番外編 守る者8
―ドルイド視点―
体の汚れを落とし湯船に浸かり目を閉じる。
正直かなり疲れているため、このまま寝てしまいたい。
話は明日では駄目なのだろうか?
もう本当に、このまま部屋に戻って寝たい。
お風呂に入る前のアイビーを思い出して、小さく息を吐き出す。
目を開け、壁に視線を向ける。
壁の向こうでは、アイビーがお風呂に入っているはずだ。
「大丈夫かな」
トロンが亡くなったと分かった時のアイビーを思い出す。
一瞬で真っ青になったアイビーは「私が」と呟いていた。
きっとアイビーは、自分が捕まったせいでトロンが亡くなったと考えてしまったのだろう。
でも、それは違う。
だからすぐに、アイビーに「違う」と伝えた。
でも、彼女の様子から俺の言葉が届いていないことが分かった。
だから、抱きしめた。
それしか出来なかった。
「大丈夫か?」
ジナルの声に視線を向ける。
「あぁ、大丈夫だ」
「何があった? アイビーの様子もおかしいし」
「それは……」
アイビーの様子がおかしいのは、トロンを失った悲しみやつらさを胸の中に抑え込だからだ。
つらい、悲しいと、助けが遅かった俺を責めてくれた方が、良かった。
「トロンが亡くなったんだ」
そう言えば、ジナルはトロンの事を知っていたかな?
……駄目だ。
疲れているせいなのか、思い出せない。
「そうか」
ジナルの言葉に目を閉じる。
アイビーは気付いていなかったな。
シエル達と合流した時、あの子達がアイビーのポケットに視線を向けた事も。
それからずっとアイビーの様子を心配そうに窺っていた事も。
「どうすればいいかな?」
俺の言葉に、ジナルだけでなくラットルア達も俺に視線を向けたのが分かった。
「悲しみやつらさを、無理矢理に抑え込んでしまった」
もしかしたら、自分のせいだと思って悲しめないのだろうか?
それなら、ちゃんと否定したい。
でも俺が「違う」と言っても、きっとアイビーの心には届かないだろう。
逆に、気を遣わせてしまったと、もっと自分を追い詰めるかもしれない。
本当に、俺はどうすればいいんだ?
「一生懸命、いつも通りにしていたよな」
ラットルアの言葉に、宿に来るまでのアイビーを思い出す。
本当に、いつも通りのアイビーに見せていた。
顔色が悪い事も、笑った表情が強張っている事にも気付いていないようだった。
「まだ、10歳なんだよな」
「あぁ」
フィーシェの言葉に、力なく返事を返す。
そうだ。
アイビーはまだ10歳の子供なんだ。
「ジナル。話は明日でもいいか?」
今日はもう、アイビーを休ませたい。
話なら明日でもいいはずだ。
「そうだな、俺達も今日は色々あって疲れた。話は明日にしよう」
俺の気持ちを分かってくれたのだろう。
それに感謝して、これからどうするか考える。
アイビーの事だから、シエル達にトロンの最期を伝えるだろう。
大丈夫だろうか?
「ドルイド。アイビーは大丈夫だ」
フィーシェの言葉に、ほんの少しイラっとした。
そんな根拠のない言葉はいらない。
「あぁ、悪い。軽い気持ちで言ったわけでは無いんだ。アイビーにはドルイドもいるし、シエル達もいる。だから大丈夫だと言ったんだ」
表情に不満が出ていたかな?
それに俺がいるから?
「俺は役に立っていないよ」
シエル達はどうかな?
……分からない。
「無理に何かする事はない。傍にいるだけでいいんだ」
ジナルは子育てをした事があるから、信じていいかもしれないけど。
でも、本当に傍にいるだけで良いのか?
「つらい時に、誰かが傍にいたお陰で落ち着いた経験はないか?」
あるな。
師匠やゴトスがいてくれたから、俺は最悪な道を選ばずに済んだ。
そうか。
傍にいるだけで良いのか。
「こういう時は、焦らずゆっくりだ」
ジナルの言葉に頷く。
「分かった」
少し焦っていたかもしれない。
アイビーに早く元に戻って欲しくて。
あぁ、もしかしたら俺は最低かも。
俺は無理をしているアイビーを見るのがつらかったんだ。
だから焦ったのかもしれない。
今は俺の気持ちはどうでもいい。
アイビーの気持ちを優先しないと。
「父親としてまだまだだな」
「ドルイドも、無理はするなよ」
「大じょ、う……」
無理?
しているつもりは無いけど。
どうだろう?
ジナルを見る。
「アイビーだけじゃなく、お前も酷い顔色だ」
そうなのか?
気付かなかったな。
「今日は本当に色々な事があった。そして衝撃的な事もな」
魔法陣に襲って来た魔物。
それに結界に、木の魔物に狂ったサーペント達。
あとは、味方になってくれたサーペントに、アイビーの誘拐。
「ふっ。そうだな。酷い1日だった」
本当に、こんな最悪な日はもう2度とごめんだ。
「あぁ、本当に酷い1日だったよ。あっそうだ。ドルイドにお礼を言っておくよ」
フィーシェの言葉に、視線を向ける。
なぜか湯船から足を出して笑っている。
なんだ?
「俺の足が今ここにあるのは、ドルイドがポーションを置いて行ったからだ。助かった、ありがとう」
「えっ?」
足がここにある?
フィーシェが、先ほどまで血まみれのズボンを穿いていた事を思い出す。
「魔物にやられたのか?」
大怪我だとは思ったけど、
「あぁ、あと少しで足を引き千切られるところだった。いや、あの出血だから死んでいたかな」
だからあんな姿だったのか。
「ありがとう」
「あぁ。あれはソラとフレムのポーションなんだ。だからお礼なら、あの子達に言ってくれ」
俺の言葉に、フィーシェが頷く。
「分かった。あの子達にも言っておくよ。でもあの時、ポーションを俺達に預けて行ったのはドルイドだ」
フィーシェの言葉に、笑みが浮かぶ。
迷ったけど、マジックボックスを開けて行って良かった。
湯船を出て服を着ると、脱衣所を出る。
廊下に出て左を見ると、シエル達が心配そうに俺を見ていた。
「なんだ。俺もアイビーの事を言えなかったな」
どうやら俺も、シエル達に心配を掛けていたみたいだ。
気付かせてくれたジナルに感謝しないとな。
「皆、ありがとう。もう大丈夫だ」
シエル達に近付いてお礼を言うと、みんなの雰囲気が安心したものに変わった。
こんなに分かりやすいのに、気付いていなかったなんて。
……情けない。
手で顔を覆う俺を、シエルが覗きこんでくる。
「お父さん?」
脱衣所を出てきたアイビーを見る。
その腕の中にはソラがいる。
「遅くなってごめん。皆はもう、集まっているの?」
「大丈夫。話をするのは明日になったから」
「えっ? どうして?」
不安そうな表情をするアイビー。
よく見ると、目元が少し赤くなっている。
泣いたのか?
「皆、疲れているから休もうという事になったんだ」
「そうなの?」
「あぁ。本当に大変な1日だったから、ジナル達はすぐに寝たいそうだ。フィーシェなんて、魔物に足をやられて死にそうになったそうだ」
「えっ? でも、いつもと……」
「お礼を言われたよ。ソラのポーションをありがとうって」
「ぷっぷぷ~」
アイビーの腕の中で嬉しそうに鳴くソラ。
その鳴き声に、アイビーが優し気に笑う。
あれ?
少しだけど、落ち着いた?
ソラを見ると、ソラが俺を見てプルプルと震えた。
そうか、ソラがアイビーと一緒にいてくれたのか。
「部屋に戻ろうか」
「うん。皆に話があるの。あっ、お父さんは先に寝てくれてもいいよ」
「いや、一緒に話をしよう」
ソラがピョンとアイビーの腕の中から飛び出すと、部屋に向かって先に行く。
それを見てアイビーが小さく笑う。
「行こうか」
「そうだね」
申し訳ありません、次の更新はお休みします。
次回は5月25日の予定です。
宜しくお願いいたします。
ほのぼのる500




