番外編 守る者9
―ドルイド視点―
オカンノ村を守る壁。
その壁には、崩れた場所が5ヶ所ある。
目撃者によれば、魔法陣が解除された時に壁が崩れ落ちたそうだ。
その崩れた壁の1カ所が、しっかりと見張れる場所に身を隠す。
この場所はオカンノ村の門から一番遠い場所で、侵入するのに最も適した場所だとジナルが言っていた。
「正解だな」
一緒に見張っていたセイゼルクに頷く。
「気配の数は5人か?」
気配を読むのには慣れた。
だが、隠された気配を正確に読めているのかまだ不安がある。
「あぁ、5人みたいだな」
良かった。
合っていた。
「合図を送る」
セイゼルクが、持っていたマジックアイテムのボタンを押す。
このマジックアイテムは対になっていて、合図を送るのに役立つ物だ。
きっと今頃、ジナルの持っているマジックアイテムが振動しているだろう。
「ジナルからも来たぞ」
セイゼルクの手に持つマジックアイテムを見ると、振動しているのが見えた。
ジナルからの合図が来たという事は、ジナルがいる場所にも侵入者が現れたという事だ。
「まぁ、ジナルなら問題ないな」
「そうだな」
ジナルを相手にする侵入者に、少し哀れみを感じる。
今日の彼は、少し機嫌が悪い。
間違いなく、八つ当たりされるだろう。
まぁ、自業自得だから甘んじて受け入れてくれ。
「そろそろ姿が見えるはずだ」
俺の言葉に、セイゼルクが望遠鏡を使って5人の姿を探す。
「見つけた。男4人、女1人。武器は3人が剣、1人が大剣、残りの1人は……」
「どうした?」
「手ぶらなんだよ。あぁ、格好からあれは貴族みたいだ」
教会に手を貸していた貴族か。
フォロンダ様は、教会に手を貸した貴族は全て潰すと言っていたそうだ。
おそらく、貴族籍を奪われたので、起死回生をもくろんでオカンノ村に来たんだろう。
この村で行われていた、実験方法と結果を手に入れるために。
オカンノ村では、多くの実験が行われていた。
その中でも2つの実験に、かなり力を入れていようだ。
その内の1つが、魔物を完全に支配する実験だ。
最初の方は、テイマーを使おうとしたみたいだ。
だが、ゴミ問題がある為、テイマーはとても貴重な存在。
攫えば大きな問題になる。
そのため、テイマーを使う方法は断念した。
そして考え出されたのが、魔法陣による魔物の洗脳だ。
人での洗脳実験がいい結果を出していたので、魔物もすぐに洗脳できると思ったのだろう。
だが実験は上手くいかず、魔物の暴走が繰り返し起こったと報告書に書かれてあった。
そしてもう1つは、魔物と人を掛け合わせた存在を作ろうとした実験だ。
魔物は人より長く生きるものがいる。
その魔物が実験に使われていたので、きっと寿命を延ばす方法でも探していたんだろう。
くだらない。
「来たぞ」
セイゼルクの言葉に、剣に手を掛ける。
「「…………」」
物陰から顔を出して、侵入者を確認する。
「ここで良いのか?」
「はい。そうです」
貴族風の男が、前に歩く冒険者の服を着た男に何度も場所を確認しているのが聞こえた。
5人の様子を見ていると、連携が取れていない事が分かった。
これなら倒すのは簡単だ。
「誰を残す?」
セイゼルクの言葉に、5人を見る。
「貴族の男は駄目だな。森を1人では抜けられないだろう。となると一番右の男はどうだ?」
ジナルから、侵入者が複数いる場合は、1人を逃がすように言われている。
この逃げた1人に、王都にいる仲間の元まで案内させる予定だ。
「一番右……あぁ、あの男か。分かった、奴でいこう」
俺とセイゼルクが逃がすと決めた男は、5人の中で一番体格が良く、一番気配を消すのがうまかった。
だから、1人でも森を抜け王都まで帰られると思った。
「では、作戦通りに」
セイゼルクを見ると、了解と手を上げた。
5人の侵入者がオカンノ村に入ってくるのを待つ。
静かに、そしてゆっくりと周りを警戒しながら、5人がオカンノ村に入る。
そして、少し村の奥に入ったところで、俺が紐を引っ張る。
カラカラカラ。
静かな村に響く、乾いた音。
「ひっ! 何があった? おい、あれは何だ!」
こういう事に慣れていなかった貴族の男が、混乱して大声を上げる。
一緒にいた4人が慌てるが、貴族の男は止まらない。
「くっそっ。どうしてこんな事になるんだ!」
貴族の男の混乱は、彼の中の怒りに火をつけたようだ。
文句を大声で言いながら、一緒にいる冒険者に怒鳴りだした。
「行くぞ」
貴族の男の混乱に合わせて、5人の侵入者の元に一気に駆ける。
「来るぞ!」
逃がすと決めた男が、俺達の存在に気付くが遅い。
剣を横に掃って、一番煩い貴族を切る。
次に、場所を確認されていた冒険者。
ガキーン。
剣と剣のぶつかる音に、気分が高揚してくる。
駄目だ、落ち着け。
ガキーン、カキーン。
俺達とは違う剣のぶつかる音が聞こえた。
チラッと視線を向けると、逃がす予定の男と戦っているセイゼルクの姿が見えた。
女性は既に地面に倒れていた。
俺が他に視線を向けた事に気付いた男は、ここだと一気に攻撃を強める。
それを受け流しながら、相手の動きを見る。
そして一瞬。
男の手から剣が吹っ飛ぶ。
「えっ?」
「終わりだ!」
飛んだ剣を目で追っていた男の胸に剣を刺す。
グサッ。
剣を胸から抜くと男が地面に倒れた。
ガキーン、カキーン。
セイゼルクを見ると、まだ戦っていた。
でも次の瞬間、逃がす予定の男の体が宙を舞った。
「えっ?」
「あっ、しまった」
セイゼルクは、どうやら力加減を間違ってしまったみたいだ。
吹っ飛ばされた男性は、なんとか意識があるようで、ふらふらになっているが立ち上がった。
そして周りの状態を見て、慌てて森に向かって逃げ出した。
セイゼルクが、その後を追う。
しばらくすると、手ぶらで戻って来た。
「無事、森に逃げ込んだ」
「作戦は成功?」
途中ちょっとヒヤッとしたけど。
「あぁ、元気に森の中に走って行ったから大丈夫」
セイゼルクの言葉に笑ってしまう。
「さて、ジナル達の方は終ったかな?」
村の中心部が明るくなるのが見えた。
どうやら次の段階に入るようだ。
ドーン。
大きな音と共に、地面が振動する。
しばらくすると、オカンノ村の中心から火の手が上がり一気に燃え広がった。
その炎はきっと、森に逃げた者にも、こちらの様子を窺っていた者達にも見えただろう。
崩れた壁から森に出たセイゼルクと俺は、壁に沿って移動する。
しばらく歩くと、ジナル達の姿が見えた。
「あれ?」
ジナルの傍に、誰かが捕まっている。
予定では、侵入者は全て始末する予定だったけど、何かあったのか?
「お疲れ様。どうしたんだ、それ」
俺にそれ呼ばわりされた女性が、じろっと俺を睨み付ける。
威勢がいいのはいいけど、現状が分かっていない。
ここは大人しく従っておくべきだ。
「裏切り者」
ジナルの言葉に、女性がビクリと震えた。
なるほど、ジナルが属している組織に入り込んだ裏切り者か。
「そっちの首尾は?」
ジナルの言葉に、俺とセイゼルクが頷く。
「問題ない、体格もよかったから、王都に必ず戻れるだろう」
セイゼルクの言葉に頷くと、女性を見るジナル。
そしておもむろに女性を肩に被くと、歩きだした。
「帰ろう」
ジナルの後を追うと、地味なうめき声が聞こえてきた。
どうやら布で口をふさがれた女性が、文句を言っている様だ。
駄目だな。
「煩い」
ほら、捕まえている者の機嫌がもっと悪くなる。
こういう時は大人しく、ただ従う。
それが大切。




