんが、周りを警戒するように見回す。
「近付いてみるか?」
ジナルさんの言葉に、ゆっくり湖に近付く。
「気をつけろ。湖に、魔物が住みついているかもしれない」
お父さんの言葉に、ジナルさんが待てと片手を上げる。
「その可能性があったな。ヌーガ、一緒に来てくれ」
「分かった」
ジナルさんは湖に近付くと、マジックバッグから拳ぐらいの何かを取り出して湖に放り投げた。
ヌーガさんは、ジナルさんの斜め後ろに立ち武器を構える。
「何をしているの?」
「魔物の肉を加工した物で、水の中にいる魔物をおびき寄せる事が出来るんだ。住みついているなら、そろそろ顔を出すはずだけどな」
しばらく待つが、魔物が姿を見せる様子はない。
「いないみたいだな。おそらく湖は大丈夫だろう」
ジナルさんの言葉に、湖に近付く。
中を覗き込むと、沢山の魚が泳いでいるのが見えた。
「魚が多いな」
「うん」
ラットルアさんが、手を水に浸ける。
「大丈夫なの?」
水に何かあったらどうするんだろう?
「魚が沢山いるから、大丈夫だとおもってさ」
ラットルアさんの手を見る。
赤くなっている様子も無いし、問題は無いのかな?
ではどうして、この辺りには生き物がいないんだろう?
水場の環境もいいし、水に問題もない。
他に考えられる事は?
「にゃ~」
威嚇するように鳴いたシエルに、お父さん達は武器を手に持ち構えた。
「グルグルグル」
唸り声が聞こえ、緊張が走る。
そして木々の間から姿を見せた魔物に、全員が息を吞んだ。
「これは……」
ジナルさんが言葉に詰まる。
目の前に現れた魔物は、大きな体に脚が5本。
そして頭が3つ。
ただ、その内の2つはどう見ても既に死んでいるように見えた。
「グルグルグル」
かなり警戒しているのか、牙をむいている。
ただ、その体は揺れている。
「かなり、ふらふらしているな。あばらもかなり浮いているし、限界なのでは?」
シファルさんの言葉に、全員の表情が険しくなる。
「ぷっぷぷ~」
ソラが私の傍から魔物に向かって跳びはねる。
「ソラ、駄目! 危ないから」
「ぷ~」
私の言葉に不満な鳴き声をあげると、魔物の傍で止まる。
「ぷっぷぷ~」
ソラは、あの魔物を治したいんだろうか?
でも、既に2つの頭は亡くなっている。
さすがに、あれは無理だと感じる。
「グルグル」
「鳴き方が変わった?」
ラットルアさんの言う通り、魔物の声から力が抜けた。
「ぷっぷぷ~」
「ククククッ」
魔物が姿を見せてから、ジッと様子を見ていたサーペントさんがゆっくり動く。
そして、魔物の傍に寄った。
「グルグル」
魔物は私達をゆっくりみると、次にソラやサーペントさん達を見た。
しばらくすると、ふらつく体を森へと向けた。
「ぷっぷぷ~」
ソラが私に向かって鳴くと、魔物の後を追う。
サーペントさんや木の魔物も、後を追うように動き出す。
「ソラ、待って!」
慌ててソラを追うと、ジナルさん達もその後に続いた。
一定の距離を開けて、魔物に付いて行く
数分、森を進むと崖に出来た大きな穴の前で魔物は止まった。
「クルクルクル。クルクルクル。クルクルクル」
柔らかく鳴く魔物に首を傾げる。
「クル」
大きな穴から小さな声が聞こえた。
「クルクルクル。クルクルクル」
魔物の声に誘われたのか、大きな穴から小さな魔物が姿を見せた。
その小さな魔物も少しふらついている。
「子供か?」
ジナルさんの言葉に反応したのか、小さな魔物が警戒したように毛を逆立てる。
その姿に、首を傾げる。
どう見ても、小さな魔物は崖に向かって毛を逆立てている。
「クルクルクル」
魔物が小さな魔物の首を銜えると、こちらにゆっくりと向かって来る。
そして、私達の傍に小さな魔物を置く。
「「「「「……」」」」」
全員が反応に困っていると、魔物は私達から離れるとゆっくりと体を横たえた
苦しいのか、少し呼吸が荒い。
「クル? クル、クル」
小さな魔物が、魔物を探すようにきょろきょろと顔を動かす。
でも少し離れた所にいる魔物を、いつまでたっても見つけられない。
「もしかして、目が見えないのか?」
お父さんの言葉に反応するように、顔がこちらを向く。
「あっ」
小さな魔物の目は、真っ白だった。
「グル」
苦しそうな鳴き声に視線を向けると、魔物の顔が痛みなのか歪んでいた。
そっと近付き、頭を撫でる。
「グル」
魔物は荒い呼吸の中、頭を一生懸命持ち上げると小さな魔物を見た。
「グルグル」
苦しそうに鳴く魔物。
「大丈夫。子供は俺や仲間が守るから。信じられないかもしれないが……守るから」
セイゼルクさんの言葉が分かったのか、ほんの少し魔物の表情が和らいだように見えた。
そして体を完全に倒すと、目を閉じた。
「クル。クル? クル?」
小さな魔物が、魔物を呼ぶように声をあげる。
魔物はその声に応えるように前脚を微かに動かしたが、それ以上動く事は無かった。
限界を迎えた体で、ずっと子供を守って来たのだろう。
体中を傷だらけにして。
「クル?」




