787話 記憶
「師匠?」
お父さんの驚いた声に、師匠さんが楽しそうな表情を見せる。
「久しぶりだな。それより、満足したのか?」
師匠さんが指したのは、地面に転がっている敵達。
それを見たお父さんが肩を竦める。
「いえ、全く」
えっ?
お父さんの言葉に驚いた表情をすると、笑われた。
「大切な娘が連れ去られたんだ。これぐらいで、満足するわけがないだろう?」
これぐらい?
倒れている彼等の様子を見る限り、なんとか生きている状態なんだけど。
「あれ? もしかして、モンズさんですか?」
シファルさんが、敵を地面に放り投げると頭を下げてこちらに来る。
放り投げられた敵は、サーペントさんが転がして一ヶ所に集めている。
なんというか……扱いが雑だ。
「あぁ、『炎の剣』のシファルだな。久しぶりだな」
あれ?
知り合いなのかな?
「お久しぶりです。まさか、ここでお会いするとは思いませんでした」
シファルさんが本当に嬉しそうに笑うので、少し驚いてしまう。
シファルさんにとって師匠さんはどういう存在なんだろう?
気になるな。
「それより、どうしてここに?」
お父さんの言葉に、先ほど聞いた説明をもう一度する師匠さん。
お父さんは「ある人か」と小さく呟くと頷いた。
そう言えば、お父さんがここにいるという事は、皆もいるんだろうか?
周りを見回すけど、シエルの姿もソラの姿も無い。
「アイビー、どうした?」
「ソラ達は何処にいるか分かる?」
私の言葉に、ハッとするお父さん。
それに首を傾げる。
「悪い。マーチュ村で見たのが最後だ。ここには、来ていないと思う」
「えっ」
そうなんだ。
あんな状態だもんね、仕方ない。
「分かった。きっとシエルが、ソラ達を守ってくれているよね?」
「そうだな」
だから大丈夫。
ドーーーーン。
「うわっ」
大きな物が倒れる音に驚いて、咄嗟にお父さんの服を掴む。
お父さんも私をギュッと抱きしめてくれた。
「なんだ? あっ、木の魔物が……」
ラットルアさんの言葉に、後ろを振り返る。
真っ黒になった木の魔物がいた場所を見るが、そこに姿は無かった。
「そうだアイビー、怪我は? 何かされたりしていないか?」
お父さんが私を少し引き離すと全身を確認した。
それに笑って頷く。
「大丈夫。腕輪に刻まれた魔法陣なのかな? 少し操られたけどソルが助けてくれたの」
「ぺふっ」
私の言葉に合わせて鳴くソル。
その姿が可愛くて頭をそっと撫でる。
「操られていたなんて……。はぁ、今は大丈夫なんだな?」
「うん」
私の返事に、ホッとした様子のお父さん。
「そういえば、ここにいるのか? 教会の化け物と呼ばれる奴は」
師匠さんの言葉に、フードを被った人の事を思い出す。
「教会にいた人がそうだと思います。あの、本当に人とは違う姿でした」
今思い出しても、恐ろしい姿だった。
あれは絶対に人では無いと思う。
「どういう事だ? 教会の化け物とは呼ばれているが、人だったはずだけど」
お父さんの言葉に首を横に振る。
「体の一部が魔物みたいだったよ」
私の言葉に、首を傾げるお父さん達。
もしかして、見間違い?
……いや、あれは見間違いじゃない。
確かに、魔物みたいな皮膚だったし腕もおかしかった。
「まぁ、教会に行けば分かるだろう。行こうか」
「うん」
師匠さんの言葉で、サーペントさんに乗って教会に行く。
「ここに来た木の魔物は、1体では無かったんだな」
ラットルアさんの指す方を見ると、黒くなって動きを止めた木の魔物の姿が数体見えた。
「どうして木の魔物は、死ぬと分かっているのに魔法陣を無効化してくれるんだろう?」
木の魔物を見てずっと不思議に思っていた。
どうしてそんな事をするのか。
「昔からだそうだ」
「えっ?」
師匠さんを見ると、静かに木の魔物を見ていた。
「師匠さんは、何か知っているんですか?」
「いや、詳しくはない。ただ、師匠から聞いた事がある。木の魔物は遥か昔から、魔法陣を消すために彷徨っていると」
消す?
無効化ではなく?
それに彷徨っている?
「消すという事は、今とは違う方法で無効化しているのかな?」
シファルさんの言葉に、師匠さんが首を横に振る。
「木の魔物は、魔法陣の1ヶ所の文字を消して無効化しているんだ。その事から昔は『消す』と言われたんだ。と言っても、この事を知っている冒険者はほとんどいなかったけどな」
今も知らない人が多いと思う。
でも今日からは、違う。
多くの人が、木の魔物が魔法陣を無効化する事を知ったから。
「師匠の師匠さんは、どうして知っていたんですか?」
お父さんの言葉に師匠さんを見る。
「師匠の知り合いに、木の魔物について詳しい人がいたんだ」
師匠さんの、師匠さんの知り合い。
ややこしい。
「冒険者でもないのに魔物の事に詳しいのが珍しくて、若い頃はその人の後を付いて回った事があったな」
師匠さんにも、若い頃があったんだよね。
なんだか……全く想像が出来ないけど。
「それは、相手が可哀そうですね」
お父さんの言葉に師匠さんが笑う。
「いや、あの人はそんなやわでは無い。というか、付いて回る俺に『あれを買ってこい』とか『追われているから、追い払って来い』とか色々使われたよ」
凄い、師匠さんを使う人がいるなんて。
「師匠も、面倒事を押し付けられたりしていたんだな」
「強者だ」
お父さんが驚いた表情をしている。
それはそうだろうな。
あの師匠さんが使われる側なんだから。
「俺も知っている人ですか?」
お父さんの言葉に、師匠さんは首を横に振る。
「いや、ドルイドと会う5年ぐらい前に亡くなったよ。教会の連中に狙われてな」
「「「「えっ」」」」
まさかここで教会の事が出るとは思わなかった。
お父さん達も同じ思いなのか、かなり驚いている。
「あの人は、過去視の力があったみたいなんだ」
過去視?
未来視とは逆で、過去を見る事が出来たの?
「その力が教会の連中にバレて、連れて行かれそうになったんだ。あの人は、魔法が全く使えなかったから逃げられなかった。でもなぜか、その時だけ魔法が使えたんだよな」
師匠さんが、不思議そうな表情を見せる。
「どういう事ですか?」
師匠さんが私を見る。
「それまであの人が、魔法を使ったところは見た事が無かったんだ。話を聞いても、魔力が少なく使えないと言っていた。なのに、教会の連中を炎で包み込んで死んだ。その炎を間違いなく魔法で生み出された物だ。威力が凄かったからな」
おかしいな。
威力が強い炎が出せるなら、道連れにしなくても敵は倒せたはず。
何か逃げられない理由でもあったのかな?
「師匠。その人が、過去視が出来るといつ知ったんですか?」
「亡くなった後だ。あの人の家の整理をしている時に、分厚い本を見つけたんだ」
分厚い本?
もしかして占い師から貰った本みたいな物かな?
「でも中は本とは違って、あの人が見た過去を書き込んだ物だった。それであの人が過去を見る事が出来る力を持っている事を知ったんだ。それには、過去にあった悲惨な出来事が書かれてあったよ。あと木の魔物の事も」
「そうだったんですか。木の魔物について教えてもらえなかったのは、どうしてですか?」
「……忘れていた。いや、『見た記憶を封じられた』だな」
師匠さんの不穏な言葉に、お父さんの眉間に皺が寄る。
「書かれた過去を全て読んだ瞬間に、きっと魔法陣が発動したんだろう。さっき、木の魔物が黒くなっていくのを見て、あの人の事を思い出したんだ。名前までは思い出せないんだけどな」
記憶を封じた。
なんで?
過去の話を広めないため?
「どうしてそんな事を?」
シファルさんの言葉に、師匠さんが小さく笑う。
「同じ力を持つ者を守るためだろう。あれには、各地にいる過去視の力を持つ者の事が書かれていた。あと未来視の力を持つ者の事も」
未来視の事も?
守るためか。




