862話 研究所にいた魔物達
―ラットルア視点―
研究所の出入り口には、見張り役の冒険者が1人。
森に紛れるように気配を消しているとはいえ、かなり近づいているので気付く者は気付く。
だが、目の先にいる冒険者は全く気付く気配がない。
「この距離だったら、アイビーは気付くよな」
「もっと早くに気付くと思うぞ」
俺の呟きに、隣にいたヌーガが応える。
確かに、あの子は気配に敏感だからな。
「来たぞ」
ジナルの言葉に、研究所に向かって走る。
3方向から一気に攻めるため、1人だけの見張りではどうする事も出来ない。
というか、全くやる気のない見張りだったので制圧は一瞬。
「あっけない」
ヌーガの言葉に苦笑する。
「ここは森の奥だから、誰も来ないと思い込んでいたんだろう」
セイゼルクの言葉に、呆れた様子を見せるヌーガ。
確かに誰も来ないかもしれないが、手を抜いていいという事にはならないからな。
「はぁ?」
冒険者の持ち物を探っていたガガトから、呆れた声が上がった。
「どうした?」
ジナルの言葉に、ガガトが冒険者の持っていた武器を俺達に見せる。
「あぁ、これは」
「冒険者としての矜持も無いんだな」
シファルとフィロの呆れた声に、俺も頷く。
冒険者の癖に、命を預ける武器が刃こぼれした剣だとは。
「冒険者だよな?」
俺の言葉に、ガガトが冒険者の手を見る。
「ん~、元冒険者と言った方がいいかもしれないな。最近は剣を握っていなかったようだ」
冒険者の手は、その武器に合わせて硬くなったり変形したりする。
でも、長く武器を握っていなければその痕跡が少しずつ無くなっていく。
特に皮膚の表面は分かりやすい。
つまり、見張り役の冒険者は特訓もしていなかったという事だ。
「まぁ、こいつはいい。中を抑えるぞ」
ジナルの言葉に小さく息を吐き、緩んだ気持ちを引き締める。
「行くわよ」
ロティスは、研究所の出入り口を一気に開けると、中に駆けだす。
あれ?
慎重に入るって言ってなかったっけ?
「あぁ、あいつは~!」
ジナルの怒った声に、笑ってしまう。
「行くぞ」
セイゼルクの言葉に、俺達も一気に内部に入り込む。
「うわ~、容赦ないな」
ロティスが、慌てて逃げる冒険者達を一刀両断しているのが見える。
「ロティス、殺すな!」
「手遅れ!」
死んだ冒険者を横目に、研究所の奥に向かう。
「なんだ? 誰だ? ここは、うわぁ」
研究者の声かな?
広い部屋に入ると、研究者の肩をロティスが剣で突き刺していた。
「ロティス、落ち着け」
ジナルが慌ててロティスの腕を掴む。
「はぁ、大丈夫よ」
鋭い視線で研究者を睨むロティスに、ジナルがポンポンと肩を叩く。
「話を聞きたい」
「分かっているわ」
ロティスが肩から剣を抜くと、ドバっと血が流れる。
研究者は肩を抑えると、視線をあちこちに彷徨わせる。
「逃げられるわけないでしょう?」
「ここは、ここはある貴族の持ち物だ! こんな事をして、許されると思うのか?」
研究者の言葉に、ジナルがニヤッと笑う。
「へぇ~、貴族ねぇ。そんな事は知らなかったよ」
「お前達、ただでは済まないからな! ここはフォロンダという領主が管理している所だ。彼は王都でも有名な貴族だ」
えっ?
フォロンダ?
まさか……フォロンダ様の事か?
「はっ?」
ジナルを見ると無表情で研究者を見ていた。
「ひっ」
あぁ、あれは怖い。
俺でも怖いからな。
「誰だって?」
「ひぃ。だ、らか、フォロ、ダ。あの、あの」
恐怖からか、言葉が上手く話せないようだ。
一度、落ち着かせた方がいいんじゃないか?
ジャパーン。
「「「「「えっ?」」」」」
研究者の上に大量の水が降る。
びしょ濡れになった研究者も、唖然と濡れた自分の体を見つめている。
「しっかり話してくれる? そのフォロンダという者と会った事は?」
ロティスがジナルを横に押し、研究者の前に来る。
「会った事はない。ただ、見た事はある」
「どんな見た目だった?」
「み、緑の髪に、ちょっと太った恰幅がいい男だ」
ちょっと太った?
「誰だ、それ」
ジナルが眉間に皺を寄せる。
そうだ、フォロンダ様は体を鍛えているので太っていない。
かなり引き締まっている方だ。
「偽物か」
「えっ?」
ジナルの言葉に、研究者が驚いた声を上げる。
彼の様子から、本当に気付いていなかったみたいだな。
それにしても、顔色が悪い。
「なぁ、こいつの治療はどうする?」
フィロの言葉に、研究者が怪我をしていた事を思い出す。
「えっ、するの?」
ロティスが、不思議そうな表情でフィロを見る。
その表情から、治療をする気が全く無い事と分かる。
「そんな!」
研究者もそれに気付いたのか、ぶるぶると震えている。
「くっそ~」
研究者がポケットから黒い何かを取り出すと、床にたたきつけた。
パリーン。
砕けた音が響いた瞬間、ギギギギっという音が部屋の中に響いた。
「どうせ死ぬなら、お前ら全員道連れだ!」
研究者の後ろの壁が、左右に動き出す。
「来るぞ」
ジナルの言葉に、研究者から離れて武器を構える。
ズルズル、ズルズル。
何かが擦れる音。
そして姿を見せたのは、全身から血を流すサーペント。
「やっぱりいたのか」
しかもかなり酷い状態だ。
「グググッ」
苦しそうに鳴くサーペントに、武器を握る手に力が籠る。
「あはははっ。がはっ」
血を流すサーペントが、研究者を押しつぶし外に出て来る。
そして一気にこちらに向かって来るのが見えた。
「クククッ」
次の瞬間、俺達と共に来たサーペントが、血を流すサーペントに体当たりして壁に叩きつけた。
「グッ」
苦しそうに呻く、血を流すサーペント。
そのサーペントに、とどめを刺すよに首に牙を突き刺すサーペント。
「ギャガッ」
バタバタと暴れるサーペントは、暫くするとその動きを止めた。
「グルグル」
「ググル」
えっ?
苦しそうな鳴き声が、開いた部屋の奥から響く。
「まだいるぞ」
ジナルの声に、全員が部屋の奥に武器を構える。
姿を見せたのは。
「なんだ、この魔物。姿が変だ」
ガガトの言う通り、姿がおかしい魔物達。
腕が3本だったり、顔が2個だったり。
ただ、どの魔物もかなり苦しそうだ。
「グハッ」
血を吐き出しながらこちらに来る魔物の姿は異様で、言葉が出ない。
「殺すわよ。この子達の苦しみを、終わらせる」
ロティスの言葉に、ぐっと奥歯を噛む。
そして足に力を入れると一気に魔物に向かった。
目の前に来た魔物の首に向かって、剣を振り下ろす。
何度も、何度も。
しばらくすると、魔物の声は聞こえなくなった。
「はぁ。いったい、何匹いたのよ」
床に転がる魔物の数に、ロティスがため息を吐く。
本当に、一体何匹いたんだろうな。
「大丈夫か?」
セイゼルクの言葉に、小さく頷く。
「なぁ、魔物の中に……」
数匹の魔物を思い出す。
剣を振り上げた瞬間に、頭を下げた魔物がいた。
まるで、首を差し出すように見えた。
そんな事はありえないのに。
「苦しみから解放されると分かったのかもしれないな」
セイゼルクの言葉に、彼が倒した魔物の中にも「いた」のだと分かった。
「そうか」
部屋の中の状態を見て、ジナルを見る。
「これ、どうするんだ?」
部屋中血まみれ。
俺達も返り血で凄い状態だ。
まぁ、俺達はクリーンでどうにか出来るが……あっ、切れた服は無理だな。
「研究所は燃やす。その前に研究資料を探してくれ」
研究所内にある部屋を見て回りながら、資料を集めていく。
どれが重要な物か分からないため、見つけた物は全てマジックバッグに入れる。
全ての部屋を見終わると、ジナルが各部屋にマジックアイテムを設置した。
「行こうか」
ジナルの言葉に、外に向かって歩き出す。
部屋を出る時、なんとなく振り返る。
ロティスとフィロが魔物達にクリーンを掛けたので、今はどの魔物も綺麗だ。
でもだからこそ、その異様な形が目に付く。
「はぁ」
小さく息を吐くと、外に向かって足を動かす。
魔物を倒して気が重くなったのは初めてだ。




