836話 男性はディーさん
「オストロも、その不思議な魔力を調べているのか?」
フィロさんの言葉に男性が首を横に振る。
「いや。調べているのは、俺だけだ」
「言い出したオストロは、調べていないのか? おかしくないか?」
呆れた様子を見せるフィロさんに、男性が神妙に頷く。
「まぁ、そうだけど。でも、そんなに気にする事でもないだろう」
ん~、そこは気にした方がいいと思うけどな。
「気にしていないならいいが。ところで、オストロはどこにいるんだ?」
ロティスさんの言葉に、男性が来た方向に視線を向ける。
「町を出る時に、フィッカと一緒にいる所を見たよ」
フィッカさん?
新しい名前だ。
そういえば、男性の名前は何なんだろう?
「フィッカか」
あれ?
ロティスさんの声が冷たい。
これはフィッカさんに対してだよね。
「それでディーは、これからどうするんだ?」
フィロさんの言葉で、男性がディーさんだと分かる。
紹介されていないけど、呼んでも大丈夫かな?
「えっ、町に戻るけど」
あれ?
不思議な魔力を調べていたのでは?
「オストロに言われて、不思議な魔力を調べていたんじゃないのか?」
ガガトさんの言葉に、ディーさんが肩を竦める。
「カシム町に戻って来る時に、不思議な魔力を感じた事は?」
私は全く感じなかったな。
「いや」
フィロさんの言葉に、ロティスさんもガガトさんも頷く。
「3人が感じないなら、オストロの気のせいだよ」
ディーさんの言葉に、溜め息を吐くロティスさん達。
お父さんも呆れた様子で、ディーさんを見た。
「もういい。カシス町に戻るぞ」
ロティスさんの言葉にパッと笑顔になるディーさん。
そんな彼の反応に、つい笑ってしまう。
ディーさんみたいな人は、今までいなかったな。
なんだか新鮮。
セイゼルクさん達もお父さんも、かなり呆れた様子だけど。
「了解。あっ、そういえば迎えに行った刺客は? 生きているのか?」
ポポラが引いている馬車に近付き、中を見るディーさん。
そして顔を歪めた。
「げっ。奴隷の輪を付けたのか。という事は、色々ありそうな奴等なんだな」
うわぁ、凄く嫌そうな表情。
「取り調べに参加するか?」
「いや、俺には他にも仕事があるから無理だな」
ガガトさんの言葉に、ディーさんが右手で頭を掻きながら答える。
「本当に仕事が?」
ガガトさんがディーさんを見ると、彼は視線を逸らし頷いた。
その反応は駄目でしょう。
「分かりやすいな」
お父さんの小さな声に、つい笑ってしまう。
「ディー。嘘は駄目だぞ」
「げっ」
ガガトさんがディーさんを手招くと、笑顔を見せる。
それを見た彼は、完全に逃げ腰だ。
「こっちに」
「いや、村に戻ろう。刺客の話も聞かないとな」
ディーさんが、助けを求めるように私とお父さんを見るが首を横に振る。
助けるのは無理。
今のガガトさん、なんだか怖いから。
「ディー」
彼を呼ぶガガトさんの声が低くなる。
「あ~、分かった。行く!」
諦めた様子でディーさんがガガトさんの下に行くと、怒涛の勢いで「仕事の大切さ」を語りだした。
内容は冒険者の仕事について、それがいかにカシム町に大切かという事なので、間違いではない。
でも相手に相槌すら打たせない勢いなので、驚いた。
ディーさんを見ると、諦めた様子で聞いて……いるのかな?
なんだか、聞き流しているように見える。
「ディー。聞いているのか?」
「もちろん」
完全に聞き流している。
「ディーには何を言っても無駄みたいだな。ガガト、そろそろ行こうか」
ガガトさんが諦めた様子でため息を吐くと、ロティスさんが先を促した。
「そうだな。何時までもディーに、無駄な時間を割いているわけにはいかないからな」
解放されると分かったディーさんが、嬉しそうな表情を見せる。
「あれは、全く反省をしていないな」
お父さんが苦笑すると、セイゼルクさん達も頷いた。
「仕事に全くやる気がないという事が、凄く伝わるね」
ディーさんを見ながらお父さんに言うと、ポンと頭を撫でられた。
「まぁ、そうだな」
んっ?
お父さんの言葉に、微かな違和感を覚える。
チラッとお父さんを見るが、いつものお父さんがいる。
「どうした?」
「なんでもない」
気のせいだったかな?
「あと少しでカシム町に着くな」
村道の脇にある、大きな赤い花を見ながらお父さんが言う。
「そうだね」
その大きな赤い花は、地図で目印になっていた物だ。
地図に大きな花だとは書いてあったけど、私の掌ぐらい大きいとは思わなかった。
「こんなに大きな花だったんだね」
花と自分の手を見比べる。
もしかしたら、花の方が大きいかもしれない。
「特に村道の脇に生えているこの木の花は、大きいんだよ」
ディーさんが傍に来て教えてくれる。
チラッと彼を見ると、楽しそうに笑っていた。
「見えたぞ。あそこだ」
ロティスさんの言葉に視線を向けると、大きな門が見えた。
カシム町は、地図で見たように大きいようだ。
「あっ、ディー!」
門番をしていた女性が、ディーさんを見ると怒った表情をした。
そして、凄い勢いでこちらに向かって走って来る。
「げっ。えっと、まだ不思議な魔力を調べている途中だから」
「終わっただろう?」
逃げようとしたディーさんの首に、ガガトさんが腕を回す。
「えっ?」
「オストロの気のせいだと答えが出ただろう? 帰るぞ」
「えぇ~」
引きずられていくディーさんを見た門番の女性が、笑みを見せる。
「ガガトさん、ありがとう。ディー! 仕事をさぼって、どこに行っていたのよ!」
仕事をさぼっていたんだ。
あれ?
森での調査も仕事だよね?
「森で、不思議な魔力を調べていたぞ」
ガガトさんの言葉に、女性の視線が鋭くなる。
「はぁ? 調べるのは、オストロに詳しく聞いてからだって、ギルマスが言っていたでしょう?」
「あれ? そうだっけ?」
不思議そうな表情をするディーさんに、女性の表情が怖くなる。
「あ~。そうだった。そうだった。思い出したよ。ごめん、ごめん」
女性の様子に、ディーさんが慌てだした。
「ふふっ」
謝ったディーさんの襟元を、両手で掴む女性。
「思い出してくれて良かった。それじゃあ、仕事をやろうか。ここ数日分の書類がたっぷりあるからね」
「えっ? いや、えっと~」
ディーさんが女性の手首を掴むが、どうやら女性はかなり力強く掴んでいるのか離れない。
「あはははっ」
「ふふふっ」
ディーさんが、カシム町に引きずられていくのを見送る。
振り返ったディーさんに、ガガトさんが笑顔で手を振った、
「ディーは、すぐに仕事をさぼるな」
フィロさんの言葉に、ロティスさんがため息を吐く。
「腕はいいのに、あの性格がな」
腕はいいんだ。
あれ?
「書類? 冒険者ですよね?」
「んっ? あぁ、カシム町では自警団に雇われている冒険者がいるんだよ。ディーはその1人で、魔物を討伐したりすると報告書を提出する事が決まっているんだ。書類とは、報告書の事だろう」
あんなに仕事をさぼろうとしているのに、自警団に雇われているんだ。
「カシム町には3つの団体があるんだ。自警団、冒険者ギルド。あとロティスが代表の防護団だ」
ぼうご?
危害から守るという意味の防護かな?
もしかして、
「教会対策?」
ジナルさんは、ロティスさんを仲間だと言っていた。
つまり、ジナルさんの属している組織関係者だよね。
「そう。カシム町で、教会の連中を抑え込むために作られた組織だ」
専属の組織が必要だったという事かな?
あれ?
教会専属という事は、今はもう必要ないのでは?
「教会の問題が無くなったらどうなるの?」
「必要のない組織だから解散よ」
ロティスさんの答えにジナルさんが頷く。
「あぁ、解散だ」
「解散が決まっていたのに、実際に解散しようとすると反対する愚か者がいるんだよな」
フィロさんがため息を吐くと、ガガトさんも頷いた。
いつも、最弱テイマーを読んで頂きありがとうございます。
11月中旬ぐらいまで、少し更新が不安定になりそうです。
なるべく頑張りますが、更新できなかった場合は申し訳ありません。
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ほのぼのる500