797話 日常へ
ドーン……ドーン……ドーン。
ドーン……ドーン……ドーン。
村に、鐘の音が響き渡る。
その静かな音を聞いていると、泣き声が聞こえた。
今日は、亡くなった方達を弔う追悼の日。
壁が壊され魔物が入り込んだ場所に、新しい広場が作られた。
その広場の中央に大きな岩が置かれ、マーチュ村で起こった事が文字と絵で刻まれた。
壊れた物もほぼ元通りとなり、魔物が襲ってくる前の日常に戻りつつある今日。
ようやく落ち着いて亡くなった者達を送り出せると、村人たちはホッとしているみたいだ。
手の中の花を見る。
今日の朝、森で摘んできた。
あの日から初めて森に出た。
お父さんが心配するような不安に襲われる事は無かった。
ただ、森のあまりの変わりように唖然とした。
木々はなぎ倒され、あちこちに血痕がまだ残っていた。
そして、黒く焦げた跡がある小さな空間。
亡くなった方達や魔物を燃やした場所らしい。
こういう場所が、森の各所に出来てしまったとお父さんが言っていた。
森に吹く風に、焦げた臭いが混ざっている事が凄く悲しかった。
森では、サーペントさん達と再会した。
よく見ると、サーペントさん達の体に小さな傷が沢山ついていた。
それをそっと撫でていると、ソラがサーペントさん達を治療し始めた。
しばらくすると、私の周りにいるサーペントさん達の傷は全て治っていた。
ソラにお礼を言うと、嬉しそうに揺れた。
ただフレムとソルは、少し不服そうだった。
確かに、傷だから2匹の活躍する場は無かったもんね。
シエルはそんな2匹を、舐めて慰めていた。
森で花を摘むと、サーペントさん達にお別れを言って村に戻る。
ちょうど、村を守る門の前でウルさんと再会した。
村が襲われたあの日から、一度も会えていなかったので心配だったけど元気そうで安心した。
いや、目の下の隈が酷いので元気とは言えないかもしれないけれど。
話を聞けば、マーチュ村と王都を行ったり来たりしていたそうだ。
それは大変だと思ったけど、今回はテイマーが協力してくれたお陰で「グーク」と言う魔物に乗って移動が出来たので、かなり楽だったらしい。
魔物「グーク」、少し気になる。
村に入ると、村人達が村の奥に向かっていた。
それを不思議そうに見るウルさんに、今から追悼式がある事を伝えた。
少し悲し気な表情をしたウルさんと一緒に、広場に向かった。
ドーン……ドーン……ドーン。
ドーン……ドーン……ドーン。
お腹に響く金の音。
普通の鐘よりかなり低く、最初は違和感を覚えた。
何故、他の村と鐘の音が違うのか。
高い音が鳴る鐘もあるらしい。
でもその鐘が鳴る時は、この村を捨てる時らしい。
この村から逃げろと警告するために、高い音が出る鐘が使われるそうだ。
一生、その鐘が使われなければいい。
ドーン……ドーン……ドーン。
ドーン……ドーン……ドーン。
「行こうか」
お父さんの言葉に頷くと、小さく深呼吸して広場の中央に向かう。
岩の周りは、色とりどりの花で埋め尽くされていた。
その中に、持っていた花を置く。
岩を見上げる。
一番上に、襲われた日と時間。
次の段から、村で起こった事が文字で刻まれていた。
岩の中央部分には、襲ってくる多くの魔物と戦う村人達とサーペント達の絵が刻まれ、その下には村を襲う黒い塊と、それから村を守る木の魔物が描かれていた。
魔法陣は描かれず、黒い塊となっていた事に少し笑みが浮かぶ。
魔法陣なんて、知らなくてもいい物だ。
岩に向かって頭を下げると、傍を離れる。
広場から少し離れると、息を吐き出す。
「大丈夫か?」
「うん」
お父さんの言葉に、少し笑って頷く。
ただほんの少し、あの日を思い出しただけ。
ほんの少しだけ、ギュッと心が痛んだだけ。
「ウルはこれからどうするんだ?」
宿に戻りながら、お父さんがウルに視線を向ける。
「ジナル達が王都に戻る時に、一緒に戻る予定だ」
ウルさんとも、この村でお別れかな。
色々お世話になったな。
「あっ、もしかして宿『バーン』にジナル達も泊っているのか?」
「そうだ。あっ、部屋が無いかもしれないな」
そう言えば、「バーン」はそれほど部屋数が多くは無い。
ジナルさん達とラットルアさん達。
それに私とお父さん。
あと、バンガルさん。
「嘘だろう」
困った表情のウルさんに、お父さんが肩を竦める。
「仕方ない、諦めろ」
「ん~、とりあえず店主のバトアさんに聞いてみるよ。無かったら、近くの宿を紹介してもらおう」
そう言って、一緒に宿に戻るウルさん。
宿には、バトアさんもシャンシャもいなかったので、食堂でお茶をしながら待つことになった。
「あれ? ウルか? 久しぶりだな」
セイゼルクさんの声に視線を向けると、炎の剣のメンバーが食堂に入って来た。
村の人達が追悼式に参加するので、変わりにセイゼルクさん達が朝から森に出ていたのだ。
「仕事は終わりですか?」
森の見回りをお願いされていたよね。
「あぁ、終わった。森に異常は無かったよ」
皆にお茶を用意して、シャンシャさんが用意してくれたお菓子を出す。
そう言えば、この村に来てから料理を作っていないな。
皆の分のお菓子をお皿に出しながら、首を傾げる。
いつもなら、旅の疲れが取れたら料理を作りたくなるのに。
あっ、そうか。
教会に狙われていると知って、料理をする余裕が無かったのか。
私としてはいつも通りのつもりだったけど、違ったんだ。
「どうしたの?」
声に視線を向けると、お菓子の載ったお皿を持ったシファルさんが私を見ていた。
「いえ。この村に来てから料理を作っていない事に、今気付いてしまって」
「そうなんだ?」
シファルさんを見ると、優しい笑みで私を見ていた。
「はい」
皆もいるし、何か作りたいな。
うん、久しぶりに皆に美味しい物を作りたい。
「シファルさんは何が食べたいですか?」
バトアさんかシャンシャさんに、台所を使う許可を貰おう。
「アイビーが作るんだよな?」
「はい」
「それなら丼物だっけ? コメの上に六の実でとじた肉が載っているのがあっただろう?」
「はい。それは丼ものですね」
「俺はあれがいいかな」
シファルさんを見ると期待した目で私を見ている。
それにクスっと笑って、お菓子を載せたお皿を持って皆の元に戻る。
「台所を使う許可が下りたら、すぐに――」
あっ、でも調味料が入っていたマジックバッグが無い!
調理器具も野菜やコメもだ!
「あ~、ちょっと無理かもしれないです」
「えっ?」
やる気だった私の言葉に、首を傾げるシファルさん。
「調理に関わる物が入ったマジックバッグを無くしてしまったので」
「そうなんだ。残念だ」
私も残念だ。
あのマジックバッグには、お気に入りの調理器具が乾燥させた薬草も沢山入っていたのに。
「どうしたんだ? なんでそんなに落ち込んでいるんだ?」
お父さんの言葉に、調理関係のマジックバッグが無いため料理が出来ないと伝えた。
「そうか。そうだな」
あれ?
お父さんが何か嬉しそう?
気のせいかな?
「それならまた色々と集めよう。調理器具に食器も必要だな」
「えっ。うん」
「明日、お店を見行こう」
お父さんの勢いに押され、頷く。
もしかして、料理をしようとしない私を心配していたのかな?
「楽しみだな。まずは煮込み用の鍋だな」
私は煮込み料理をよくするからね。
「フライパンとか、蒸し器もだね」
シファルさんの言葉に、頷く。
この2つもとても重要。
「あっ、先に包丁を買わないと駄目だ」
 




