842話 こだわりの宿
「ここ……ですか?」
ガガトさんが紹介してくれた宿を指す。
とても可愛らしい外観が、周りの建物から浮いている。
「そう。ここだよ」
ガガトさんが宿に入っていくので後を追う。
「うわぁ」
宿の外観も可愛らしかったけど、中はもっと可愛らしかった。
受付には可愛い人形が飾られてあるし、可愛い子供の絵も飾ってある。
絵心の無い私でも分かりやすい絵なのは嬉しいけど、なんというか可愛らしすぎる。
「いらっしゃい」
奥から出てきた女性に視線を向けると、少し驚いた表情をしていた。
「ガガトの紹介? 大きい人が多いわね?」
セイゼルクさん達を見て女性が笑う。
確かに女性は、少し背が低めだ。
150㎝ぐらいだろうか?
「部屋は空いている? ここだったら確実に空いていると思って連れて来たんだけど」
ガガトさんの言葉に女性がちょっと怒った表情を見せる。
「確実って何よ。まぁ、空いているけど」
「えっと、セイゼルク達は個々の部屋の方がいいか?」
「部屋があるなら、そうして欲しい」
ガガトさんの言葉にセイゼルクさんが頷く。
「分かった。1人部屋を4人分と親子で止まれる部屋を頼む」
「は~い。あっ、私はこの宿の店主でフィミーよ。よろしくね。あと、何日ぐらい泊まる予定かしら? まぁ、予約は入っていないから、いつまででもいてくれて問題ないけど」
明るく言っているけど、それは問題では?
「はぁ、いい加減に宿の内装だけでも変えろって」
あっ、やっぱりこの可愛らしすぎる感じがお客を呼ばないのか。
まぁ、それは分かるような気がする。
だって、この空間にセイゼルクさん達がものすごく浮いているんだもん。
「あれ?」
シファルさんを見る。
なんでだろう?
彼だけは、この可愛らしい空間の中にいても浮いているように見えない。
シファルさんの雰囲気がそう見せるのかな?
「んっ? どうしたんだ?」
ジッと見ているのがバレたのか、不思議そうに私を見るシファルさん。
「どんな空間にも溶け込みますね」
「ふふっ。当然」
私の言葉に少し驚いた表情を見せたけど、すぐに自信ありげな笑みを見せた。
うん、似合っている。
不思議なほどに。
「え~、嫌よ! この宿は可愛らしい事が売りなんだから!」
「その売りが、冒険者達の足を遠ざけているんだぞ」
「大丈夫よ。お金なら屋台でガッツリ稼いでいるから。この宿ではお金を稼ぐ必要は無いわ。まぁ、ちょっとあったら嬉しいけど」
カシム町は個性的な人が多いのかな?
「何度言っても無理か。はぁ。部屋は?」
「あっ、そうだった。これが鍵よ。部屋は全員3階。中央にある階段を上がって奥が親子で止まれる2人部屋。手前が1人部屋になっているわ」
「ありがとう」
ガガトさんが鍵を受け取ると、セイゼルクさん達やお父さんに渡していく。
お父さんが鍵を受け取ると小さく笑った。
それに首を傾げていると、鍵を見せてくれた。
「あっ、人形だ」
鍵には、可愛い人形になってぶら下がっていた。
手に取って見てみる。
「もしかして野兎?」
随分可愛らしく作られているけれど。
「案内はここまでだな。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ」
「ガガト、宿の紹介をありがとう。助かったよ」
セイゼルクさんの言葉に軽く手を上げるガガトさん。
「気にするな。ロティスが、これからも迷惑を掛けるだろうからな」
あっははは。
想像が出来てしまった。
それは私だけではなく、お父さん達もだろう。
皆、苦笑している。
「それじゃあ、またな」
ガガトさんを見送って、3階に上がる。
「凄いね」
廊下も階段も、どこもかしこも可愛く飾られている。
「ここまでこだわっていると、圧巻だな」
セイゼルクさんの言葉に全員が頷く。
本当に細かい所まで可愛い小物や布で飾られているので見ていて楽しくなってくる。
3階に上がり、それぞれの部屋に向かう。
「アイビー、また明日。しっかり休めよ」
「でも、その前にお風呂だけは入りたいな」
ラットルアさんの言葉にシファルさんが応える。
確かに、お風呂に入りたい。
「お風呂はあるのかな?」
店主のフィミーさんに聞き忘れてしまった。
今から聞きに行こうかな?
「風呂ならあるぞ。1階の奥だ。入れる時間は夕方6時間から朝の11時までだそうだ」
ヌーガさんの言葉に、セイゼルクさんが頷く。
いつの間にか聞いてくれていたみたいだ。
「ありがとう。今ならお風呂は大丈夫って事だよね」
お父さんを見ると、ポンと頭を撫でられる。
「お腹もいっぱいだし、すぐにお風呂に行こうか。久しぶりにさっぱりしたいな」
「うん。お湯につかってゆっくりしたい」
「寝ないようにな」
心配そうに言うラットルアさんに頷く。
「大丈夫。とは、言えないのかな?」
数回。
寝てしまって周りに起こされた事がある。
一緒に入っている人が居なかったら危なかったよね。
「ゆっくり入るのは明日にして、今日は汗や汚れを綺麗にするだけにしよう」
そうなんだけど、湯船に浸かるとのんびりしたくなるんだよね。
あのぽかぽかした温かさが駄目だと思う。
「アイビー?」
お父さんを見ると「しかたないなぁ」という言葉が聞こえてきそうな表情をしている。
「ちょっと遅いなと思ったら、フィミーさんに確認してもらうよ」
「大丈夫。今日は、すぐに出るから」
たぶん、ゆっくりしたら寝る。
そんな気がするから、本当に気を付けよう。
「「うわっ」」
セイゼルクさんとヌーガさんの声に視線を向けると、部屋の扉を開けて固まっていた。
何があるのかと、お父さんとセイゼルクさんの部屋を覗き込む。
「「あっ」」
体格のいい冒険者が泊まる部屋なので、1人部屋でもそれなりに広い。
それはどの宿も一緒。
ただ、他の宿と違う箇所があった。
それはベッド。
まさかベッドがレースで囲われているとは思わなかった。
「似合わない」
シファルさんがセイゼルクさんとヌーガさんを見て、嫌そうな表情をする。
私も2人を見て、可愛らしくレースに囲われているベッドを見る。
「ぷっ。ふふふふっ」
レースの包まれる2人を思い浮かべて吹き出してしまう。
駄目だ。
なんというか、全く駄目だ。
「あはははっ。似合わなすぎる」
ラットルアさんも部屋を覗き込み、セイゼルクさんを見て大笑いしだした。
「ラットルアの部屋も同じだと思うぞ」
「あっ」
それはそうだろう。
ここまでこだわっているのだから、皆の部屋も同じく可愛らしいはずだ。
「そうだよな」
ラットルアさんが鍵を開け、部屋を覗き込みため息を吐いた。
ただ、セイゼルクさんとヌーガさんほど似合わないとは思わないけどな。
「まぁ、こんな機会が無かったら、こんな経験できないよ」
シファルさんの言葉に、セイゼルクさんがため息を吐く。
「ずっと経験しなくてもよかった気がする。とりあえず、風呂の用意をするか」
諦めた様子で部屋に入っていくセイゼルクさん達。
でもシファルさんは楽しそうにだった。
「俺達も部屋に行こうか」
「うん」
1人部屋を見た後だから、ベッドがどんな状態なのかは予測が出来る。
でも何だろう、ワクワクしてきた。
「楽しそうだな」
「うん。楽しくなってきた」
お父さんが部屋の鍵を開けて扉を開ける。
2人でそっと中を覗くと、1人部屋より色々な可愛い物で飾られた部屋が見えた。
しかもベッドを覆うレースが色付き!
「お父さんが青で、私はピンクだね」
さすがにお父さんいピンクのレースは可哀想だ。
それにしても、本当に可愛いを追い求めている宿だなぁ。




