870話 さぁ、行こう
ジナルさんの指示で用意を終わらせたが、終わったのは夕方。
さすがに夜の移動は危険だと、翌朝に出発する事が決まった。
そして夜は、暗殺者達が持っていた食材を使ってロティスさんが夕飯を作った。
「いいの?」と聞いたら、「置いといたら腐るでしょ?」の一言で納得。
ちょっと豪華な料理をおいしく頂いた。
「アイビー、おはよう。皆もおはよう」
ソラ達と一緒にテントから出ると、元気な声が聞こえた。
視線を向けると、ロティスさんがポポラに暗殺者達を乗せている。
そしてその隣では、サーペントさんが1人ずつ自らの背に乗せていた。
「おはよう。早いね」
出発の予定時間より、かなり早い。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
私の挨拶に続き、ソラ達が元気に鳴く。
「とっとと届けて戻ってこようと思って」
「なるほど。朝ごはんをすぐに用意するね。皆はあまり遠くには行かないでね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
ちょっと心配だな。
「にゃうん」
シエルに視線を向けると、尻尾が楽し気に揺れている。
「任せていい?」
「にゃうん」
「ありがとう」
ソラ達の事はシエルに任せて、朝ごはんは何を作ろうかな。
急いでいるみたいだから、簡単な物が良いよね。
「アイビー、昨日の夜に作ったスープと黒パンでいいわよ。あのスープ、黒パンに合うように少し味を変えておいたから」
そうなの?
昨日の夜のスープは、野菜がゴロゴロ入った優しい味だった。
それを黒パン用に?
それは、すっごく楽しみ。
「分かった。すぐに温めるね」
スープの入った鍋に火にかけ、黒パンを用意する。
「「「おはよう」」」
セイゼルクさんとお父さん、ジナルさんが森の奥から来る。
「おはよう。何をしていたの?」
「研究所周辺の森を調べて来たんだ。魔物達の逃げた方向でもわかればよかったんだけど。さすがに1年半前だからな、無理だった」
お父さんが首を横に振る。
「それは、仕方ないよ。朝ごはんを食べよう。そろそろスープも温まるはずだし」
「そうだな。食べたら、魔物達を探しに行こうか」
ジナルさんの言葉に頷くと、皆で朝ご飯の用意をする。
そして食事が終わると、皆で手分けして片付ける。
さすがに人数が多いため、あっという間に終わった。
「それじゃ。ロティス達は、奴等を頼むな」
「えぇ、任せて。もしかしたら途中で、奴等の仲間に遭遇する可能性があるみたいなの。今から、楽しみだわ。ね」
ロティスさんがサーペントさんを見ると、舌がちょろちょろ出て楽し気な雰囲気を見せている。
なんだろう。
サーペントさんが凄くやる気に見える。
「サーペントさん」
「くくくっ」
「ほどほどにね」
「くくくっ、くわっ、パクン」
いつも通り鳴いた後、口を大きく開けて閉じるサーペントさん。
……本当に、大丈夫だよね?
「まぁ、いいじゃない。相手次第だって」
「くくくっ」
「そうだね。うん、向かって来る相手に手加減はいらないか」
「そうそう」
相手は暗殺者だもんね。
「俺がちゃんと見張っておくから大丈夫だよ」
フィロさんの言葉に、ロティスさんが不満そうな表情を見せる。
「一緒になって暴れるくせに」
そんな2人に笑ってしまう。
「怪我をしないように気を付けてね」
私の言葉に、「大丈夫、強いから」とフィロさんが笑う。
確かに3人は強い。
それにサーペントさんがいるから、大丈夫か。
「それじゃ。またね~」
ロティスさん達が、一足先に出発をする。
それを見送ると、ジナルさんが地図を取り出して広げた。
「逃げ出したのは1年半前。もしかしたら既に死んでいる可能性もある。でも、生きている可能性も捨てきれない。だから、水場になりそうなところで痕跡を探そうと思う。この3カ所を調べたい」
ジナルさんが、地図上に3個の石を置く。
どの場所も、魔物が水を飲みに来やすい場所だ。
「1ヵ所目の研究所にいた魔物から考えると、知能の高い種類がいると思う。それを考えると、この崖の当たりも調べた方がいいんじゃないか?」
セイゼルクさんの言葉に、地図を見る。
高い崖の近くには川と湖がある。
崖には、隠れられる穴や洞窟があるかもしれない。
確かに、調べた方がいいかも。
「その場所は、少し遠いと思ったんだ。逃げ出した魔物達の体力によっては、行けないだろうと判断したんだけど……調べた方がいいかな?」
ジナルさんが、地図を見て眉間に皺を寄せる。
確かに、崖は少し遠い場所にある。
実験体にされていた魔物達の体力はどうなんだろう?
無かったと考えた方がいいかな?
でもきっと、研究所から少しでも遠くに逃げたかったはず。
知能の高い魔物がいたなら、きっと遠くに、遠くにと限界まで走ったと思う。
「崖は、調べた方がいいと思う」
私の言葉に、ジナルさんが顔を上げる。
「そうか。そうだな、行こう。まずは……1ヵ所だけ崖から反対の場所のなんだよな。どっちに向かっただけでもわかれば、よかったのに」
地図を見て唸り声をあげるジナルさんに、笑みが浮かぶ。
でも本当に1ヵ所だけ、崖から反対の場所だ。
しかも、この位置から考えると1日は掛かりそう。
「ん~……よしっ。この反対の場所は行かない事にする。崖に向かって行こう。2ヵ所は、途中で立ち寄れる位置だ」
ジナルさんを見ると、シエルを呼んで地図を見ながら説明している。
シエルは、地図を見て周りを見回した。
「にゃうん」
1回鳴いたシエルは、ある方向に歩き出した。
「アイビー、行こうか」
「うん。ソラ、フレム、ソル、行くよ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
シエルの後を追って歩きだすと、シファルさんとヌーガさんが続いた。
途中で何度も足を止め、魔物の痕跡を探す。
「これは新しいな。でも普通だ」
セイゼルクさんの言葉に、首を傾げる。
さっきから、皆はどんな痕跡を探しているんだろう?
「お父さん、どんな痕跡を探せばいいの?」
普通じゃない痕跡って何?
「あっ、悪い。説明をしていなかったな」
お父さんが、地面に足跡や爪の跡などを描く。
ただ、どれも少しおかしい。
「これは、1ヵ所目の研究所で見つけた魔物達が残した跡だ」
足跡のはずなのに、数がおかしい。
爪も、数や太さが普通とは違う。
あっ、そうだ。
探している魔物達は普通とは違うんだった。
「分かった、ありがとう」
「そろそろ水場だね。水音がする」
水音?
シファルさんの言葉に耳を澄ますが、聞こえない。
「お父さんは聞こえた?」
隣を見ると、首を横に振った。
お父さんでも聞こえなかったんだ。
「こっちだよ」
シファルさんとシエルについて行くと、少しして水音が聞こえた。
水場に着くと、手分けして水場周辺を調べる。
お父さんが描いた絵を思い出しながら、1つひとつ魔物の跡を調べていく。
「どうだ?」
「見つからない。お父さんは?」
「こっちも無い」
この水場には、探している魔物達は来ていないのかな。
「こっちに来てくれ。洞穴に骨があった」
セイゼルクさんの言葉にお父さんと向かうと、丁度ジナルさんが洞穴から出て来るところだった。
「あれだよな?」
「あぁ。間違いない」
セイゼルクさんの言葉に、ジナルさんが頷く。
「ただ、逃げ出した魔物の一部だと思う。聞いていた数より少ないから」
「そうか」
見つかった。
でも、一部。
苦しみから解放されていたからよかった。
でも、悲しいな。




