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番外編 最後の時

―オードグズ国 国王視点―


フードを深くかぶり、王城の隠し扉から外に出る。

護衛は1人。

こんな身軽な状態で、王城を出たのは久しぶりだ。

いや、今までにはなかったかもしれない。

小さい時の記憶は昔過ぎて、もう思い出す事も無い。


王都の大通りを歩いていると、冒険者達が慌てた様子で門へ向かう姿が見えた。

傍に立つ護衛を見ると、彼はすぐに行動してくれた。

しばらく待っていれば、何が起こったのか調べてくれるだろう。


王都の大通りに設置されている椅子に座り、護衛を待つ。

数分後、護衛は戻ると調べて来た事を教えてくれた。


「魔物が暴れ出した?」


「はい。どうやら、マーチュ村周辺で大量の魔物が暴れたため、周辺の森に住む魔物が反応したようです」


一瞬、奴らの作戦が成功したのかとヒヤリとしたが、違うようだ。

それにホッとして、冒険者達が走っていた門の方へと視線を向ける。


「奴らの作戦は、防げたんだよな?」


「はい。それは、『大丈夫だ』と組織より報告が来ています」


「良かった」と言いそうになったが、口を閉じる。

安心するには、被害が大きすぎる。

いったいどれだけの民が、被害にあったのか。

そして今も、王都を守るためにマーチュ村周辺では冒険者や村民達が戦っている。


「行こうか」


王城を背に歩き出す。


「はい」


彼が外に出た今が「終わらせる時」だ。

しばらく大通りを歩き、目印の店を左に曲がる。

そこから4番目の曲がり角を右に曲がって、そのまま目的地まで真っすぐ。

大通りから離れたからか、人の気配がどんどん減っていく。

そして、


「ここか」


1件の家の前で足を止めた。

人が住んでいるようには見えない、朽ちかけの家。


何気に空を見上げると、青空に白い月が浮かんでいた。


「月か。綺麗だな」


ポケットに手を入れて、魔石を握る。

あの人は、もう姿を維持するだけの力が無かった。

でも、最後まで見届けたいだろうと、あの人の最後の力を魔石に籠めて連れて来た。

あの人がやり残した、最後の仕事。


ギィ。


建物の扉を開けると、不気味な音がした。

ゆっくり建物内を歩く。


ギキィ、ギキィ、ギキィ。


歩くたびに不快な音を出す廊下に、小さく笑ってしまう。

彼の最後の場所が、こんな所だとは。


「あっ」


視線の先には、フォロンダがいた。

まさか、彼がここに来るとは思わなかったので驚いた。


「奴は、こちらです」


ある扉を開けながら、頭を下げるフォロンダ。

彼には本当に苦労を掛けた。


あの人に力が補充出来ない事を知り、自分もあと少しの命なのだと分かった。

それなのに、彼の居場所すらつかめていない状態。

正直焦っていた。

だから、フォロンダに賭ける事にした。

自分がいなくなった後、もし彼が残った場合はフォロンダに任せようと。


それまで誰にも話さなかった事を全て彼に話した。

最初は戸惑っていたが、あの人と話をして、理解し協力してくれた。

ただそのせいで王都に拘束される時間が長くなり、オトルワ町に戻れなかったのは申し訳なかった。


「ありがとう。これまで色々と迷惑を掛けた」


「いえ。最後まで見届けます」


フォロンダの言葉に頷くと、部屋に入る。

部屋の中は異臭がした。

そして部屋の隅に、ずっと探していた彼がいた。

ただその姿は、周りが言うようにまるで「化け物」だった。


「彼のあの姿は?」


「寿命を延ばすために、魔物と取り込む研究をしていました。おそらく試したのでしょう」


部屋の隅からこちらを睨みつけている彼の姿は、顔半分が黒く変色していた。

髪は抜け落ち、頭の右側は魔物のような硬い凸凹した皮膚になっていた。

袖から見える腕も何かおかしい。


「あと、すこしだったのに」


彼が言葉を発すると、異臭が濃くなった。

それに顔が歪む。


「もう、終わりにしましょう。ティミゥリア王子」


彼はティミゥリアの名に、目を見開く。


あの人が知るティミゥリア王子は、本当に最悪な人生だった。

生まれた時から、自分の父親に体を奪われることが決まっていた。

そのせいで、幼い頃からずっと魔力を溜める器を大きくする実験が繰り返されて来た。

失敗して体の一部が損失しても魔法陣で元に戻され、また実験が繰り返される。

そんな人生。

彼もまた、被害者だった。


「そうか、俺はそんな名前だったな。誰も呼ばないから……忘れていたな」


腰に差していた剣を抜く。

この剣には、あの人の力を籠めた魔石がはまっている。

今度こそ、この世界を破壊する事が出来る魔法陣を知っている最後の者を殺す。


「魔法陣を完全に消す事は、もう不可能だぞ」


「そうだな」


それだけは心配だ。

きっと、魔法陣を使おうとする者は現れるだろう。

それだけ魅力的に見えるのだ、あれは。


「この国を守っている、仲間達を信じるよ」


無効化の魔法陣はぎりぎり保たれたから、最悪な事態は避けられるはずだ。

ただ、生贄を使う魔法陣は残るが。


「なぜ、魔法陣に固執したんだ?」


不思議そうな表情をするティミゥリア王子。


「……なぜだろうな? たぶん、幸せになりたかったんだ」


「そうか」


ティミゥリア王子の前に立つと、彼と視線が合う。

先ほどまで感じていた殺気は、消えている。

剣を振り上げると、そのまま彼の首を落とした。


床に転がる頭を見る。

呆気無いものだな。

沢山の被害者を生んだ元凶の最後なのに。


「終わりましたね」


フォロンダの言葉に、手から剣が滑り落ちる。

あぁ、終わった。

あの人の役目も、俺の役目も。


あの人に助けられた日。

俺は、あの人のせいで人では無くなった。

老いる事のない体に、何度絶望した事か。

その絶望からようやく解放される。


ピシッ。


ポケットから小さな音が聞こえた。

中から魔石を取り出すと、魔石にヒビが入っていた。

魔石を持つ手に視線を向け、笑みが浮かぶ。


ゆっくりと部屋から出る。

そのまま少し歩き、庭らしき場所に出た。


風が吹く。

冬とは違う、ほんの少し温かい風。

目を閉じて、その風を感じる。


「もうすぐ春ですね」


「あぁ、春だな」


初めて聞く自分の声に、少し驚く。


「あ~、あ~」


そうか、老いたらこんな声になるのか。

両手を見る。

どんどん老いていく体に、楽しくなる。


「ふふっ。面白いものだ、な」


体から力が抜けて行く。

倒れる寸前、誰かに受け止められた。

フォロンダだろうか?

それとも護衛かな?

残念ながら、もう目が見えないから確かめられないな。


「あり、が、とう」


あぁ、もう声も出ないのか。

最後まで一緒にいてくれて、ありがとう。



―フォロンダ視点―


倒れた王を受け止め、護衛が広げたマントの上に寝かせる。


「あり、が……」


手をギュッと握り、王に声を掛ける。


「お疲れ様でした。どうかゆっくりとお休みください」


握っていた手がクシャっと崩れた。

見ると、手からパラパラと王だった物が地面に落ちて行った。


ギュッと手を握る。

王から話は聞いていた。

王に力を与えていた者の力が衰え、おそらく死は近いと。

そして、王の身は何も残らないとも。

だから、こうなる事は理解していた。

でも、悲しいものだな。


「フォロンダ領主」


ガリットの声に視線を向ける。


「周辺にいた敵は全て確保。逃げた者もいますが、すぐに捕まるでしょう」


「分かった。ダラグ」


「はい」


傍にいた、王の護衛に視線を向ける。


「第1王子とその両親、第2王子と父親を確保」


第2王子の母親は、第1王子の父親に毒殺されているからいない。


「了解」


スッと視線をダラグから横に逸らすと、彼の部下の姿が見えた。


「王子達の協力者や、犯罪を揉み消してもらった者達のリストは持っているか?」


「はい」


「では、そのリストに載っている者達も確保するように」


「分かりました」


騎士達が動き出したのを確認して、ガリットに視線を向ける。


「あの子は?」


アイビー達は無事だろうか?

マーチュ村に送った仲間からの連絡も途絶えている。


「まだ連絡がない。どうやら何かあったみたいだ」


「そうか」


不安だが、今はやるべき事をしなければならない。

今日中に王家の膿を全て出し切り、次の王を迎える準備をしなければ。


「行こうか」


「はい」


目の前の地面に広がっている服をたたみ、持つ。

本当に何も残らないのだな。


庭から部屋に戻ると、既に教会の化け物は回収されていた。

彼の亡骸は、すぐに燃やされることが決まっている。

小さく息を吐き出す。


「まだまだやる事が多いな」


「頑張って下さい」


「手伝ってくれてもいいぞ」


「俺はただの護衛なので」


書類整理が出来るのを知っている。

よしっ、手伝わせよう。


「いやな予感がする」


ガリットの言葉に笑みが浮かぶ。


「行くぞ」


部屋から出る時、庭へと視線を向ける。

ずっと1人で戦って来た王の最後に、間に合ってよかった。

ギュッと持っている服を握る。


「さようなら」


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― 新着の感想 ―
519話の話がここに繋がるんですね。 協会で暗殺者から幽霊に助けられた王太子も、魔法陣を生み出してしまった一族最後の生き残りであり、魔法陣がこの世界から消えるのを見届けるはずだったあの人も、やっと永い…
!?い、いつの間に捕まえたよ!?ラスボスさん!?
王目線でのストーリーのほうで… 王が城を出る時、テイミゥリア王子を語る時、フォロンダ領主が現れた時、それぞれを「彼」と表わされている場面があるので、読んでいって、「彼」が登場人物の誰を指しているのか…
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