番外編 フォロンダ領主と組織
―フォロンダ領主視点―
ジナルが捕まえた、刺客の報告書が届いた。
俺が読む前に、俺の護衛が報告書を読んでいるんだが、何故だ?
「普通は、俺に渡さないか?」
報告書を持って来てスイナスに渡したアマリに、視線を向ける。
「あら、すみません。無意識でした。ふふふふっ」
彼女の言葉に、溜め息が出る。
絶対に、無意識では無いだろうな。
うん、絶対に違う。
彼女を怒らせるような事は、最近はしていないと思うんだけど……何かしたかな?
チラッとアマリを見ると、にこりと完璧な笑みが返って来た。
やばい、これはかなり怒っている。
えっと、ここ数日の行動は……ずっと執務室で書類の整理、あと2日前に組織の会合があったから、行ったぐらいだ。
まぁ、その帰りにちょっと問題が起こったけど、無事だったから関係ないだろう。
「怒らせるような事は、1つも無いよな?」
「ふふっ」
あっ、声に出てしまったようだ。
アマリの雰囲気が、さっきより悪くなってしまった。
本当に俺は、何をしでかしたんだ?
「フォロンダ様」
「はい」
アマリの声に背筋を伸ばす。
「移動する時は、絶対に護衛と一緒にとお願いしましたよね?」
護衛?
「そうだな。うん、言っていたな」
あっ!
あれか。
会合中、俺の地位を狙っている奴等の部下達が気になった。
どうも、落ち着きがない。
しかも、俺の事を気にしている者までいる。
これは、何か仕掛けて来るなと思った。
だから、護衛を撒いて1人で行動した。
自分を囮にした方が、より早く解決すると思ったからだ。
そして、狙い通り複数の刺客に襲われた。
俺はそれなりに鍛えているし、身を守るマジックアイテムもある。
だから、少し大変だったが全員を捕まえる事が出来た。
「俺は無事だったし、奴等も捕まったか――」
「そういう事ではありません。もしもの事がありますから、絶対に護衛を連れて下さいと言ったはずです」
真剣な表情のアマリを見て、小さく頭を下げる。
「すまない。ただあの日、護衛に就いていた4人は信用できない者達だったから、あの方法を取ったんだ」
2日前、護衛に就いた4人。
俺が怪しいと思っている人物と、連絡を取り合っている事が分っている。
そのため、信用できない。
まぁ4人の金の動きを見る限り、俺の情報を売っている事は予測が出来る。
それぐらいならまだいいが、問題は少し前に多額の金が動いた事だ。
受け取ったのは、4人中2人。
つまり、2人は俺の殺しに加担する可能性があった。
そんな奴等を連れて行くなんて無理だ。
「だから! あんな屑どもを周りに置かないように、言ったじゃないですか!」
あっ、そっちも注意を受けていたな。
助けを求め、目の前にいるスイナスに視線を向ける。
が、スイナスはこちらを一切見ようとしない。
絶対に俺の視線に気付いているはずなのに。
「フォロンダ領主? 聞いていますか?」
ジッとスイナスを見ていると、アマリの低くなった声が耳に届いた。
「もちろん。そろそろ護衛に就く騎士達の中にいる裏切り者を、捕まえる予定だった」
「……」
アマリの無言と視線に、慌てて立ち上がる。
「本当だ! ほらっ、書類だって用意した」
執務机に仕舞っておいた、騎士達の行動報告書。
そして、逮捕状などをアマリに見せる。
良かった、用意しておいて。
まだ、それを使う予定は無かったが。
「確かに、裏切者を切る準備はしていたようですね。ただ、これをいつ使うかは……まだ決まっていないようですが」
あ~、バレているか。
「悪いな。まだ、使う予定は無い。騎士の1人に、予測のつかない動きをしている者がいるんだ。奴が誰に雇われているのか分かってから、動く予定だった」
「騎士とは、誰の事ですか?」
報告書を読んでいたスイナスが、スッと俺を見る。
その視線に、頬が引きつる。
どうやらスイナスも怒っているようだ。
止められるのが面倒だと、裏切っている騎士達については「調査中」としか言っていなかったからな。
まぁ、今問題に上がっているのはそのうちの1人だけど。
「エピルだ」
「ジナルからの報告書で、雇った者が誰か分かるかもしれませんよ」
ジナルからの報告書?
ジナルに刺客を送ったのは、組織に長くいるバッファの当主だろう?
スイナスから報告書を受け取り、読む。
そこに、予想外の名前を見た。
「ラフィース?」
その名前に唖然とする。
これは、予想外だ。
「えっ。彼ですか?」
アマリも驚いた様子で、俺が持つ報告書を見る。
「そうみたいだ」
ラフィース。
組織に入ったのは4年前。
組織では力がなく、発言力も弱い。
だが、彼は商売で上手くいっている。
少し犯罪まがいの事をしているが、現段階では放置している。
そんな奴が、ジナルに刺客?
「ラフィースは、何を考えているんでしょう?」
アマリは首を横に振ると、俺を見た。
それに俺も首を横に振る。
全く分からない。
バッファの当主がジナルを狙うのは、組織を手に入れたいからだ。
俺はジナルの事を、かなり信用している。
だから彼には、裁量権を与え自由に動き回ってもらっている。
組織に属する者なら、誰もが知っている事だ。
だからジナルはバッファの当主に狙われた。
俺を始末しても、ジナルがいれば組織は手に入らない。
しかも、殺した証拠を掴まれる可能性もある。
だから俺を始末する前に、ジナルを手に入れるか、殺すしかないと思ったんだろう。
教会での騒動が終わった時、奴等は動き出すと思った。
慌ただしい時が、一番動きやすくなるからな。
そして案の定、バッファの当主はジナルに対して刺客を送った。
でもまさか、当主が自ら動くとは思わなかったけどな。
証拠を残すような行動など、するはず無いと思ったからだ。
でも当主は、自ら刺客の下に出向き契約を交わした。
しかも、証拠となる書類に自分の名前を書いている。
さすがにその書類を見た時は、罠を疑った。
ジナルは、大笑いしていたけどな。
ジナルがマーチュ村を発つ前、刺客が動き出したと報告が来た。
だから、王都に戻って来る時に狙うのだろうと思った。
ジナルも、同じように考えるはずだと。
それなのに、別の者に雇われた刺客が来るとは。
ジナルも驚いただろうな。
そういえばバッファの当主は、冒険者にも手を回していたな。
まぁ、上位冒険者達はほとんど相手にしていないが。
バッファの口車に乗ったのは、下位冒険者と中位冒険者の一部だと報告が来ている。
ジナルの指示で、バッファ側についている冒険者からの報告書だから、信頼できるだろう。
まぁ、こんな感じだから、報告書にはバッファの名前が書かれていると思った。
それがまさかのラフィース。
商売人がジナルを殺しても、なんと利益も上げられないと思うが。
「ラフィースは、ジナルに犯罪の証拠でも捕まれたんでしょうか?」
「どうだろう?」
スイナスの言葉に首を傾げる。
理由としては、成り立つ。
でも、おそらく違うだろう。
なぜなら、ラフィースは決して頭がいい方ではないからだ。
というか、短気なのだ。
根回しや、気長に待つという事をしない。
そのせいで、犯罪の証拠など探ればいくらでも出て来る。
今さら証拠を掴まれたと言って、刺客を送るだろうか?
アマリも、ラフィースの事を知っているため同じ考えのようだ。
首を傾げている。
「ここで、悩んでいても答えは出ませんね。ラフィースについては、私が調べます。スイナス、フォロンダ様の護衛をしっかりとお願いしますね」
「はっ?」
まだ、スイナスを護衛に戻す予定は無かった。
今の護衛達をもう少し自由にさせて、他の連中との繋がりを確かめたかったから。
「そうだな。そろそろ戻るか」
俺の事を無視して、話を進めるスイナスとアマリ。
一応アマリは俺のメイドで、スイナスは最も信頼している護衛だ。
つまり俺の部下。
それなのに、俺を無視?
「2人とも」
「「決定です」」
「……分かった」
まぁ、今回は俺にも刺客が送られたからな。
仕方ないか。
「そういえば、今回フォロンダ様を狙った者は誰ですか?」
「バッファの長男だ」
親子そろって愚かだ。




