795話 ジナルさんとシエル
加工された板を持って、村の中を歩く。
「にゃうん」
シエルの声に視線を向けると、ジナルさんに向かって駆けて行く姿を見つけた。
そして、
ドン。
「うわっ。シエル!」
また、シエルがジナルさんにぶつかった。
「またやってる」
私の言葉に、隣にいたラットルアさんが苦笑する。
1人と1匹のじゃれ合う光景は、あの話し合いのあった翌日から見られるようになったもので、マーチュ村の人達には温かく見守られている。
あの日、ソラ達に話し合いの結果を話した。
そしてシエルには、宿から出たらジナルさんと行動を共にして欲しいとお願いした。
元気に返事をしてくれたから安心していたんだけど……何か不満があったんだろうか?
「シエルは、何が不満なんだろう」
あの光景を見るようになって2日目。
仲良くマーチュ村を歩いている時もあるのに、なぜか1日に数回は今の光景を見る。
それが不思議でしょうがない。
「んっ? シエルは不満なんて無いと思うぞ。だいたいあれは、ジナルが提案した事だし」
「えっ?」
ジナルさんは、わざわざ自分にぶつかるようにシエルに言ったの?
でも、どうして?
不思議に思っていると、村の人の声が聞こえてきた。
「本当に仲が良い」や「あの魔物は、彼に懐いている」など、ジナルさんとシエルの仲の良さを噂しているみたいだ。
「もしかして、村の人達の注目を集めるため?」
小声でラットルアさんに聞くと、彼は頷く。
「そう。普通に仲良くしていてもいいけど、ちょっとした騒ぎがあった方が人は見るだろう?」
確かに仲良く並んで歩いている時より、今の方が注目されている。
「多くの者が、ジナル達の姿を目撃する事が重要なんだよ。誰に聞いても、『あぁ、仲が良いよな』と言うぐらいにな」
それは、私の存在を隠すためだよね。
なんだか、申し訳ないな。
「アイビーは気にする事は無いぞ。ジナルとシエルは、楽しんでいるからな」
そうなの?
確かに、シエルの尻尾が楽しそうに揺れていたかな?
ジナルさんも、走って来るシエルに笑っていたような気がする。
「怪我とかしないかな?」
シエルは力が強いからな。
「それは絶対に無い。だってあれ、ほとんどぶつかっていないみたいだから」
シファルさんが、大量の板を持って傍に来た。
「うわっ。凄い量の板ですね」
シファルさんが持っている板の量に驚いてしまった。
積み重なった板で、シファルさんの顔が見られないからね。
というか、ラットルアさんも含め、炎の剣の皆は力持ちだ。
「それと、ぶつかっていないんですか? 音も聞こえるけど」
「ぶつかる瞬間に止まっているんだよ。それと音は、ジナルが出しているんだ。次に彼等を見かけたら、ジナルの足元を注目するといいよ」
シファルさんの言葉に首を傾げる。
あのぶつかる音をジナルさんが?
「ジナルが大げさに反応しているから、そう見えないだろう?」
シファルさんの言葉に頷く。
「はい。話を聞いても、やっぱりぶつかっている様にしか見えません」
さっきのジナルさん達の事を思い出したけど、やっぱりぶつかっているようにしか見えない。
あれが、演技?
分からない。
「おーい。こっちに板を頼む」
私達に向かって手を振る、村の人の姿にハッとする。
忘れていた。
家を補修するための、板を運んでいたんだった。
「「「はい」」」
ラットルアさんとシファルさんも少し慌てて返事をすると、呼ばれた方へ向かった。
そっと後ろを振り返る。
ジナルさんと歩くシエルの姿が見える。
シエルが傍にいない事がちょっとだけ、寂しいな。
朝から始まる、村の復興。
それも今日で3日目。
魔物に襲われた翌日は、壊れた家やお店から出た瓦礫を村の人総出で捨て場に移動させた。
そして翌日からは、家の修理や立て直しが始まった。
「板を置いておきます」
「ありがとう。助かるわ」
家を修理しているのは、主に女性。
男性達は、森の対応に朝から向かっている。
ジナルさんは、シエルを伴って森で魔物の動向を調べている。
大量の魔物が村周辺に現れたせいで、この辺りの魔物に影響を与えてしまったそうだ。
今のところ、村の周りにいてくれるサーペント達のお陰で村が襲われる事は無い。
でも、油断はしない方がいいと、森の見回りが強化されている。
その先頭で指揮を執っているのがジナルさんだ。
シエルだけでなくサーペント達もジナルさんの指示に従っているらしく、村の人達からかなり信頼されている。
ラットルアさんとシファルさんは、私の護衛。
昨日は、お父さんとヌーガさんだった。
大丈夫だと思ったけど、教会の残党が残っている可能性がある為、まだ安心はできないそうだ。
ドーン……ドーン……ドーン。
何度も板や岩。
よく分からない道具を運び足や腕が疲れて限界を感じは始める頃、村に鐘の音が響いた。
「終わったね」
鐘の音が3回なったら、今日の作業は終了。
「疲れた~」
ラットルアさんの言葉に、頷く。
今は、重い物は何も持ちたくない。
「単純作業だけど、結構体にくるな」
確かに作業は簡単。
木や岩を加工している場所から、必要な場所に持って行くだけ。
これの繰り返し。
時々、必要な道具を探したり、それを運んだり。
本当にそれだけなんだけど、村の中を何往復もするためかなり疲れる。
村の人達に声を掛けながら、宿に向かう。
「ただいま」
宿に入ると、いい匂いがしてくる。
その瞬間、お腹が鳴った。
「あっ」
「それは、仕方ない。今日も頑張ったから」
そうかもしれないけど、私のお腹は正直すぎる。
と言っても、今日の作業で全身が汚れているのでまずはお風呂が先だ。
お風呂に入っている間に、森に行っていたお父さん達が戻って来ていた。
「おかえり?」
お父さん達の様子が、少し違った。
なんだか、暗い?
「あぁ、ただいま。体は大丈夫か?」
「うん。多少は疲れているけど、ゆっくり寝れば問題ないよ」
あれ?
ジナルさんとセイゼルクさん。
それにフィーシェさんが戻って来ていない。
「何かあったの?」
私の言葉に、つらそうな表情をしたお父さん。
「うん。少しな」
言葉を濁すお父さんを見る。
その表情は、何かを抑え込んでいるように見える。
一緒に森に行っていたヌーガさんを見ると、同じような表情をしていた。
「お父さん」
何があったのか気になったので、お父さんを呼ぶ。
でも、途中で続ける言葉を変えた。
「お風呂に入って来たら? 温かいから気持ちがいいよ」
なんとなく、私には知られたく無いのではと思った。
ただの勘だけど。
「お風呂か」
「うん」
お父さんの背を押す。
「いってらっしゃい。ほら、ヌーガさんも」
傍にいるヌーガさんにも、お風呂を勧める。
その行動に、少し驚いた表情をしたヌーガさんは、ポンと私の頭を撫でるとお風呂に向かった。
少しでも、気持ちが落ち着くといいけれど。
部屋に戻って、ソラ達にポーションを用意する。
「シエルは大丈夫かな?」
ジナルさんと一緒にいるシエルは、まだ戻って来ていない。
何があったのか少し不安になるけど、きっと大丈夫。
カチャッ。
部屋に入って来たお父さんを見る。
少しは落ち着いたみたい。
「もう少しで夕飯だって」
私の言葉に、嬉しそうに笑うお父さん。
「それは良かった。今日は昼抜きだったんだ」
「えっ!」
どうして?
今日も森に、お昼を運んでいたよね?
「そうなんだ。少し早いけど食堂に行こうか」
私の言葉に、ソラ達を見ていたお父さんが頷く。
「そうだな。すぐに行こう」
さっと扉の鍵を持つと、部屋を出て行くお父さん。
かなりお腹が空いているのかな?
 




