864話 珍しいのは?
香ばしいかおりに目が覚めた。
「あれ?」
テントから顔だけ出すと、シファルさんとヌーガさんが朝食を作っているのが見えた。
「おはよう。顔を洗って、出ておいで」
「うん」
シファルさんの言葉に、戸惑いながら頷く。
寝坊は、していないよね?
うん、大丈夫だ。
顔を洗って服を着替えて、シファルさん達の下に向かう。
周りを見て、シエルがいない事に気付く。
木の魔物はいるけど、サーペントさんもいない。
どこかに行っているのかな?
「おはよう。今日は、早いね」
シファルさんはスープを作っているのか。
ヌーガさんは、お肉だね、
朝から塊肉かぁ。
「うん。目が覚めたから、ヌーガを叩き起こして朝ご飯を作る事にしたんだ」
「そうだった、んっ?」
叩き起こした?
ヌーガさんに視線を向けると、諦めたようにため息を吐いていた。
「ふふふっ。ヌーガさん、朝からお疲れ様」
「本当にな」
ポンと頭に手が置かれる。
その手の持ち主、シファルさんに視線を向ける。
「えっと、どうしたの?」
シファルさんが、何も言わずに私を見る。
「うん。アイビーは大丈夫だね」
えっ?
シファルさんを見ると、ポンポンと軽く頭を撫でられた。
「何?」
意味が分からず首を傾げていると、後ろで動く気配がした。
「おはよう。早いな」
セイゼルクさんがテントから出ると、私達を見て少し驚いた表情をした。
「目が覚めてね。そろそろ、ガガト達が戻って来る頃かな?」
シファルさんの言葉に、周りを見る。
本当だ、見張り役のガガトさんとフィロさんがいない。
「ガガトさん達は、どこに行ってるの?」
お皿を用意しているヌーガさんの手伝いをしながら、彼等の事を聞く。
「川の水が青い原因を探しに行っている。もしかしたら薬草が原因かもしれないそうだ」
薬草?
青い色を出す薬草?
ん~、本ではそんな情報を読んだ覚えはないから、全く知らない薬草みたい。
「その薬草はどんな効果があるの?」
「赤ん坊が熱を出した時に、役立つ薬草だと言っていた」
赤ちゃんの為の薬草?
「ポーションじゃ駄目なの?」
「赤ん坊は体力も力もまだ弱く不安定だから、ポーションより効果の弱い薬草の方が安全なんだ」
そうなんだ。
知らなかった。
「そうだ。シエルとサーペントが、ガガト達と一緒に行っているから」
あっ、だからいないのか。
「分かった。ありがとう」
「よしっ、出来た! さて、全員を叩き起こすか」
シファルさんが楽しそうに、ジナルさんが眠っているテントの中に入っていく。
「はぁ、全く」
ヌーガさんが大きな溜め息を吐くと、お皿に出来上がった料理を載せていく。
「うわぁ」
ジナルさんの叫び声に、笑ってしまう。
どんな起こし方をしたんだろう?
「お父さんを起こしてくるね」
「くくくっ。急いだ方がいいぞ」
ヌーガさんが、ラットルアさんが眠っているテントに入っていくシファルさんに視線を向ける。
「分かった」
それにしても、シファルさんが率先して悪戯するのは珍しい。
何かあったのかな?
「お父さん、入るね」
テントに入ると、眠そうに欠伸をするお父さんがいた。
「あれ? 起きてた」
「あぁ、おはよう。ジナルの叫び声で起きた。何があったんだ?」
「おはよう。シファルさんが、ジナルさんを起こしに行ったの。中で何があったのかは分からない」
私の言葉にお父さんが、笑い出す。
「なるほど。ジナルの叫び声で起きて正解だったな。ふぁぁ、眠い」
お父さんの言葉に笑いながら、タライに水を入れる。
「水を用意しておいたね。朝ご飯はもう出来ているから」
「分かった。ありがとう」
夜の見張り役は、早番と遅番に分かれて行う。
お父さんは昨日、早番の見張り役だったから眠そうだ。
ソラ達が起きて来たので、皆のポーションをマジックバッグから出す。
「皆、おはよう。朝ご飯だよ、食べてね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
嬉しそうにポーションを食べる様子で、皆の健康状態を確認する。
「うん。今日も、皆は元気だね」
私の言葉に、ポーションを食べながら器用にプルプルと揺れる3匹。
「食べ終わったら、お父さんと一緒にテントから出て来てね。先に行くね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
テントを出ると、シファルさんが残念そうな表情をした。
「ジナルさんの叫び声で、目を覚ましてたよ」
「そっか。まさかあんなに叫ぶとは思わなかったんだよな」
ジナルさんを見ると、ちょっと怒っているのが分かった。
その隣で、話を聞いたのだろう。
ロティスさんが大笑いしている。
「何をしたの?」
「んっ? 服の中に、ちょっと大きな氷を入れただけだよ」
「……」
子供の遊びみたいだ。
まさか氷だったとは。
「皆も、もう大丈夫そうだな」
えっ?
テーブルに向かうシファルさんを見る。
「大丈夫」って私が起きてきた時にも言っていたよね。
ジナルさんやセイゼルクさん、ラットルアさんを見る。
「そういえば、いつの間にか……」
研究所から戻って来た時に感じた微かな違和感。
あれがなくなっている。
昨日の夜は、まだ残っていたのに。
シファルさんを見ると、ジナルさんに怒られている。
まぁ、全く聞いていないみたいだけど。
「アイビー、どうした?」
テントから出てきたお父さんが、私を不思議そうに見る。
それに首を横に振る。
「何でもない、行こう」
お父さんと一緒にテーブルに着くと、ロティスさんがジナルさんの肩をバンバン叩ているのが見えた。
あれは痛そう。
「いたっ、ロティス! 加減! 加減しろ」
「あぁ、ごめん?」
それは、謝っているのかな?
「はぁ、あれ? ガガトとフィロは?」
ジナルさんがテーブルに着いた皆を見渡して首を傾げる。
「ここにいるよ。ただいま」
ガガトさんとフィロさんが戻って来たようだ。
「にゃうん」
一緒に行っていたシエルが、私の下に駆けて来る。
「おかえり。朝からありがとう」
喉の当たりを撫でると、ゴロゴロという音が聞こえた。
「「「「「いただきます」」」」」
シファルさんが作ってくれたスープを口に入れる。
美味しい。
彼の作ったスープは、優しい味がするんだよね。
沢山あった朝食がなくなると、休憩をしながら今日の予定を確認する。
今日からカシメ町に向かうんだったよね。
「今日は、予定を変更したい」
ジナルさんの言葉に、全員の視線が集中する。
「昨日集めた書類の中に、カシム町の周辺にはもう2つ研究所があると分かった。どちらも、稼働していない可能性の方が高い。でも、確認をしておきたい」
ジナルさんの言葉に、全員が頷く。
動いていないという事を、確認する必要はあるよね。
もしかしたら、破壊しておく必要があるかもしれないし。
「道は?」
「この川を渡って、数時間森の中を歩く事になりそうだ」
セイゼルクさんの言葉に、ジナルさんが地図を指しながら説明する。
「この赤い丸で囲んだあたりに、研究所があるはずなんだ」
今いる場所から、少しだけ森の奥。
今日中に、次の研究所には着けそうかな。
「目的地が決まったから、準備をしましょうか」
ロティスさんの言葉に、全員が出発の準備を始める。
汚れたお皿などは、ラットルさんとフィロさんが洗ってくれたみたいだ。
「俺達も準備をしようか」
「うん」
テントに戻ると、マジックバッグから出した物を元に戻していく。
すぐに移動する事が分っていたので、最低限の物しか出していないため、すぐに終わる。
「「よしっ」」
お父さんと顔を見合わせて笑う。
次の研究所が、稼働していてもしていなくても、何も無ければいいな。




