835話 本に載っている木の魔物
カシム町に向かいながら、ロティスさんに木の魔物の噂について詳しく聞いた。
どうやら「マーチュ村を教会が送り込んだ魔物達が襲い、その魔物に煽られて木の魔物が何処からか現れ、マーチュ村を襲った」という事らしい。
誰もその噂を疑わなかったのか聞くと、「木の魔物だから」という返事が戻って来た。
確かに、トロンを渡してくれた木の魔物に会う前だったら、疑わなかったかもしれないな。
だって木の魔物は、人を見たら襲うと本に載っていたから。
……あれ?
今、何かが気になった。
なんだろう?
「それにしても木の魔物には驚いたわ。こんなに動きが速いなんて思わなかったもの。本には、載っていない情報よね」
あっ、そうだ。
すっかり忘れていたけど、木の魔物は動きが遅いと言われているんだった。
トロンは根っこが邪魔で動きは面白かったけど、動きは遅くなかった。
それに、今私が乗らせてもらっている木の魔物も動きは速い。
本の情報は嘘では無いけど、もの凄く不足しているのかも。
「本に載っていたのは、人を襲う木の魔物の事だと思う。人を襲わない木の魔物がいるなんて、これまで知られていなかったからな」
お父さんの言葉に、全員が納得した様子で頷く。
「ドルイドの言う通りね。本に載っているのは、人を襲う木の魔物についてだけだわ。人を襲わない木の魔物については、文献でも読んだ事がないから全く知られていなかったのかもね。まさかこんなに、木の魔物が友好的だとは。それはサーペントもだけど」
ロティスさんが木の魔物とサーペントに視線を向ける。
「ぎゃっ?」
「ククククッ?」
「愛嬌があるわよね」
ロティスさんが木の魔物に手を振ると、木の魔物が応えるように枝を震わせる。
「それに、ちょっと可愛く見えるのは気のせいかしら」
「気にせいではなく、すっごく可愛いですよ」
「やっぱり、そうよね!」
「「「「「……」」」」」
ロティスさん以外は賛同してくれないけど!
「ロティス。でたらめな噂を流した人物が誰か分かっているのか?」
ジナルさんの言葉に、ロティスさんが頷く。
「まぁ、調べていないから絶対とは言えないけど、予測は付いているわ。王都から来た冒険者で、ある貴族の手下よ。奴にも、私の所で愚かな行動はしないように言ったんだけど、理解出来ていなかったみたいね」
もの凄く馬鹿にした様子で話すロティスさん。
ゴドン。
「おっと。ポポラ、大丈夫よ。おちついて」
ロティスさんがテイムしているポポラ。
種類はトゲカで、顔はサーペントさんにちょっと似ている。
でもトゲカには4本の太い脚があるので、サーペントさんとは体形がかなり異なる。
そのポポラはロティスさんの苛立ちを感じ取って尻尾を揺らしてしまったため、引いていた馬車が大きく揺れた。
「中の様子は?」
ジナルさんの言葉に、ヌーガさんが馬車の中を覗く。
「大丈夫だ」
馬車の中には、捕まえた刺客達が転がされている。
彼等は皆、奴隷の輪の力で眠らされている状態だ。
「ポポラ止まって」
ロティスさんの言葉に、ポポラが足を止める。
「あと少しで、カシム町に着くわ。木の魔物とサーペントは、この辺りで別れた方がいいと思う。町の周辺は、見回りが多いから」
ロティスさんの言葉に、木の魔物から下りて荷物を肩から提げる。
ソラ達も、バッグに入ってもらおう。
「ありがとう。すっごく楽しかったよ」
幹をポンと撫でると、嬉しそうに葉っぱを揺らした木の魔物。
「ぎゃっ!」
その動きが、トロンに少し似ている。
いや、同じ木の魔物だから当たり前か。
「クククッ」
木の魔物をそのまま撫でていると、スッとサーペントが顔を寄せて来る。
「サーペントさんもありがとう」
サーペントさんの顔を撫でると、スッと目が細まる。
「やっぱり、アイビーにはちょっと対応が違うわよね。木の魔物もサーペントも」
そうかな?
「本当に、数日しか一緒にいないのよね?」
ロティスさんの言葉に頷くと、彼女が考え込むような様子を見せる。
そんなに私と木の魔物、そしてサーペントさんの関係は不思議なんだろうか?
「ロティス。誰か来るぞ」
あっ、本当だ。
かなり気配が薄いから、上位冒険者かな?
「あぁこの気配は、知り合いの冒険者だわ。ただ彼には、木の魔物とサーペントの姿は見られない方がいいと思う」
問題がある冒険者なのかな?
「木の魔物とサーペントは、森の奥に。奴等から、必ず役に立つ情報を聞き出してみせるから、待っていてね」
ロティスさんが、ポポラが引いている馬車に視線を向ける。
「ぎゃっ」
「クククッ」
彼女の言葉に、木の魔物とサーペントは一声鳴くと森の奥へと入っていく。
しばらくすると、木々に遮られて木の魔物もサーペントさんの姿も見えなくなった。
「ソラ、フレム、ソル、シエル。皆もバッグに入って」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
ソラ達を順番にバッグに入れる。
「にゃうん」
最後に、アダンダラからスライムに変化したシエルをバッグに入れた。
「「「えっ!」」」
不意に、ロティスさん達の驚いた声が聞こえた。
「えっ?」
3人の見ると、ソラ達が入ったバッグを、目を見開いて凝視していた。
あれ?
ジナルさんが、ソラ達の事を説明してくれたはずだけど……。
「あっ、ごめん。シエルの変化については、本気で言い忘れてた」
「ジナル」
お父さんの呆れた声に、ジナルさんが申し訳なさそうな表情をする。
「驚いた。アダンダラがスライムになるなんて。あぁ、もう彼が来るわね。シエルの変化については、今度教えてね」
ロティスさんが、ソラ達の入っているバッグを興味津々で見ると、私に視線を向けた。
「はい」
私の返事に嬉しそうな表情をするロティスさん。
チラチラとバッグを見ているので、かなり気になるようだ。
「行こうか」
ジナルさんの言葉に、ロティスさんがポポラに合図を送る。
すると、ゆっくりとポポラが動きだした。
木の魔物達と別れて数十分。
村道に、男性の姿が見えた。
「あれ? ロティスなのか? 戻って来るのが速くないか?」
ロティスさん達を見た男性が、驚いた表情でこちらに向かって駆けて来る。
それに手を挙げるロティスさん達。
「あれ?」
男性の姿が見えた辺りから、ロティスさんの雰囲気が変わったのだ。
それはフィロさんとガガトさんもだ。
「味方だが、隙を見せれない相手という感じかな?」
お父さんの言葉に、頷く。
これは、私も気を付けた方がいいのかな?
「あれ? そちらは?」
「カシム町に行くというから、一緒に来たんだ。それより、なぜこんな場所にいるんだ?」
ガガトさんが不審そうに男性を見る。
それに肩を竦める男性。
「森から帰って来た冒険者が、不思議な魔力を森で感じたというんだ」
不思議な魔力?
「その冒険者というのは、誰だ?」
「オストロだ」
「オストロ?」
男性の言った名前に対し、フィロさんの目が細まる。
どうやらフィロさんは、そのオストロさんという冒険者を怪しんでいるみたいだ。
「ははっ。そう警戒するなって。王都から来た冒険者を怪しんでいたら、キリがないぞ」
男性の言葉に、フィロさんがため息を吐く。
「それで、その不思議な魔力というのは見つかったのか?」
「あ~、それが全く」
男性の言葉に、フィロさんが首を横に振る。
「その情報の、正しいのか?」
「……さぁ?」
「オストロには、しっかり話を聞いて来たんだろう?」
「……」
フィロさんの質問に、視線が彷徨う男性。
えっ、この反応はもしかして聞いていないの?
「はぁ、聞いていないのか」
呆れた様子のフィロさんに、男性が右手で頭を掻くと苦笑いをした。