822話 準備中
守護石の装飾品が完成した次の日は、夕飯の仕込みを昼から始めた。
煮込み料理は、ゆっくり煮込んだ方が美味しいからね。
まずは、沢山ある肉を切る!
ひたすら切る!
「手伝うよ」
「ありがとう」
シファルさんが手伝ってくれたので、予定しているより早く肉を切り終えた。
次は串焼き分の肉に、串を刺す。
これも大量なので、ちょっと大変。
「お父さんは、何処に行ったの?」
朝ご飯を食べた後、話す間もなくジナルさんと何処かに行ってしまったんだよね。
お昼もいらないと言って。
隣のシファルさんを見ると、ニヤッと笑った。
なんだろう、この何かを企んでいる表情は。
「ジナルと一緒に、近くの探索。どうやら、この近くに洞窟があるらしい。という噂を誰かが何処かで聞いたような気がするので、調査をする事になっていたらしい」
んっ?
えっと、近くに洞窟がある噂を聞いた……ような気がする?
しかも誰かが?
「それって、洞窟は無いよね?」
「さぁ、噂だからあるかもしれないし、無いかもしれないな。おそらく時間がかかるよ。シエルは朝から食事に行っていて、探してもらうわけにはいかないし」
シエルまで協力しているのか。
ジナルさんに、引きずられるように森の奥に行ったお父さんを思い出す。
かなり不服そうな表情をしていたけど、無駄足だと分かっているからかな。
それにしても、噂の探索なんてすぐに嘘だとバレそうだけどな。
「連れ出してくれたのはありがたいけど、嘘だとすぐにバレそう」
「いや、本当に依頼はあったんだ」
「えっ?」
そんな依頼があるの?
「森に関する噂を調査するのは、冒険者の仕事の1つだから」
「そうなんだ」
そんな仕事があるんだ。
シファルさんを見ると、なぜか嫌そうな表情をした。
「そう。ほとんどが無駄足になる調査だから、本当に嫌な仕事なんだよ。でも、たまに噂が本当だったりするから、調査を止めれないんだよなぁ。魔力塊が作る洞窟を放置すると、魔物が溢れ出すし」
なるほど、だから調査が必要なのか。
そのほとんどが、ただの噂で無駄足になると分かっていても。
「村や町の周りは、下位冒険者向けの調査依頼。森の奥は、上位冒険者向けの調査依頼になっているんだ。で、ここは森の奥。だからジナルに依頼があったらしい。そういう事だから、不審に思われる事はないよ。『なぜ俺が!』とは、思うだろうけど」
「ふふっ」
絶対思っているだろうな。
「疲れて帰ってくるだろうから、頑張って夕飯を作らないとな」
シファルさんの言葉に、笑いながら頷く。
ごめんね、お父さん。
「こっちの塊肉は?」
「それは野菜と一緒に煮込む用。お父さんは、ピリッとした辛みの味が好きだから、今日のスープは少し辛めにする予定なんだけど、皆は大丈夫かな?」
「あぁ、問題ない。2人は、食べられればなんでもよくて、1人は味に疎いから」
セイゼルクさんとヌーガさんは食べられればなんでもよくて、ラットルアさんが味に疎いと言いたいんだろうな。
鍋を出してくれたシファルさんにお礼を言って、鍋に水を入れる。
塊肉を入れて、火をつけてゆでる。
灰汁が出て来るので何度か水を入れ替えて、灰汁が出なくなるまでゆでる。
「よしっ」
灰汁が出なくなったので、大鍋に野菜と一緒にお肉を入れて煮込んでいく。
最初は薄味で煮込み、ある程度お肉が柔らかくなったら、もう少し味を付けよう。
辛みは、最後でいいよね。
「串焼きの味は……シファルさんの希望はある?」
お父さんの好きな味は、用意した。
あとは、どうしようかな?
「あれ? まだ味を増やすのか? もう2種類は用意していただろう?」
よく見てるな。
「うん、甘辛と酸味のあるタレは準備したよ。お肉の量が多いから、あと2種類ぐらいは他の味があってもいいかなって思って」
「それなら、果実を沢山使ったタレが欲しいな」
果実は、マジックバッグに沢山入っているから作れる。
「分かった。あとはどうしよう」
「ガルガは肉の味もうまいから、塩でどうだ?」
「塩か。いいね、そうする」
良しっ、味は決定。
まずは、果実を使ったタレ作りだね。
マジックバッグから数種類の果実を取り出して、果汁を絞って果肉を細かく切ってお鍋に入れる。
そこに、ポン酢と薬草を入れて煮詰めていくだけ。
「出来た!」
あとは、それぞれのタレに肉を漬け込むだけ。
「お肉の準備は終わったけど、次の料理は?」
「根野菜の煮込みと、サラダを作る予定」
お父さんは、根野菜の煮込みだったら沢山食べてくれるからね。
「分かった」
シファルさんを見ると、マジックバッグから必要な野菜を出してくれていた。
「ありがとう」
「アイビーの作る根野菜の煮込みは、うまかった。入れて欲しい野菜を出したけど、大丈夫か?」
並べられた根野菜を見て、頷く。
「大丈夫」
「アイビーの作る根野菜の煮込みは、凄く優しい味がするんだよな」
ラットルアさんの声に視線を向けると、ヌーガさんとセイゼルクさんも一緒だ。
お父さんが出掛けた後、ソラ達を連れて彼等も何処かに出掛けてしまっていたのだ。
「ラットルアさん。おかえりなさい。おにぎりは、足りた?」
彼等もお昼は戻ってこないと言ったので、おにぎりを渡したけど大丈夫だったかな?
「大丈夫。足りたよ」
それなら良かった。
「それで、何処に行っていたの?」
「川に行っていたんだ」
川?
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅうりゅ~」
「ぺふっ」
「皆、おかえり」
ソラ達の様子を見る限り、楽しかったみたいだね。
「シファル、これ」
セイゼルクさんが、大きなバナのカゴをシファルさんに渡す。
「ありがとう。どう、釣れた?」
んっ、釣れた?
もしかして川魚を釣って来たの?
「あぁ、大きな物が3匹だ」
シファルさんがカゴの蓋を開けたので、覗き込む。
「うわっ。大きい」
セイゼルクさんの言う通り、かなり大きな川魚だ。
「いいね。ありがとう、助かったよ」
シファルさんは川魚をカゴから出すと、処理を始めた。
その手際の良さに感心する。
「これは、香味焼きにするよ」
シファルさんの言葉に、ラットルアさんが嬉しそうに笑った。
「シファルの香味焼きは、うまいぞ」
「そうなんだ、楽しみだな」
シファルさんの作る香味焼き。
どんな味なんだろう?
「アイビーに会ってから、作った料理なんだ」
「えっ? そうなの?」
「あぁ、薬草を使った料理が気に入ったから、真似してみたんだ。薬草の組み合わせで味が変わるから面白くて。作るたびにラットルア達に毒見を……ごほっ。食べてもらっていたんだ」
「今、毒見だと言ったな」
ラットルアさんの言葉に、ヌーガさんが頷く。
「あぁ、俺達のために作ったと言っていたのにな。まぁ、そうだろうとは思っていたけど」
ラットルアさん達の視線を、完全に無視をするシファルさん。
「「はぁ」」
溜め息を吐くラットルアさん達に、ポンと2人の肩を叩いたセイゼルクさん。
やっぱり炎の剣は、シファルさんに振り回されているな。
「終わった~」
最後にサラダを作って、夕飯の準備が終了。
今日は色々作ったため時間がかかったけど、楽しかった。
「あとは、ドルイド達が戻って来たら、串焼きを焼いて行こうか」
「うん」
ソラ達は、川で遊び過ぎたのか既に寝ている。
でもあと少しすれば、起き出して賑やかになるだろう。
「お父さん、早く戻ってこないかな?」
お父さんに贈るプレゼントも、料理も出来た。
あとは、お父さん達が戻って来るだけだ。
「帰って来たな。シエルも一緒のようだ」
本当だ。
お父さん達の気配とシエルの気配だ。
ちょっと緊張してきた。
お父さん、喜んでくれるかな?




