823話 おめでとう!
―ドルイド視点―
「お父さん、誕生日おめでとう」
今日の夕飯は、いつもより豪華だとは思った。
でもそれは、ガルガを狩ってきたからだと思ったので気にする事は無かった。
でも、どうやら違ったらしい。
アイビーを見ると、少し不安そうな表情を隠して笑っている事が分かった。
彼女の手には、綺麗に磨かれた守護石。
おそらく腰から下げる装飾品だろう。
「えっと、ありがとう」
急な事と、思いもよらなかった事と、ついでにここ数日の不安だった気持ちが混ざり合って、ぎこちないお礼になってしまった。
ツン。
んっ?
後ろを振り返ると、シエルの尻尾が俺の背中を軽く叩いていた。
シエルを見ると、ちょっと怒っている。
えっ、なんで?
シエルの視線が、俺からアイビーに移る。
あっ!
「アイビー、ありがとう。急な事に驚いて、凄く嬉しいよ」
アイビーが不安になっている事に気付いていたのに、何をしているんだ。
「本当に嬉しい?」
「もちろん。まさかプレゼントをくれるなんて、というか祝ってもらえるとは思っていなかったから、驚いたんだ」
「そっか。じゃあ、あらためて。お父さん、誕生日おめでとう」
アイビーの言葉の後に、ジナル達からも祝いの言葉を貰う。
なんだか久しぶり過ぎて恥ずかしいな。
「ありがとう。これ、凄く綺麗だな」
ジナル達の表情から、俺の気持ちはバレているようだ。
こいつ等、絶対に楽しんでいるな。
「そうでしょう? 見つけた時に、一番気になった守護石なの」
アイビーの言葉に首を傾げる。
見つけた時?
もしかして……貰った守護石をよく見る。
「これ、手作りか」
アイビーを見ると、恥ずかしそうに笑っている。
あ、やばい。
泣きそう。
「でも、こんな綺麗な守護石をどこで見つけたんだ?」
ずっと一緒にいたのに気付かなかった。
「マジックアイテムをドロップする洞窟があったでしょ? あの洞窟には、守護石もあったんだ」
「あぁ、あの洞窟」
なるほど、ジナル達は知っていたんだな。
ジナルを見ると、楽しそうな表情で肩を竦めた。
知っていただけでなく、協力者か。
あの洞窟での狩りは、少し変だった。
ジナル達が、やたらと俺を前に行かせようとしたのだ。
まぁ俺も、アイビーが今年の夏に着る服代を稼ごうと前に出ていたから、気にしていなかったけど。
でもあとで、アイビーと一緒にいなかった事を凄く後悔した。
なぜならあの日から、アイビーの様子がおかしくなってしまったから。
最初に気付いたのは、洞窟で狩りを楽しんだ日の夜。
なぜかアイビーが、俺に窺うような視線を向けてきたのだ。
最初は、気のせいかと思った。
でもそれは翌日も続き、心配になった俺は「何かあったのか」と聞いてみた。
でも、アイビーは不思議そうに「大丈夫だよ」と応えるだけ。
その様子から、嘘をついている様には見えなかった。
疑問に思いながら様子を見る事にしたが、アイビーが俺と距離を置いてしまう。
正直、凄く衝撃を受けた。
何かしてしまったかと考えても、何も思い浮かばず。
焦って、ソラやフレムに相談してしまったぐらいだ。
どうしようかと迷っている時に、「嫌われた」という言葉が浮かんだ。
正直、あの時の事は思い出したくない。
うん、綺麗さっぱり忘れたい。
それぐらい衝撃を受けて、頭の中が真っ白になった。
あっ、思いだしただけで泣きそう。
「お父さん、大丈夫?」
アイビーの声にハッとする。
視線を向けると、心配そうな表情で俺を見つめていた。
あぁ~駄目だ。
今度は嬉しくて泣きそう。
こんなに気持ちが揺さぶられるのは、久しぶりだ。
「ははっ、大丈夫だよ」
「本当に? なんだか……」
アイビーの戸惑った様子に、泣きそうな表情になっている事に気付く。
「嬉しくて、泣きそうなんだよ」
俺の言葉に少し驚いたあと、綺麗に笑ったアイビー。
凄く、幸せだな。
「お父さん、食べよう!」
「そうだな」
アイビーの作ってくれたガルガの串焼きを食べる。
あっ、ちょっとピリッとした辛み。
俺の好きな味だ。
次は、少し酸味があるな。
これも、俺が好きだと言った味だ。
「ありがとう。うまいよ」
俺をチラチラ見ていたアイビーに、笑ってお礼を言う。
「良かった」
ホッとしたように呟くと、ガルガの串焼きに齧り付くアイビー。
その様子を見ながら、次の串焼きに手を伸ばす。
おっ、果実の香りがする。
これは、これでうまいな。
「あ~、子供と会いたくなるな」
ジナルの言葉に、セイゼルク達が笑っている。
いいな、ここ。
温かい場所だ。
ずっと昔、焦がれた場所。
「美味しいね、お父さん」
「うん、うまいな。アイビーの料理は最高だ」
4本目の串焼きを食べる。
おっ、塩味。
たまには、塩味もいいな。
いつもよりちょっと豪華で、ちょっと賑やかで。
久しぶりの誕生日が、まさかこんな幸せな時間になるなんて。
「お父さん」
「んっ?」
「生まれて来てくれて、ありがとう」
やばい、号泣しそう。
でもさすがに、恥ずかしすぎる。
「誕生日をしてくれてありがとう」
涙目なのは、忘れてくれることを願おう。
―ジナル視点―
今日の見張り役はドルイドと俺。
まぁ、シエルがいるおかげで夜に魔物が襲いかかって来る事はないんだけど。
それでも警戒は必要。
フッと目が覚める。
そろそろ、ドルイドと交代の時間かな。
「どう思う?」
なんだ?
「はぁ、嫌われたのかな?」
「ぷぅ」
「てりゅ~」
この声は、ドルイドか?
そっと周りを窺うと、焚き火の前でドルイドがソラとフレムに話しかけていた。
なんだか、落ち込んでいるように見える。
何かあったのか?
「アイビーの様子がおかしいと思わないか? 俺と一緒にいるのを嫌がっている様な気がするんだ」
あぁ、それは誕生日プレゼントを完成させたいと言う、思いからだろうな。
本人も無意識みたいだけど、行動がいつもと違っている。
「ぷぅ」
「てりゅ」
「はぁ」
あ~、かなり落ち込んでいるな。
というか、ソラとフレムがかなり困った声で鳴いているんだけど。
ドルイド、まさか気付いていないのか?
「一緒に旅をしたくないって言いだしたら、どうしたらいいと思う?」
「ぷぅ」
「てりゅ」
あぁ、これは気付いていないな。
しょうがない。
明日は朝からドルイドを連れだして、アイビーに時間を作るか。
そうしないと、ソラとフレムも大変そうだ。
「はぁ」
「ぷぅ」
「てりゅ」
1人と2匹で溜め息を吐いている光景は、ちょっと異様だな。
それにしても、人は変わるものだな。
まさかあのドルイドが、ここまで変わるとは。
「よしっ。明日は、アイビーとゆっくり話をしよう」
話をする前に連れ出さないとな。
はぁ、
明日は、俺も大変だな。
あのドルイドを、アイビーから引き離さないと駄目なんだから。
まぁ、これもアイビーの為。
頑張るよ。




