846話 既に出来てる?
「落ち着け」
殺気を放つロティスさんの肩を、ジナルさんが軽く叩く。
「あっ、ごめん。ポポラがサーペント達のように扱われたらって考えたら、絶対に許せないと思って」
ポポラはロティスさんがテイムしている魔物だよね。
そのポポラがサーペント達のように……全身に怪我を負って、血の涙を流して?
それは、許せないと思う。
もしシエルがそんな目にあったら、私は絶対に、絶対に許さない。
私は無力だけと、何が何でも助ける方法を探し出すし、関わった者達を全員見つけ出す。
そして罰を与える。
その為だったら、何だってする。
「アイビー」
お父さんの少し困ったような声に視線を向けると、ホッとした表情になった。
「どうしたの?」
「いや、いきなりアイビーから殺気を感じたから」
私から殺気?
「無意識か」
ジナルさんの言葉に、首を傾げる。
本当に私から殺気が漏れたの?
誰かを殺そうなんて、思っていないけどな?
「ふふっ。アイビーはテイマーだから、許せないという気持ちがあなた達より強いのよ。私がそうだもの」
ロティスさんの言葉に、セイゼルクさんが納得したように頷いた。
「テイムしている子達が、同じ目にあったらと考えるからだろうな」
あっ、確かに考えた。
そして、絶対に許せないという気持ちになった。
今まで、ここまでの怒りを感じた事は無かったかもしれない。
「アイビー」
お父さんを見る。
「その気持ちは、とても大切だ。でも、殺気は外に漏れない方がいいな。まぁ、今はいいんだけど」
お父さんの言葉に頷く。
確かに殺気が漏れるのは駄目だよね。
「殺気は、微かな物でも察知されやすい。特に冒険者達は、それに敏感だからな」
確かに。
私も少しの殺気だって、見逃さないように気を付けている。
見逃してしまうと、後々大変な事になるかもしれないから。
「どうやって、漏れないようにすればいいの?」
怒りの感情を抑えるとしても、抑えるまでに殺気が漏れるよね。
あれ?
今までも怒った経験はあるのに、殺気は漏れていなかったのかな?
「どうやって?」
私の質問に、お父さんが困った表情をする。
ジナルさんを見ても、同じような表情をしている。
「あぁジナルとドルイドは、実戦を積んで出来るようになった口だな」
セイゼルクさんが2人を見て苦笑する。
「まぁな。殺気というか、感情を抑え込まないと、死ぬからな」
ジナルさんが、セイゼルクさんの言葉に肩を竦める。
なるほど、実践というのは命がけの事か。
ジナルさんもお父さんも、大変だったんだろうな。
「アイビーはまず、自分の殺気に気付けるようにならなとな」
確かにその通りだ。
お父さんに殺気が漏れていると言われたのに、気付けなかった。
ん~、自分の殺気だから?
「怒りを抑えこめれば、殺気は漏れないだろう?」
ジナルさんの言葉に、ラットルアさんが呆れた表情をする。
「アイビーはまだ子供だ。完璧に怒りを抑えこめるはず無いだろう?」
確かに、カッとなったら殺気が漏れるかも。
「えっ? あっ、そうか。でも、アイビーは……」
えっ、何?
お父さんに視線を向けると、眉間に深い皺を刻み考え込んでいる。
「お父さん?」
「そうだよな、うん」
あれ?
聞こえていない?
「お父さん!」
「えっ? あぁ、悪い。ラットルア、アイビーなら大丈夫だ」
お父さんの言葉に、ラットルアさんが首を傾げる。
「えっ、アイビーは感情を完璧に抑え込めるのか?」
いや、無理だよ。
そんな訓練した事ないし。
「あぁ、アイビーは気付いていないが、感情を完璧に抑え込めている」
「えっ?」
お父さんが私を見る。
というか、全員の視線を感じる。
「育った環境のせいだろう」
どういう事?
「森の中で生き抜くために、隠れるように過ごしてきたんだろう?」
お父さんの言葉に頷く。
別に隠す事では無い。
ロティスさん以外は、皆知っている事だし。
「おそらく生き残るために、自然と感情の起伏が少なくなっていって、感情の波を外に洩らさないようになったんだと思う」
確かに、村人達に気付かれないように生活していた。
気づかれたら、酷い言葉を言われたり、最悪な場合は石をぶつけられたりしたよね。
だから、隠れて見つからないように、小さくなって過ごしてたな。
大変な日々だったから、悲しみやつらさに囚われ続ける事は無かった。
でも、どうしても悲しい気持ちに襲われる日があったり、怪我をした時には1人でいる事が本当につらかったり。
泣いて誰かを求めた事もあった。
でも誰もいなかったけどね。
だから、悲しい気持ちも痛い気持ちも苦しい気持ちも「感じない」と言い聞かせた。
悲しみに襲われた日は、「悲しくない、悲しくない」と何度もつぶやいた。
怪我をして痛みにつらい日は「痛いけどつらくない、私はつらくない」と何度もつぶやいた。
そんな日々が続くと、いつの間にかあまり悲しみに襲われなくなったんだ。
1人でいても、つらいと泣く日も減っていった。
そう、いつの間にか大丈夫になっていたんだった。
そうか。
呟いて思い込む事が、感情を抑え込む方法だったんだ。
「無意識で出来ていたのに、どういて今は殺気が漏れたんだ?」
ラットルアさんが、お父さんを見る。
確かに、どうして今は殺気が漏れたんだろう?
「おそらく感情を抑え込む力より、怒りが上回ったんだろう」
「なるほど」
お父さんの言葉に頷く。
確かに「シエルが」と思ったら、今まで感じた事ないほどムカついた。
「アイビーの殺気に驚いて『殺気は外に漏れないように』と言ったけど、あれは言い直す」
言い直す?
「凄い怒ると殺気が漏れる。これを知っていれば、アイビーだったら感情を外に洩らす事は無いだろう」
えっ、出来るかな?
今まで意識してこなかったから、すっごく不安だな。
「ん~、これから行く研究施設で実験をしてみたら? その場所だったら、いくらでも怒りが湧き上がるから」
ロティスさんの言葉に、ラットルアさんが笑う。
「確かにそうだな。実験には最適な場所だ。既に感情を抑え込む方法知っているなら、あとは実戦で経験を積んだ方がいいだろうし」
そうなの?
でも、無意識だからどうやるかはよく分かっていないんだけど。
「大丈夫。今も完璧に感情を押さえているから」
お父さんの言葉に、ジナルさんが神妙な表情をする。
「ドルイド。どうして今まで感情の調整について教えなかったんだ?」
「そうだね。もっと早く教えてあげてもよかったのでは?」
ジナルさんの言葉にシファルさんが賛同する。
「あ~、ラットルアに『アイビーはまだ子供だ。完璧に怒りを抑えこめるはず無い』と言われるまで、アイビーの年齢でも抑え込めると思い込んでいたんだ。近くに子共なんていなかったから、気付けなかった。はぁ、そうだよな。この年でここまで感情を押さえているのは……」
お父さんの説明に、ロティスさんが苦笑した。
「違和感を覚えるのが普通だけど、ドルイドでは気付けなかったかぁ」
「うん。しょうがないな」
ジナルさんとロティスさんの言葉に、ラットルアさんがお父さんの肩を軽く叩く。
「しょうがないだから、そう落ち込まなくても」
えっ?
慌ててお父さんを見ると、本当に落ち込んでいる。
「ごめんな、アイビー。軽く説明した事もあったけど、今度しっかり教えるな」
「うん、お願いします」




