861話 1ヵ所目
カシム町を出発してから3日目。
本当に何にも邪魔をされる事なく、まっすぐ目的の場所近くに到着。
あまりの呆気なさに、ヌーガさんが少し不服そうな表情をする。
それに首を傾げていると「あいつは、強い魔物を倒すのが好きだから」と、ラットルアさんが教えてくれた。
ヌーガさんは、穏やかな性格だと思っていたので驚いた。
「さてと、偵察に行くか」
セイゼルクさんが準備を終えると、フィロさんを見る。
「あぁ。俺のスキルで姿を隠す事は出来るが、音は漏れるから気を付けてくれ」
「分かった」
目的の場所は、教会が作った魔物を調べる研究所。
何をしているのかは、考えたくもない。
その研究所に皆で向かうのかと思ったら、違った。
まずは人の出入りや研究所の周りの状況を確認するため、少人数で偵察をする。
これは、こちらの動きがバレた時に被害を最小限に抑える目的もあると聞いて、少し緊張した。
ただ緊張したのは私だけのようで、皆はいつも通り。
いや、偵察に行くセイゼルクさんは楽しそうに見える。
「アイビー、心配しなくても大丈夫だ。フィロには『擬装』のスキルがあるから、敵には見つからないよ」
私の表情を見たジナルさんが、ポンと頭に手を載せる。
「擬装?」
周囲の風景に溶け込んで、見つからないようにするのかな?
フィロさんを見ると、笑みを見せて頷く。
「そのスキルのお陰で、偵察は俺の得意分野だ」
そうなんだ。
それなら大丈夫かな。
「別にバレたらバレた時。相手を黙らせたらいいだけだ」
セイゼルクさんの言葉に、ロティスさんが表情を歪める。
「私がぶん殴る相手は残しておいてよ」
それは、ちょっと……。
「魔物達を食い物にするなんて。絶対に許さない」
あぁ、ロティスさんは凄く怒っているんだ。
私も魔物を調べる場所と聞いて凄く苛立ったから、その気持ちは分かる。
ただ、殴りたい気持ちにはならなかったけど。
「ぎゃっ」
どうやら木の魔物も、ロティスさんに賛成らしい。
根っこを振り上げて、バタバタと地面を叩ている。
「いや、残せと言われてもな」
セイゼルクさんが困った表情になると、フィロさんが彼の肩を軽く叩く。
「ロティスの事は気にするな。木の魔物は……というか、見つからないから! まぁ、研究所が既に潰れていて、誰もいない可能性もあるし」
あっ、それは考えていなかった。
「「行って来る」」
セイゼルクさんとフィロさんの姿が、森の中に消える。
「クククッ」
もしもの時に備えて、サーペントさんが途中まで一緒に行く。
「気を付けてね」
セイゼルクさん達はいつもの様子だったし、サーペントさんもいるから大丈夫。
でもやっぱり心配だなぁ。
2人が消えた方をチラチラと見る。
今、行ったばかりなので帰って来るはずないのに。
「大丈夫、あの2人は強いから」
私の様子を見たお父さんが、笑う。
もう、私は心配しているのに。
「フィロが偵察で失敗したことは無いから大丈夫よ。最強の味方も一緒なんだし。だから、信じて待ってよう」
ロティスさんが、私の傍に寄ると笑みを見せる。
「うん」
そうだね。
最強の味方も一緒なんだから、皆を信じよう。
どれくらい経ったのか、戻って来る2人の微かな気配を感じた。
「ただいま」
セイゼルクさんの言葉に、笑みが浮かぶ。
2人とも怪我も無く、無事だ。
サーペントさんが、傍に来たので鼻のあたりを撫でる。
「クククッ」
「お疲れ様」
「どうだった?」
ガガトさんの言葉に、皆の視線がセイゼルクさん達に集中する。
「今も稼働していた。ただ、人の気配はそれほど多くない。確認できた人数は4人。護衛が3人。1人は、おそらく研究者だ。研究所の奥に人がいる可能性もあるが、外からは気配を探れなかった。あと、研究所近くの木に魔法陣が刻まれている。あれが何を目的にした物なのか、見ただけでは分からなかった。ただ、最初に対処した方がいいと思う」
セイゼルクさんの話に、全員の眉間に皺が寄る。
「ぎゃっ」
木の魔物を見ると、根っこを持ち上げて揺らしている。
どうしたんだろう?
怒ってるような気がする。
「どうしたの?」
ロティスさんが聞くと、根っこを地面に叩きつける木の魔物。
これは本気で怒っている。
こうなったのは、セイゼルクさんの話を聞いてからだよね?
「もしかして、魔法陣?」
「ぎゃっ」
私の言葉に反応する木の魔物。
そうか、木の魔物は魔法陣を消す事が出来るんだ。
でも……。
「木の魔物に負担がかかるでしょう?」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
私の言葉に反論するように鳴く木の魔物。
「大丈夫なのか?」
お父さんの言葉に、木の魔物は枝をサワサワと揺らす。
「ん~、無理はしない事。いい、絶対に異変を感じたら止める事!」
「ぎゃっ!」
お父さんの言葉に、満足そうに鳴く木の魔物。
そっと幹に触れると、枝がさわさわと揺れた。
「それじゃあ、魔法陣は木の魔物に任せて――」
「ぺふ~」
話を纏めようとしたジナルさんの言葉を、ソルの不服そうな鳴き声が邪魔をする。
「えっと? あっ、ソルも魔法陣を消してくれるのか?」
「ぺふっ」
満足そうに鳴くソルに、ジナルさんが小さく笑う。
「分かった。魔法陣は、木の魔物とソルに任せるよ。アイビーはソル達と一緒に行動してくれ。そうなるとドルイドもだな」
お父さんが頷く横で、シエルがジナルさんを見つめる。
「分かっている。シエルもアイビーと一緒だろ?」
「にゃうん」
満足そうな表情で一鳴きするシエル。
どうやら私は、シエルやソルと一緒に行動するらしい。
ちょっと嬉しい。
「魔法陣を消した後は、俺達が研究所を制圧。奴等の使う武器には気を付けてくれ。あと魔物が出てきたら」
ジナルさんがサーペントさんを見る。
「クククッ」
分かっているのか、軽く頷くサーペントさん。
「ありがとう」
「クククッ」
ジナルさん達が、敵と戦うための準備を始める。
と言っても、武器の確認ぐらいみたいだけど。
「行くか」
「うん」
まずは、研究所の周りにある魔法陣を消さないとね。
「ぎゃっ」
木の魔物を見ると、そっと根っこが持ち上がってポンと肩を軽く叩いてきた。
きっと、大丈夫と伝えたいんだろう。
「分かった。信じるよ」
セイゼルクさんから、魔法陣のあった場所を聞くと研究所に向かってゆっくり進む。
「あれだ」
お父さんが指した方を見ると、大木の幹に刻まれた魔法陣を見つけた。
「かなり複雑な魔法陣だな」
「うん」
それほど大きくないのに、刻まれている文字や絵が多い。
最初に対処した方がいいと言ったセイゼルクさんは、正しい。
木の魔物が近寄ると、そっと魔法陣に根っこが触れた。
すぐに魔法陣の形が崩れ、暫くすると完全に消えた。
魔法陣に触れていた木の根っこを見る。
良かった、まだ黒くなってはいない。
でも周りを見ると、あちこちに魔法陣が見えた。
大丈夫なのだろうか?
「ソルも頑張ってるぞ」
お父さんの言葉にソルを探すと、木の幹にへばりつくソルを見つけた。
傍に寄ると、魔法陣を包み込んでいるのが見えた。
「あっ消えた」
木の幹から離れて満足そうに揺れるソル。
そしてすぐに、次の魔法陣に向かった。
「結構な数だったな」
「そうだね」
木の魔物とソルの消した魔法陣の数は、全部で35個。
まさかこんなにあるとは思わなかった。
お父さんが「終了」の合図を送ると、研究所の方から慌てた気配がした。
きっと、ジナルさん達が研究所に入ったのだろう。
「あっ……」
木の魔物の根っこを見ると、黒くなっている事に気付く。
やっぱり負担がかかってしまったようだ。
「ぷっぷぷ~」
ソラが、木の魔物の黒くなった根っこを包み込む。
「「えっ!」」
お父さんと顔を見合わせ、笑う。
そうだ。
ソラは、木の魔物を治療できるんだった。
「ぎゃっ?」
木の魔物が不思議そうに、黒くなった部分を包み込んでいるソラに視線を向ける。
なんというか、不思議な光景だな。
「治療だよ。黒くなってしまったところをソラが治療しているの。だから少しそのままでいてね」




