826話 解放
「うわぁ」
えっ?
男性の叫び声に慌てて視線を向けると、カゴを召喚した男性の逃げ出す姿が見えた。
「情けない」
お父さんの呆れた表情に、笑って頷く。
「諦めが悪いね。ジナルさん達から逃げられるわけが無いのに。あっ、シエルが追いかけていった。あれ?」
すぐに追いつくと思ったのに、まだ追いかけている。
あぁ、追いつかないように走る速度を加減しているんだ。
「これはまた、絶妙な追いかけっこだな」
「そうだね」
遠くに行かないように先回りしたり、楽しそうに追い掛け回したり、森に逃げ込もうとしたら、飛び越えて驚かしたり。
完全に遊んでいる。
「諦めて、ジナルさん達の所に戻った方がいいのにね」
「それが出来たら、あんな無様な姿はさらしていないだろう」
まぁ、そうか。
あっ、こけた。
「おっ、お前ら死ぬぞ。あれの制御が、出来なくなったんだ! ここにあれがくる!」
んっ?
男性の言葉にジナルさん達が険しい表情をして、男性に近付く。
「どういう事だ!」
うわっ。
ジナルさんのあんな怖い声は、初めて聞いた。
「大丈夫か?」
「うん」
男性の様子から、きっとすぐに話をさせるべきだと判断したんだろうな。
「はははっ、お前らは俺を捕まえたと思っているんだろう? でも、カゴの魔法陣を壊したんだ。此処に奴が来て、全員を殺す。全員、終わりだ!」
魔法陣?
カゴにそんな物が施されていたの?
「ククククッ」
いつもと少しだけ違う鳴き声に、視線を向ける。
「どうしたの?」
サーペントさんがジッと、叫び声をあげている男性に視線を向けている。
何か、あの男性とサーペントさんの間に繋がりがあるんだろうか?
「なんだろう?」
「アイビー、どうした?」
「サーペントさんの様子がちょっとおかしくて」
繋がりがあるのは、あの壊れたカゴだよね。
もしかして中に入っていた魔物に、関係があるのかな?
それにあの男性が言った、魔法陣が気になる。
「サーペントさん、カゴの中に入っていた魔物はどうしたの?」
さっきは「食べたのかな」と、思ったけど違うのかな?
「ククククッ」
私の言葉に、スルスルっと森を移動するサーペントさん。
「ククククッ」
さっきと同じように振り返ると、私を見た。
「付いて来いって事だな」
お父さんの言葉に頷くと、サーペントさんの後を追う。
「あっ、お父さん。ジナルさん達に言わなくていいの?」
私の言葉に立ち止まったお父さん。
そして少し思案すると、サーペントさんを見る。
「遠いのか?」
「ククククッ」
お父さんの言葉に、首を横に振るサーペントさん。
遠くないなら、少しぐらい離れても大丈夫かな?
「すぐに戻って来よう」
「分かった」
「「「……」」」
無言で付いて来るソラとフレムと、なぜか2匹の勝負に参加し始めたソル。
あの賑やかな鳴き声が聞こえないと、少し寂しいな。
3匹の様子を見ながら、少し急ぎ足でサーペントさんの後を追う。
5分ほど森の中を歩くと、少し開けた場所に出た。
「「あっ!」」
開けた先には、ぐったりと倒れているサーペントさん。
慌てて近付こうとすると、お父さんに腕を掴まれた。
「お父さん?」
「駄目だ」
その言葉に首を傾げる。
また微かに体が上下しているから、生きているのにどうして?
「魔法陣だ」
「えっ?」
お父さんの視線を追うと、サーペントさんの体には魔法陣が刻まれ、そこから血が溢れていた。
目や口からも血が出て、その表情は苦痛に歪んでいる。
慌てていたせいで、見逃していた。
「この子は」
「教会の奴等に、変異させられたんだろう」
マーチュ村を、血を流しながら襲ったサーペント達を思い出す。
まさか、まだいたなんて。
「ククククッ」
サーペントさんの鳴き声に視線を向けると、ソルに向かって鳴いていた。
「ぺふっ」
「ククククッ」
サーペントさんとソルが会話するように鳴き合うと、ソルは倒れているサーペントに近付いた。
微かに目を開けたサーペントは、ソルを見ると小さなうめき声をあげる。
その様子をジッと見たソルは、体を1回ぶるっと震わせるとサーペントを包み込んだ。
「大丈夫かな?」
これまで、魔物を変異させた魔法陣など食べたことな無いはず。
「しゅわ~、しゅわ~。……しゅわ~、しゅわ~、しゅわ~、しゅわ~」
あれ?
途中から、食べる勢いが増したと思う。
もしかして、気に入ったのかな?
「魔法陣が消えていく」
お父さんの言葉に、サーペントの体に刻まれていた魔法陣を見る。
ソルの消化する音に合わせてゆっくり、ゆっくりその姿を消していくのが見えた。
「うまくいったんだね」
「そうだな」
ぴょん。
ソルがサーペントの上に跳び乗ると、そのまま私の方に跳びこんで来た。
「おつかれさま」
ソルを腕に抱いたままサーペントに近付くと、そっと様子を窺う。
その隣でお父さんが、サーペントの顔に手を伸ばした。
「死んでいる」
お父さんの言葉に、腕の中にいるソルをギュッと抱きしめる。
「そっか」
魔法陣から解放は出来たけど、助ける事は出来なかったのか。
「ククククッ」
不意に、スリっと私の体に顔を摺り寄せるサーペントさん。
その目を見ると、温かい何かを感じた。
「ククククッ」
「感謝してるみたいだな」
「ククククッ」
お父さんの言葉に、嬉しそうに鳴くサーペントさん。
あぁサーペントさんは、この子を魔法陣から助けたかったのか。
死んでしまったサーペントを見る。
さっきまで苦しそうに歪んでいた表情が、穏やかになっているのが分かった。
良かった。
穏やかにいけて。
「燃やさないとな」
お父さんの言葉に、視線を向ける。
確かに、森では埋めても魔物に掘り起こされてしまうため、亡くなった者を弔う時は燃やす事になっている。
「大丈夫?」
人とは違い、体が大きいサーペント。
周りの森に火が飛び移らないように、気を付けないと。
「ジナル達に協力してもらうから、大丈夫だろう」
「そうだね。あっ、そろそろジナルさん達にこの子達の事を言わないと」
少し時間が経ってしまった。
もしかしたら、探しているかもしれない。
「戻ろう」
お父さんと急いで、元いた場所まで戻る。
「いた!」
「良かった。心配したんだ」
ラットルアさんとセイゼルクさんが慌てて、こちらに駆けて来るのが見えた。
「悪い。少し用事が出来て」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「あれ? 勝負は、もういいの?」
私の言葉に、ソラとフレムがぴたりと動きを止める。
「勝負の事を、忘れていたな」
「ぷっ!」
「てりゅ!」
お父さんの言葉に、強めに返事をするソラとフレム。
忘れていた事を誤魔化してるみたいだな。
「刺客は捕まえたんだが、様子がおかしいんだ」
あっ、男性の事をすっかり忘れていた。
ソラとフレムの事を言えないな。
「原因を聞いてもまともに答えない。だから、急いでこの場所を移動しようという事になった」
それなら、もう大丈夫。
男性が言っていた「あれ」は、さっき亡くなったサーペントの事だろうから。
「それなら大丈夫だ」
セイゼルクさんを落ち着かせるように、彼の肩を叩くお父さん。
「大丈夫?」
セイゼルクさんが不思議そうにお父さんを見ると、彼はスッと上を指した。
「ククククッ」
「「えっ?」」
セイゼルクさんとラットルアさんの目が見開かれる。
そんな2人に、木から下りてきたサーペントさんが近付く。
「ジナル達の所に行こう。奴が怖がっていた魔物について説明するよ」
「ククククッ」
「はぁ、驚いたぁ」
胸を押さえているラットルアさんに、ちょっと笑ってしまう。
あっ、見つかった。
「いや、これは驚くぞ。アイビーだって、驚いただろ?」
「アイビーは、すぐに受け入れたぞ」
ラットルアさんの言葉に、お父さんが否定する。
「えっ、私も驚いたよ」
まぁすぐに、知り合いのサーペントさんだと分かったから、その驚きも消えたけど。
「そうか? 全く驚いている様には見えなかったけどな」
お父さんの言葉に、首を横に振る。
「それは、すぐに会った事があるサーペントだと思ったからだよ」
私の言葉に、セイゼルクさんとラットルアさんがサーペントさんを見る。
そしてなぜか私を見た。
「どうしたの?」
「いや、よく会った事があるサーペンだと分かったな」
ラットルアさんの言葉に、サーペントさんを見る。
「えっと……感覚?」
それについては、説明が難しいな。
話したわけではなく、なんとなくそう思っただけだからね。




