825話 切り札。
「おいしいね」
「うまいな」
お父さんとお茶をしながら、果実を食べる。
シエルがお薦めしてくれただけあって、とても甘くておいしい。
ただ果汁が多いので、手がべたべたになるけど。
ジナルさん達が、刺客たちと交戦?
いや、違うな。
何だろう?
シファルさんの持った鞭とジナルさんの不敵な笑み。
そして、やる気だったシエルを思い出す。
……お仕置き?
いや、成敗かな?
「アイビー、どうした?」
「これからジナルさん達が行うのは、お仕置きなのか成敗なのか、どっちだろうなって思って」
「ぷっ、あはははは。お仕置きに成敗か。まぁ、成敗の方だろうな。でも、奴だったら成敗でも甘いと思うよ」
お父さんの言葉に、少し驚いた。
皆の雰囲気から、刺客が無事な状態で終わる事は無いと思う。
お父さんも気付いているのに、それでも甘いというなんて。
「それだけの事をしてきたんだね」
「あぁ。同じ人だと思いたくない奴だよ」
そんなに!
「そういえば、誰も名前を言わなかったのはどうして?」
「奴の本当の名前を知らないからだ。いつも偽名だから、奴を雇っている貴族も本名を知っているのか、怪しいところだな」
本名を誰も知らない、全ギルドから『殺さずに捕獲』と命令を下された人物。
「ジナルさん達、本当に大丈夫だよね?」
なんだか不安になって来た。
「それは大丈夫だ。奴はジナル達ほど強くはない。仲間を盾にする事はあるが、ジナル達がそれに怯む事も無いし」
「それならいいんだけど」
皆、怪我をしないといいな。
「心配か?」
「うん。全ギルドから捕縛の命令が出ていたのに、2年もの間を逃げきっていた強さはあるんだよね?」
「貴族の手助けがあったとしても、そうだな」
「もしかしたら、ジナルさん達さえ知らない事があるんじゃないかなって、おもって」
「確かに、俺が知っている奴の力だけで逃げ切るのは……少し無理かな? 逃げ切るための切り札が、あるって事か?」
本当に切り札を持っているのかな?
「凄く心配になって来た」
「ククククッ」
「アイビーにそう言われると、確かに少し心配だな」
「ククククッ」
「「…………」」
何か、お父さんとは違う声。
いや違う、鳴き声が会話に参加していない?
お父さんも気付いたのか、私を見る。
フッと影が出来るので、上を見る。
「ククククッ」
大木からゆっくりと下りて来るサーペントさん。
全く気配に気付けなかった。
「ククククッ」
サーペントさんと視線が合う。
すると動きを止め、ジッと私を見た。
「えっと、懐かしい感じがするから、前に会った事があるのかな?」
「ククククッ」
そうだと言っているのかな?
……直感を信じよう。
「久しぶり。急に現れるから驚いたよ」
「この状況で、普通に会話を始めるアイビーは流石だよな」
「えっ?」
お父さんの言葉に、視線を向けるが首を横に振られた。
視界の隅に、上下運動をしているソラとフレム。
無言で動く2匹に少し驚くが、ジナルさん達の邪魔をしないように「小さな声で鳴いて」と、お願いしていた事を思い出す。
「あっ、サーペントさんも小さく鳴いてね。今、ジナルさん達が……彼等の事は知っている?」
私の言葉に、首を横に傾げるサーペントさん。
どうやら、ジナルさん達の事は知らないようだ。
という事は、マーチュ村にいたサーペントさん達とは別なんだろうか?
「私の友達が今、ある刺客を成敗、じゃなくて捕まえるための作戦を実行中なの。だから、邪魔をしないようにしているんだ」
「ククククッ」
先ほどより小さく鳴くサーペントさん。
お礼を言いながら頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
ポン、ポン。
足にぶつかって来るソラとフレム。
そんな2匹に、笑う。
「別に小さい声なら鳴いても大丈夫だよ」
ポンと2匹の頭を撫でる。
嬉しそうに揺れるソラとフレムはやっぱり無言。
どうやらしばらくは、鳴かないと決めたようだ。
「これは、勝負をしているな」
お父さんがソラとフレムの頭を撫でると、少し呆れた表情をした。
「そうだね」
全ての事を遊びに変えるソラとフレムは、ある意味凄いよね。
「「あっ」」
ジナルさん達の気配が揺れた。
「接触したようだ。ん~、ちょっと覗いてみるか?」
お父さんの言葉に、つい頷いてしまう。
やっぱり気になるし。
「サーペント。村道からはこちらの姿が見えない場所って、あるかな?」
お父さんの言葉に、村道の方を見るサーペントさん。
あっ、知らない気配が3つ。
慌てているのが分かる。
「にゃ~」
「ぷっ」
シエルの楽しそうな鳴き声に笑ってしまう。
尻尾を振って追い掛け回しているのが、想像できてしまう。
「ククククッ」
サーペントさんの鳴き声に視線を向けると、するすると木を移動して振り返った。
「付いて来いって事だな、行こうか」
「うん」
急いでコップや果実の入ったカゴを、マジックバッグに仕舞うとサーペントさんの後を追う。
「ククククッ」
しばらく移動すると、木々の間にある岩の後ろに到着した。
少し高い場所にある為、確かに村道とその周辺が見渡せる。
「こんな場所があったんだな。木々で隠れているから気付かなかったよ。ありがとう」
「ククククッ」
嬉しそうに鳴くサーペントさんを撫でると、村道に視線を向ける。
村道を逃げ回っている3人の……凄い恰好だな。
あれは、木々の間に隠れるための物かな?
葉っぱを大量に付けた服を着た3人が、逃げた先でセイゼルクさんとヌーガさんに倒された。
「あっという間だね」
心配する事は無かったかな。
「いや。奴等は言っていた者とは違う。あっちだ」
お父さんが指した方を見ると、ジナルさんとシファルさんと向き合うように1人の男性がいた。
「はははっ。さすがだな」
少し遠いが男性の声が聞こえた。
やはり何かあるのだろう。
男性には余裕がある。
ジナルさんとシファルさんが、警戒しているのが分かる。
男性を見ると、マジックバッグから何かを取り出した。
「やばいな」
お父さんが、少し焦った声を出した。
「何?」
「あれは、カゴを召喚するためのマジックアイテムだ」
「カゴを召喚?」
「カゴの中に魔物を入れて、召喚するんだ。あんな物を持っていたなんて。この近くに、おそらくカゴがあるはずだ。でも、今から探す時間は無いし」
という事は、ここに魔物が来るって事?
男性の様子から、かなり強い魔物を準備したんだろう。
お父さんが剣の持ち手に手を掛けた。
「アイビー。もしもの時は、サーペントと逃げろ」
「えっ?」
「来い!」
男性の声と同時に、村道に巨大なカゴが現れた。
ジナルさん達の緊張が伝わって来た。
「あっ!……えっと?」
確かに巨大なカゴが現れた。
でも、そのカゴは大きく破壊されている。
「はっ?」
男性も思いもよらなかったんだろう。
壊れて、空になったカゴを唖然と見ている。
「あはははっ」
ジナルさんの笑い声が聞こえた。
シファルさんも笑っている。
もう、大丈夫だね。
「ククククッ」
サーペントさんの鳴き声に視線を向けると、不思議そうに村道を見ていた。
それを不思議に思いながら、ポンポンと首のあたりを軽く撫でる。
「なんだかよく分からないけど、終わったって事でいいのかな?」
「そうだな。あのカゴはかなり強度があると聞いていたけど、壊れているからな。しかも中は空っぽだし。中の魔物はどうしたんだろう? 逃げたとしたら、警戒する必要があるな」
「そうだね。それにしても見事に壊れているね」
「あぁ、上位魔物ぐらいしか壊せないと聞いた事があるけど」
上位魔物?
「シエルなら壊せるって事?」
「どうかな? あのカゴは横から何かがぶつかって来た感じだから、もっと大きな体を持った魔物に襲われたんじゃないか? カゴの真ん中のへこみぐらいから……あぁ、ちょうどサーペントなら……」
「サーペントさん?」
「ククククッ」
えっ、もしかしてサーペントさんが?




