863話 青い川
魔法陣を消した後、木の魔物と一緒に研究所の出入り口が見える場所で待機する。
ジナルさんが、研究所内で戦く可能性があると言っていたのでとても気になる。
でも、私が入ると邪魔になるため我慢。
我慢だけど……皆が中に入って既に30分。
「遅いね。何かあったのかな?」
「ジナル達は強いから大丈夫だ」
お父さんが私の頭を優しく撫でる。
「うん」
「研究所だから、書類とか必要な物を探すのに手間取っているんだろう」
あっ、書類か。
だから、時間がかかっているのかな?
「ぷぷ~」
ソラの声に視線を向けると、満足そうな表情をしたソラがぷるぷると揺れていた。
「ソラ、終わったの?」
「ぷっぷぷ~」
私の言葉に嬉しそうに鳴くソラの頭を優しく撫でながら、木の魔物の根に視線を向ける。
「良かった。元に戻ったね」
「ぎゃっ、ぎゃっ」
黒くなってしまった根は元通り。
木の魔物も嬉しそうだ。
「ソルとソラがいると、安心だな」
お父さんの言葉に、2匹が胸を張る。
「てりゅっ!」
不満そうな鳴き声を上げるフレムに、シエルが前脚で頭をぽんぽんと叩く。
ちょっと力が強かったのか、フレムの体が叩くたびに横に伸びる。
「てりゅ~」
なんとも言えない鳴き声を上げるフレム。
シエルは楽しくなったのか、叩く力が少し増してしまったようだ。
「て~……りゅ~……」
横に伸びる体と途切れる言葉。
「「ぷっ」」
その姿に、お父さんと吹き出してしまう。
「シエル。ちょっと待って。さすがに、アハハハハ」
「可愛いけど可哀想だから」と言いたいけど、笑ってしまった。
「はい、お終い」
お父さんが不貞腐れた表情のフレムを抱き上げる。
「てりゅ~」
おぉ、聞いた事がないほど低い鳴き声。
完全に不貞腐れてしまったみたい。
「ごめん、フレム。可愛くて」
あっ、間違った。
「てりゅ!」
「ぷっ」
怒るフレムに、噴き出すお父さん。
「フレム、えっと」
あぁ、どう言えばいいんだろう?
バタン。
扉の開く音に、全員が研究所に視線を向ける。
「戻って来たな」
「うん。皆、おかえり」
隠れていた場所から、皆の元に向かう。
「「「「「ただいま」」」」」
笑顔で帰って来る皆を見回す。
良かった。
誰も、怪我をしている様子はない。
あれ?
でも血の匂いが微かにする。
それに、セイゼルクさんとラットルアさん。
それにガガトさんの服に切れている所や破れている所がある。
これはきっと、戦った跡だよね。
「無事でよかったよ」
お父さんの言葉に、ジナルさんが当然と笑う。
いつも通りの笑顔。
皆も、笑顔。
でも、微かに違和感を覚える。
ドーン、ドーン、ドーン。
研究所の方から爆発音がした。
見ると、研究所の出入り口から土ぼこりが舞い上がっている。
予定通り、研究所を壊して来たんだろう。
あっ、そういえば冒険者と研究者がいたはずだけど。
いないという事は、そういう事なんだろう。
まぁ、それは仕方がない。
「少しこの場所から離れようか」
ジナルさんの言葉に、すぐに移動を開始する。
やっぱり違和感がある。
森の中を移動しながら、チラッと後ろを見る。
研究所があった場所は、もう見えない。
あそこで何かあったんだろうな。
前を向いて歩いていると、カサッという小さな音が聞こえた。
気になって視線を向けると、木々の間を器用に移動しているサーペントが見えた。
そういえば、いつもなら「撫でて」と傍に来るのに、研究所から戻って来た時は来なかった。
研究所に行く前は、頭を寄せて「撫でて」と要求したのに。
しばらく無言で歩いていると、水の音が聞こえた。
「近くに、川があるみたいだよ」
私の言葉に、先頭を歩くジナルさんが立ち止まる。
「少し、寄って行こうか」
「にゃうん」
彼の言葉に反応したシエルが、さっと先頭を歩きだす。
それに付いて行くと、青い水が流れている川に出た。
「青い川? それに広いわね」
ロティスさんが驚いたような声を出す。
ジナルさん達も、驚いた表情をしている。
「なんで、水が青いんだ?」
フィロさんの言葉に、全員が首を傾げる。
「この水は、大丈夫なのか?」
セイゼルクさんの言葉に、ジナルさんが首を横に振る。
いろいろ知っている彼でも分からないようだ。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ソラとフレムの楽しそうな声に、慌てて2匹を探す。
「あぁ~、待って!」
ドボン、ドボン。
川に飛び込む2匹。
「ぷ~!」
「てりゅ~」
流されるソラに、器用に泳ぐフレム。
「やっぱり~」
「あはははっ。全く、ソラは懲りないな」
お父さんと一緒に川に向かって走る。
皆も、ソラの状態に笑うと後を追って来た。
私達が川に着くと、ちょうどシエルがソラを銜えて川から上がって来たところだった。
「ありがとう、シエル」
シエルからソラを受け取ると、溜め息が出た。
「流されると分かっているのに、どうして水に飛び込むの?」
「ぷぷっ」
私の言葉に、不満そうな表情を見せるソラ。
「『今日は泳げる』と思って、挑戦したんじゃないか?」
「ぷっぷぷ~」
ラットルアさんの言葉に、嬉しそうに鳴くソラ。
「なるほど」
ただその挑戦に、一度も成功していないだけか。
うん?
「今日は泳げる」となぜ思ったのだろう?
パッシャン。
「「「「「おぉ」」」」」
皆の声に視線を向けると、木の魔物がソルを川にポーンと投げた。
「えっ?」
何があったの?
次にフレムが、木の魔物に川に放り投げられる。
その次は、ソル。
「あぁ、遊んでいるのか。驚いた」
「ぷぷ~」
楽しそうな遊びに、ソラが慌てて木の魔物に駆けて行く。
えっ、ソラもするの?
また流されるのに?
「アイビー、大丈夫だ。あれ」
お父さんが指す方を見ると、木の魔物がいる場所から少し下流の場所にサーペントさんがいる。
そして、流れてきたソルとフレムを川から引き上げていた。
「凄い協力体制だな。というか、あんな遊びを木の魔物もサーペントもするんだな」
ガガトさんの言葉に、ロティスさんが頷く。
そしてちょっと、ソワソワしている。
「ロティス、止めておけよ」
「えぇ。だって楽しそうなのに」
えっ、まさか……あの遊びに参加したいの?
「ぎゃっ」
ロティスさんの様子に気付いた木の魔物が、根っこを彼女に伸ばす。
「えっ、いいの?」
嬉しそうに、木の根が体に巻き付くのを見るロティスさん。
そして、ポイっと川に放り投げられた。
「うわっ」
ジャッパーン。
大きな水しぶきが上がる。
大丈夫なんだろうか?
「やだぁ、これ楽しい」
元気に川から上がって来るロティスさん。
それに、全員がホッとした表所を見せた。
「全く、川の深さが分かっていないのに、何をやっているんだ」
ジナルさんの言葉に、ロティスさんが肩を竦める。
「木の魔物は、分かっているみたいよ。だって、私が放り投げられた辺りはすっごく深かったもの」
「へぇ。分かっているんだ」
シファルさんが楽し気に木の魔物を見る。
「だからと言って――」
「木の魔物、ジナルも宜しく!」
「はっ?」
「ぎゃっ!」
あっという間に持ち上げられるジナルさん。
そして本人が唖然としたまま……という事は無く。
しばらく持ち上げられたまま待機。
そしてポーンと放り投げられた。
「心の準備が出来るまで、待っててくれるんだ」
シファルさんが、面白いと木の魔物に近付く。
そして、彼はセイゼルクさんを指した。
「待て、シファル」
慌てて逃げよとするセイゼルクさんに、容赦なく遅い掛かる木の魔物の根。
「「「「「あははははっ」」」」」
皆の笑い声が上がる中、セイゼルクさんが川に放り投げられた。
なんだか、ちょっと楽しそうだな。
「アイビーも、行ってみるか?」
私の様子に気付いたお父さんが、笑いながら聞いて来る。
それに、つい頷いてしまう。
だって、楽しそうなんだもん!




