785話 過去?
「おい、付いてこい」
「はい」
あれ?
男の人とフードを被った人が、どこかに行くみたい。
私の事を諦めてくれるなんて事は……無いよね。
となると、私を守ってくれているこの暗闇を排除する物を持って来るのかもしれない。
「よしっ」
このままジッとしているのは危険だ。
逃げる方法を考えよう。
でもどうすれば?
……あっ、そうだ!
石から左手をそっと外す。
守ってくれている暗闇を見る。
良かった、そのままだ。
「あれ? 真っ暗なのに手は見えるし、ソルも見える」
「ぺふっ」
「不思議な空間だね」
「ぺふっ」
ソルがいてくれてよかった。
仲間が一緒だと、頑張ろうと思えるからね。
「ソル、頑張るね」
私の言葉に体を傾けるソル。
それに小さく笑って、左のポケットから魔石を取り出す。
「お父さん、ありがとう」
この魔石は、お父さんから「もしもの時」にと渡された物だ。
「でも、誰を複写しようかな?」
お父さんになったとしても、お父さんの強さを手に入れられるわけでは無い。
それに複写が出来る時間は2分から3分。
逃げる事だけを考えた方がいいよね。
「逃げるとなると、サーペントさんか木の魔物かな?」
魔石に残っている赤い線は2本。
お父さんが「人以外も複写が出来る」と言っていたから大丈夫のはず。
どっちがいいだろう?
サーペントさんも木の魔物も、どちらも驚かせる事は出来るはず。
だから、逃げる時間は稼げる。
「こっちに持ってこい」
戻って来た!
「はい。これでいいですか? 使い方はどうすればいいでしょうか?」
やっぱり、何かするつもりだ。
急がないと!
「大きくなった方が驚くよね」
大きいのは、木の魔物だ!
さっき、私達を助けてくれた木の魔物を思い出す。
手に持っていた魔石が、どんどん熱くなっていくのが分かる。
その熱さに少し不安になる。
「お願い、木の魔物になって!」
何かが体の中を通りぬけた感覚に襲われる。
何?
成功したの?
それとも失敗したの?
『駄目!』
えっ?
今、女性の声が聞こえたような気がする。
「うわっ」
くいっ。
体が後ろに引っ張られる感覚に声が漏れる。
そして、パッと明るい場所に出た。
「えっ! どこ、ここ!」
周りを見回して首を傾げる。
どうして、部屋みたいな広い空間にいるの?
「教会では無いよね? もしかして……」
木の魔物になったのかと、体を確かめるが私のまま。
どうやら、複写は失敗してしまったみたいだ。
でも、失敗したのは残念だけど、この場所にいるのはどうしてだろう?
「というか、ここはどこ?」
『お願いします』
何?
声のした方を見下ろすと、女性が泣き叫んでいるのが見えた。
『お願いします。この子達を戦争に使わないで!』
懇願している女性の傍には、見た事が無い生き物たちの姿があった。
あれは?
動物? 魔物?
どの子も見た事が無い。
『うるさい、命令に従え!』
「きゃっ!」
男性が女性を蹴りあげる姿に目を瞑る。
そっと目を開けると、女性が男性に何度も首を振っているのが見えた。
『いやです、お願いします』
『とっとと命令に従え! 家族が死んでもいいのか? お前のせいで、父親や母親、それに弟や妹も死ぬんだ。お前が殺すんだ!』
男性が女性を蹴りながら叫ぶ姿に、唖然とする。
なに、しているの?
『あぁ、どうしてこんな力を。どうして……』
男性に髪を掴まれ生き物の傍に引きずられた女性は、泣いている。
それでも男性は、女性を何度も蹴った。
あまりの酷い行為に手を伸ばすが、なにかに阻まれた。
「なに?」
『ごめんね』
女性が悲しげな表情で、生き物たちに手を伸ばすと光に包まれた。
そして女性は、生き物たちに男性に従うよう命令した。
『ごめん、ごめんさい』
男性はそんな女性を見て、笑い始める。
なんて奴!
『命令にはすぐに従え。次、反抗的だったら妹を目の前で切り刻んでやるからな』
『……ごめんなさい。ちゃんとやります』
女性が虚ろな目で男性を見る。
『おい、化け物が手に入ったぞ』
別の男性が来ると、何かを引きずって来た。
『これは、面白いな。おい、次はこいつらを手懐けろ。向こうに送って暴れ回るようにな!』
女性の前に連れて来られた生き物を見て、息を飲んだ。
あれはサーペントと木の魔物だ。
『…………』
『おい、返事は!』
新しく来た男性が女性を殴ると、女性は微かに返事を返した。
それを満足そうに見る男性2人に、吐き気がする。
「最悪な屑だ」
ドンと、見えない壁を手でたたく。
どうして、私の手は届かないの?
それに、私は空中に浮いている。
「どうなってるの?」
不思議で怖い場所。
そう言えば、戦争と言ったよね?
それって過去にあった戦争の事?
ここは、過去?
「うわっ」
くいっ。
また何かに引っ張られる感覚に、目を瞑る。
「止まった?」
目を開けると、森が見えた。
どうやら次の場所は、外みたい。
『逃げたぞ~! 追え~!』
男性達の声に、視線を向けると武器を持った5人の男性が走っているのが見えた。
彼等の行く先を見ると、部屋の中で見た女性がいた
でも、先ほどの女性より顔付きが大人っぽくなっている。
成長したのだろうか?
『急いで!』
女性の方へ勝手に体が移動すると、彼女の周りに木の魔物達やサーペント達がいるのが見えた。
「増えてる」
『走って!』
女性の言葉に、木の魔物達とサーペント達が速度を上げ女性の前を走る。
『このまま、逃げて! そして戻って来ては駄目!』
女性の言葉に、木の魔物達もサーペント達も振り返る。
『お願い、次はあなた達が殺される。もう戦争に、あなた達を送りたくないの。だから、何があっても、絶対に戻って来ては駄目! そして、人がいない場所まで仲間を連れて逃げるの! 行って!』
『ぎゃっ』
『クククッ』
戸惑った様子の木の魔物達とサーペント達。
『いたぞ』
あっ、追っ手が来た!
『これは命令です。逃げろ! 戻って来るな!』
女性が強い口調で命令すると、木の魔物達もサーペント達も女性を置いて走りだした。
でも、何度も振り返っているのが見えた。
それに、小さな鳴き声も聞こえる。
『くっそが~』
男性達が容赦なく女性が殴る。
でも女性は、森の奥を見るとふっと笑みを浮かべた。
そして、女性を中心に男性たちを巻き込んで火が舞い上がった。
『ぎゃっ』
『クククッ』
涙が溢れた。
こんな事が、本当にあったの?
「っつ」
くいっ。
また、何かに引っ張られた。
目を瞑り、止まるのを待つ。
「今度は何?」
また部屋の中にいた。
その部屋にいたのは、私より少し上の男の子。
そして、木の棒を持った男性。
男性は、男の子の前に来ると木の棒で殴る仕草をする。
『ひっ』
『出来たか』
男性の言葉に、何度も頷く男の子。
そして、床に置いてあった紙を男性に渡した。
紙を見ると、魔法陣が描かれていた。
『妹を連れて来てやろう』
男性が部屋から出ると、女の子が部屋に入ってくる。
その姿は、男の子とよく似ている。
『お兄ちゃん』
『ミア』
くいっ。
体が引っ張られる。
えっ、もう?
「あれ? さっきの部屋だよね?」
部屋の中には、男の子と似た男性がいた。
もしかして、さっきの「お兄ちゃん」だろうか?
その男性は、手の中に小さな何かを持っている。
そっと近付くと、小さな木の魔物がいた。
『もう少し待ってくれ。ちゃんと外に出してやるから』
彼は、木の魔物を逃がそうとしているみたい。
男性はスッと部屋の扉を見ると、木の魔物を棚の後ろに隠した。
『ジッとして』
バタン。
男性に似た女性が嫌な笑みを浮かべる男性に引っ張られて入ってくると、突き飛ばされた。
床に倒れる女性に、男性が駆け寄る。
男性に似ている女性は、妹のミアちゃん?
『出来ているか?』
『はい』
男性に、紙が渡される。
きっと、魔法陣が描かれている紙だ。
『少なくないか?』
『すみません』
男性が謝ると、苛立った表情の男性がミアさんを蹴った。
それを守るように男性が動く。
『しっかりしろよ、お兄ちゃん。妹の為にもな』
やっぱり、お兄ちゃんとミアちゃんだ。
『……はい』
男性が部屋から出ると、ミアちゃん。
2人とも20代ぐらいだから、お兄さんとミアさんかな。
そのミアさんが顔を上げる。
そしてお兄さんに向かって悲し気に笑った。
『もう、皆いなかった』
『やっぱり』
『うん』
『行こうか』
お兄さんが床に魔法陣を書き始める。
見た事が無い、かなり複雑な魔法陣。
お兄さんは魔法陣を書きあげると、木の魔物を抱き上げミアさんと魔法陣の中心に立った。
魔法陣が光だすと、部屋の外が慌ただしくなる。
部屋の扉が開いた音と同時に、体がまた引っ張られた。
くいっ。
目を開ける。
お兄さんとミアさん、そして少し成長した木の魔物の姿があった。
『どっち?』
『ん~、右だと思う』
2人は、地図を見ながらどこかに向かっているのが分かった。
さっきまでとは違い、周りに誰もいない事にホッとする。
『ぎゃっ』
『大丈夫。きっと、君の家族を見つけるから』
木の魔物を、仲間の所に連れて行こうとしているのか。
『お兄ちゃん。これ』
ミアさんの視線の先を追うと、地面に描かれた魔法陣が見えた。
お兄さんはそれを見て悲しそうに頷くと、魔法陣の文字に手を置いた。
「発動させるのかな?」
魔法陣は、発動させる人を狂わせるのに。
ぐっと手を握ってお兄さんの様子を見る。
「あれ?」
お兄さんが手の乗せた文字が、薄れていく。
そして文字が完全に消えると、魔法陣も消えた。
「もしかして魔法陣を無効化したの?」
凄い、今の方法を――。
『ごほっ』
えっ?
お兄さんが大量に血を吐くと、ミアさんがすぐに背を撫でて水を渡した。
『大丈夫だ』
『……うん。ごめんね。こんな方法しか思いつかなくて』
ミアさんの言葉に、お兄さんは笑って頭を撫でる。
『ぎゃっ』
『お前も心配してくれるのか? 大丈夫。ミアも気にするな』
『お兄ちゃん』
『まだ、大丈夫だ。俺たち家族が作ってしまったあれは、この世界にあったら駄目なんだ。だから1つでも多く消さないと』
『うん。そうだね』
魔法陣を作ったのは、この子達の家族?
『あれは、お婆ちゃんや子供達を守るための物だったのに』
『うん』
ミアさんのつぶやきに、お兄さんが悲しそうな表情になった。
くいっ。
今度は何を見せたいんだろう?
『くそっ』
あれ?
お兄さんだけだ。
ミアさんは? 木の魔物は?
くいっ。
また!
『ぎゃっ! ぎゃっ!』
木の魔物の鳴き声に視線を向け、息を飲んだ。
ミアさんの胸に、剣が刺さっていた。
そして彼女を守るように、木の魔物が男性達の前にいた。
『だめ。にげるの。あと、すこ、し』
『どうする?』
『見せしめだ、燃やせ! それよりあいつはどこだ?』
男性の1人が、ミアさんと木の魔物に向かって火を放つ。
その光景にギュッと目を瞑る。
助ける事が出来ない事に、胸を抑える。
どうしてこんな過去を見ているのか、分からない。
あの場所で、もしかして死んだのかな?
だから、これを見ているの?
それだったら、こんなのつらすぎる。
『ぎゃっ!』
えっ?
大きな鳴き声に、目を開けると巨大な木の魔物がミアさんと木の魔物の傍に現れた。
そして、男性達をなぎ倒した。
『くそっ』
『逃げるぞ』
『死ね!』
男性達の1人が、逃げる前に木の魔物に何かを張り付けた。
次の瞬間、森に木の魔物の叫び声が広がった。
『あぁ』
ミアさんが、木の魔物に手を伸ばす。
でも、その手はすぐに力を失った。
『ミア!』
お兄さんだ。
でも、もう。
『ミア、ごめん1人にして』
お兄さんは、傍で苦しむ木の魔物に近付くと、幹に刻まれた魔法陣に悔しそうな表情をした。
『君は?』
傍にいる巨大な木の魔物を見たお兄さんは、ある物を見て目を見開いた。
そして、彼はポケットから小さな石の着いた紐を取り出して、木の魔物に見せた。
『君は、お姉ちゃんが逃がした木の魔物なのかな? 生きていたんだね。良かった』
木の魔物を見ると、枝にお兄さんが持っている物と同じ物がぶら下がっていた。
紐の一部は、木と一体化しているようだ。
『この子の事、任せるね』
お兄さんはそういうと、木の魔物に刻まれた魔法陣に手を当てて目を瞑った。
『ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ』
巨大な木の魔物が少し焦ったように鳴く。
『ありがとう。もう大丈夫』
苦しんでいた木の魔物が、驚いた様子でお兄さんを見る。
お兄さんは木の魔物に向かって笑うと、そのまま倒れた。
『ぎゃっ』
悲しそうに鳴く木の魔物に、荒い息を吐きながら手を伸ばすお兄さん。
『ごめ、な。さいご、まで、おくりとど、け、れなくて。たのし、た。あり、がと、う』
流れる涙をグイっと腕で拭く。
苦しい。
くいっ。
「……」
もう、何も見たくない。
「うわっ~!」
バキバキバキ。
バリバリバリ。
「えっ?」
目を開けると、空が近かった。




