848話 やっぱり!
どうしよう。
全然止められない。
ある一角に積みあがる服、服、服。
ロティスさんとラットルアさんが競うように、服を積み上げていく。
「これは、凄いね~」
隣で優雅にお茶を飲むシファルさん。
縋るように見たが、首を横に振られた。
「言っても無駄だよ。返事だけはいいけど、全く聞いてないからね」
そうなんだよね。
「もう十分です」と2人に言う度に「分かった」と返事は返ってくる。
それなのに、「あっ、これも!」とか「こっちも」とか。
何度このやり取りが繰り返された事か。
私も、もう疲れた。
「アイビー。のんびり待とうよ。あれは落ち着くまで放置した方がいい」
溜め息を吐きながらシファルさんの隣に座る。
そして、用意してもらったお茶を飲む。
「美味しい」
「こっちのお菓子も美味しいよ」
シファルさんが薦めるままにお菓子を口に入れる。
一口で食べられるお菓子は、口の中で果実の香りが広がり、疲れた心を癒してくれる。
ここはカシム町で一番大きな服屋「ゴーディオ」。
そして私がいる場所は、特別なお客様をもてなす特等席。
ロティスさんを見たお店の人が、すぐにこの場所に案内してくれた。
最初はその場所にドキドキしたけど、ロティスさんとラットルアさんの暴走にその気持ちは吹っ飛んだ。
「アイビー、好きな色は?」
ロティスさんの急な質問に、視線を向ける。
「アイビーは、青系が好きだよな?」
応えようとすると、ラットルアさんに先を越された。
「えっ青? でも、赤系も似合うと思うんだけど。うん、やっぱりあっちのオレンジも欲しいわね」
ロティスさんの言葉に、驚いてしまう。
質問の答えが全く生かされていない。
そもそも私は質問に答えてもいない。
「ぷぷっ」
隣に座っているシファルさんから、笑い声が聞こえた。
「笑っている場合じゃない。あの量を見てよ!」
「大丈夫。買おうとしたら声を掛けて、あそこからそうだな……5着だと文句が出るな。うん、10着を選んでもらえば? 私に一番似合う10着を選んでくださいって」
「10着! えっと二人で?」
「いや、2人で20着だな。それぐらいにしておかないと、収まらないだろうから」
「はははっ」
シファルさんの言葉に、2人を見て頷く。
確かに、収まらないだろうな。
「それにドルイドから聞いているよ。去年の服がきつくなっているんだろう?」
あれ?
お父さんには、まだ言っていなかったのに。
「うん。ちょっときつくなってきた。でも、もう少し着られるかなって思っているんだけど」
「それは駄目だ。成長中なんだから、体に合ったものを着ないと。成長に悪影響を及ぼすぞ」
真剣なシファルさんの表情に、戸惑う。
「そうなの?」
「そうだよ。アイビーは大きくなりたいんだろう?」
「うん」
小さい頃に栄養が足りなかったせいで、同年代より私は小さい。
お父さんが、それを気にしている事に気付いた。
だから、大きくなって安心させたい。
「だったら、ここは甘えてしまえばいいよ。それに、あの2人を見てごらん」
ロティスさんとラットルアさんを見る。
「もの凄く嬉しそうで、生き生きしているだろう?」
うん、確かに。
「あんな気持ちに慣れるのは、アイビーの服を選んでいるからだ」
そこが少しおかしいと思うけど。
「2人の楽しみを奪ったら可哀想だよ」
「そうかな?」
何か違うような気がするだけど。
「そうだよ。それに、『絶対にいらない』と言って止めたら、もの凄く悲しむだろうな」
それは想像が出来てしまう。
「でもさすがにあの量は、アイビーが困るだろう?」
「うん」
一体何着あるのか、ここからでは分からない。
でも間違いなく20着以上はある。
「だから1人10着。これは妥当な数字だよ」
そういうもの……なのかな?
「どっちもが納得する数字という事だね」
そうなのかもしれない?
「分かった。1人10着で。それ以上は、絶対に断るからね!」
「その時は、俺も説得するよ」
まぁ、それなら?
……あれ?
私、シファルさんに丸め込まれた?
「どうしたの?」
シファルさんを見る。
きっと何を言っても無駄だろうな。
それに、ロティスさんとラットルアさんも楽しんでいるのは確かだし。
「いえ」
あっ、私も皆の服を選びたいなって思っていたんだった。
このお店は、全ての年齢層の服が置いてあるから、皆の服も探せるかな?
「あの、私も服を選びたから見て回っていい?」
「んっ? ラットルア達に任せたら?」
シファルさんの言葉に、首を横に振る。
「自分のは任せました。お父さんや、皆に何か買いたいなって思っていて」
お店を見渡す。
あっ、2階が男性用の服だ。
「そうか。それなら付き合うよ」
「えっ。いいの?」
ゆっくりしててもいいのに。
準備が終わったら、また旅に出るのだし。
「問題ないよ。それにヌーガやセイゼルクの趣味は俺が良く知っているからね」
あっ、それもそうか。
「それなら、おねがい」
シファルさんと、男性の服が置いてある2階に行く。
2階も1階同様に服が沢山あり、どの年齢層にも対応しているようだ。
「どんな服を考えているの?」
「えっと……服と限定はしていなくて」
今までのお礼も兼ねているから、ちゃんとした物を買いたいんだけど。
「役立つ物がいいと思ってるんだ」
「役立つ物か。それなら手袋はどうかな?」
「手袋?」
でも皆、既に手袋は持っているよね?
「手袋って1年で何個も必要なんだよね。武器を握るたびに消耗していくから」
あっ、そうだ。
お父さんも1年に2回か3回、新しい手袋に変えている。
「あっ駄目だ。手袋だったらすぐに次の物に変えてしまう。あげるなら、残る物の方がいいか」
残る物か手袋か。
手袋は、摩擦から掌を守るための重要な物。
「手袋にする。うん、皆に手袋を買う事にする」
武器は皆を守る物。
でもその武器を素手て握ると、摩擦で怪我をする事があるそうだ。
それは掌が固くなっている今でも起こると、お父さんが言っていた。
だから、手袋がいい。
「分かった。手袋は、あっちだな」
シファルさんと一緒に、手袋た置いてある棚に向かう。
そして、棚の前に立って戸惑ってしまった。
「こんなに、あるの?」
まさかの量に、ここから皆の好みに合った手袋を探すのかも思うと心配になる。
「大丈夫だよ。手伝うから」
シファルさんの言葉に背を押され、目の前にある手袋に手を伸ばす。
皆の好みをシファルさんに聞きながら、大量にある手袋から「これ」と思う物を探す。
「お父さんは、これ」
お父さんの好みは問題なし。
あとは、ジナルさんなんだけど。
「ジナルさんの好み?」
全く想像つかない。
普段の格好から、派手な物が好きでは無いと思う。
「彼は、装飾の無い物を持っている事が多いな」
シファルさんの言葉に、ジナルさんを思い出しながら答える。
「うん。派手さは無いかな」
ジナルさんに似合う手袋を、大量の中から探し出す。
しばらくすると、刺繍が施されているとても素朴なデザインの手袋を見つけた。
「素材は何かな」
シファルさんが、「手袋は使われている素材が重要」だと教えてくれた。
素材によって、丈夫さが異なるらしい。
「皮膚が硬い事で知られている魔物か。これだったら大丈夫だね」
皆の手袋を選び終えて、1階に下りる。
「ラットルアさん達、休憩しているみたい」
良かった、服選びは終わったんだね。
あれ?
服の山が4個?
2階に言っている間に、服の山が1個増えた。
「アイビー、これが決定した服だよ」
いやいや、何着あるの?
「さすがに、この量は駄目だよ」
「「えぇ~」」
私の言葉に不満な声を上げる2人。
いつの間にか、仲良くなったみたいだ。
「この中からそれぞれ10着。アイビーに絶対に似合いそうな服を選んだら? 貰う側が気にする量を押し付けるのは駄目だろう?」
シファルの言葉に、溜め息を吐きながら服を選びだすラットルアさん。
ロティスさんは、服の山を見て私を見た。
「駄目?」
「すみません」
「アイビーが気になるならしょうがないか。……よしっ、10着だな」
良かった。
捜していた時の興奮は落ち着いたみたい。
ラットルアさんとロティスさんが服選びに集中している間に、皆の手袋を買う。
少しすると、ロティスさんとラットルアさんも決まったようだ。
それぞれが代金を払い、満足そうな表情で服の入った紙袋を受け取っている。
「お買い上げ、ありがとうございました」
あれ?
この文句は、会計が終わった時に言ってくれるものだよな?
既に全員の会計は終わっているのに、誰だろう?
「あっ、シファルさんも買ったんですね」
声のした方に視線を向けると、紙袋を受け取ったシファルさんがいた。
「当然だろう? 俺もアイビーの服を買うためにこの店に来たんだから」
んっ?
私の服?
「もしかして、私の……」
シファルさんがもちろんと、首を縦に振る。
あれ?
いつ、その服を選んだんだろう?
ずっと、私といたよね?
「どうやって?」
「んっ? お店の人が探してくれた今年の一押しの中から、俺は選んだだけだよ。まぁ、最初にアイビーに似合う色やデザインは伝えたけどね」
さすがシファルさん。




