847話 買い物に行こう
「さぁ、湿っぽい話はここまでよ!」
バンとテーブルに両手を付き、立ち上がるロティスさん。
そして私を見て笑う。
「アイビー! 行くわよ!」
えっ、何処に?
ロティスさんが、テーブルにあるマジックアイテムのボタンを押す。
話し合いは、本当に終わりみたい。
「旅に出るのに大切なのは?」
「あっ、準備ですね」
「そう。私達はカシム町の周辺から、カシメ町、カシス町と順番に行く事になったのよ。つまりちょっと長めの旅よね。そうなると、いろいろな物が必要になるわ」
「はい」
旅の準備はちゃんとしておかないと、後悔するからね。
とりあえず、何が足りないのか確かめないと。
「でも、そんな面倒事はフィロとガガトに丸投げすればいいわ」
「「「「「えっ?」」」」」
私だけでなく、お父さんやセイゼルクさん達も驚いた表情でロティスさんを見る。
「大丈夫よ。いつもの事だから」
それは、あの2人が可哀そうなのでは?
「だから、アイビーは服よ!」
「……えっ? 服?」
思ってもいなかった言葉に、一瞬反応が出来なかった。
それにしても、服?
今着ている服を見る。
お父さんと一緒に選んだ、可愛い刺繍のある服。
おかしいのかな?
「今の服でも可愛いわ。でもここは商業で発展したカシム町よ! 可愛い服やかっこいい服が、沢山ある! つまり買い物をしないと勿体ない! だから行くわよ」
「えぇ~。お父さん」
助けを求めてお父さんに視線を向けると、目を閉じて考えこんでいた。
そして1度頷くと、私を見た。
「アイビー、一緒に行っておいで。俺は男だから、女性のような感性は無い。まぁ、服にこだわる性格でも無いしな。ロティスさんと買い物したら、何か発見があるかもしれないぞ」
いやお父さん、私の服にはすごくこだわっていたからね!
そのせいで、服を買いに行くたびに「買う」「駄目」という攻防が大変だったんだから。
あれを、忘れないで!
「よしっ。お父さんの許可も出た! 行こう」
あぁ、これは断れない感じ?
しかたない。
それに、ロティスさんの選ぶ服がちょっと気になるし。
「俺も一緒にいいかな?」
シファルさんがロティスさんに声を掛ける。
「えっ? そうね。私だけでは不安かもしれないし。いいわよ」
「それなら俺も!」
ロティスさんがシファルさんに許可を出すと、ラットルアさんが手を上げた。
それにシファルさんが苦笑する。
「来ると思った」
「アイビーの服なら、俺も選びたい。いいかな、アイビー?」
「うん。お願いするね」
こうなったら、覚悟を決めよう。
いや、服を買いに行くだけなんだから覚悟はいらないはず。
「どんな服がいいかな?」
「これから夏だからな、その点も考慮しないとな」
ラットルアさんとシファルさんが、楽しそうに話しているのを見る。
ロティスさんとシファルさん、それにラットルアさんと服を買いに行くのか。
私も3人の服を選べたらいいな。
あと、お父さんの服も見たいな。
「あら、いい時に来たわね」
ロティスさんが酒場の出入り口に向かって手を振る。
「なんだ? その笑顔を見ていると、不穏な物を感じる」
ガガトさんが嫌そうな表情でロティスさんの傍に来る。
「なによ、それ! 私の笑顔に向かって、失礼よ。はい、これ」
文句を言いながら、紙をガガトさんに渡すロティスさん。
「なんだこれ?」
紙に書かれた内容を読んだガガトさんが、大きなため息を吐いた。
「まぁ、毎回の事だから慣れたけど。旅に必要な物を買ってくるけど、独自に用意して欲しい物はあるか?」
慣れているのか、あっさりと快諾するガガトさん。
セイゼルクさんが、そんなガガトさんの肩を軽く叩いた。
「んっ?」
「大変だな」
セイゼルクさんの言葉に、ガガトさんの視線が一瞬ロティスさんに向く。
そして、肩を竦めた。
「それじゃ、宜しくね」
ガガトさんの様子に笑って、手を振るロティスさん。
「あぁ、任せておけ。あぁ、そうだ。昨日の屑どもが、焦った様子で誰かを探していた。そろそろ、この町の協力者が分かるだろう。まぁ、おおよそ目星がついているから、最後の確認だけどな」
昨日の大騒ぎしていた冒険者達の事かな?
傍若無人に暴れていたけど、ロティスさん達の会話から考えると利用されたんだろうな。
まぁ、自業自得だよね。
「ふふふっ。このカシム町で情報は金よ! その情報を売るなんて、なんて愚かな。見せしめの意味も込めて、楽しまないとね」
「あぁ、そうだな」
うわっ。
ロティスさんとガガトさんの笑顔が怖い。
この2人を怒らせるのは危険かも。
「アイビー、お待たせ。行こうか」
ロティスさんって、切り替えが早いな。
「はい。行ってきます」
お父さん達に手を振ると、皆も返してくれた。
あれ?
酒場の店主さんも振ってくれている。
それに笑顔で応え、酒場を出て行く。
「さて、買うわよ~」
ロティスさんの横顔を見ながら、ちょっと不安になる。
お父さんみたいに、暴走しないよね?
シファルさんとラットルアさんを見る。
……暴走したロティスさんを止めてくれるかな?
―ドルイド視点―
「はぁ」
酒場を出て、姿が見えなくなるまで見送る。
「なんだ、その溜め息は」
ジナルが俺の肩を少し強めに叩く。
アイビーの前で加減する癖に、全く。
「ちょっと自分の不甲斐なさに自己嫌悪しているだけだ」
「何かあったか?」
ジナルが不思議そうな表情を見せるので、溜め息を吐く。
「アイビーの、感情の制御の事だよ」
「あぁ、それか」
「アイビーと一緒に旅を始めてから今まで、一度だってアイビーが放つ感情の起伏に不安を覚えた事がない。それが当たり前だと思っていたけど……違ったんだよな」
俺にとってアイビーとの旅は、いつもと変わらないものだった。
そう、「変わらない」事がおかしいとは気付かなかった。
「ラットルアにアイビーが子供だと言われるまで、気付かないなんて」
セイゼルクにポンと肩を叩かれる。
それに小さく首を横に振る。
「どうして、今まで俺が一緒に旅をしてきた者と同じように出来るのか。疑問に思わない事が問題だよな。だって俺が今まで一緒に旅をしてきたのは、上位冒険者や裏の仕事をこなす者達ばかりだ。今までと同じように旅が出来たという事は、アイビーがそんな奴等と同じ事が出来るという事になる。まだ子供なのにだ」
小さい頃から命を狙われた者達は、気配を消すのは非常にうまくなる。
それは生き残るためだ。
アイビーもそうだ。
ただアイビーには、裏の仕事に携わった者が気配の消し方を教えた形跡がある。
でも気配を上手く消せても、負の感情の制御には難しい。
特に心の傷は、そうそう治らない。
そのため、怒りや悲しみに不意に囚われる事がある。
でも今までに、そう言った感情に囚われたアイビーを見た事が無い。
いつも完璧に、心の制御を行っている。
アイビーが森で生きるようになったのは5歳からだ。
きっと言葉では言い表せないほどの、苦しみや悲しみがあったはずだ。
そんな負の感情を、誰にも教わらずに制御できるのだろうか?
あっ、アイビーの前世が影響しているのか?
そういえば、アイビーの前世についてどんな人物だったのか聞いた事が無いな。
料理の話から、少しは聞いたけど。
感情の制御について話すなら、アイビーの前世について聞いた方がいいのかな?
今まで「彼女の前世」が、重要だと思った事は無い。
でも一度、アイビーに前世の人物について聞いてみよう。
話したがらない場合は、聞かない。
聞いてもいいなら、少し詳しく聞いてみよう。
バン。
「いたっ」
後ろを振り返ると、セイゼルクの姿があった。
「なんだ?」
「旅の準備。ガガトが一緒に来いってさ」
「あぁ」
というか、アイビーがいる時と態度が違う。
まぁ、人の事は言えないか。
アイビー、どんな服を選ぶのかな?
……やっぱり、一緒に行けばよかったかも。




