784話 腕輪
「まだ、目が覚めないのか? もうそろそろ1時間だぞ」
「申し訳ありません。かなり魔力が少なかったみたいです」
な……に?
あた、まがい、たい。
からだ……うご、かない。
「うっ」
おと、うさん、どこ?
うっきも、ち、わるい。
「うぅう」
何があったの?
……あぁ、そうだ。
男につか、まった?
逃げないと……うご、けない。
「っつ」
「あっ、起きたのか? 目を覚ましました。こいつを、どうしますか?」
だれ?
「これを着けろ」
なに?
誰かいる。
「これは?」
「お前を父親だと洗脳して、魔法を使わせる」
「えっ? 俺がですか? それより完全に洗脳してしまった方が簡単ではないですか?」
いやだ。
やめて。
「完全に洗脳した状態で魔法を使っても、ぐっ」
ガタッ。
「大丈夫ですか!」
なに?
「あぁ、大丈夫だ。こいつが魔法を使えば、俺は完璧になる」
「そうですね」
にげない、と。
「完全に洗脳した状態で魔法を使っても、魔法陣が反応しないのだ。全く、そのせいで何度失敗したか」
「魔法陣というのは、面倒くさいものなんですね」
「本当にな。だが、我々の仲間を身内だと思わせる洗脳なら、魔法陣は反応した。だからお前が父親になって、魔法を使うように言え。お前の言葉は、どんな言葉でも信じるよう魔法陣を組み込んである」
「分かりました。こいつの名前は分かりますか?」
「報告書に会ったな……『アイビー』だ。やれ」
いやだ。
おとうさん、おとうさん。
カチン。
「あ゛ぁぁぁぁ」
やだやだやだやだ。
あたまが、われそう。
いたい。
いたい。
バチン。
「あ゛ぁ」
……………………な、に?
ここは?
まっくらだ。
「アイビー。起きろ。ほら、せっかく目的の場所に着いたのに、寝ていたら駄目だろう」
起きる?
誰の声だろう?
「アイビー、起きろ」
パチッと意識がはっきりとする。
あれ?
いつのまに、寝ていたんだろう?
「アイビー」
「……誰?」
目の前の、細身の男性を見る。
目は細く、少し吊り上がっている。
どうしてだろう?
何か、不快感を覚える。
「誰って、父親を忘れたのか?」
父親?
でも、見た事が無い。
「俺はアイビーの父親だ。一緒に旅をしてきた仲だ。アイビーは、俺を信用しているんだよ」
お父さん? 信用?
いや、ちが……っう。
「……あぁ、うん。そうだった。ごめん、お……」
あれ?
言葉が出ない?
「どうした?」
「……なんでもない。ここは?」
起き上がって周りを見る。
小さな建物の前で寝ていたみたい。
「ここは光の森で、あれは教会だ。アイビーが来たいと言ったから、ここまで来たのに忘れたら駄目だぞ」
光の森。
あぁ、うん。
そうだ、小さい時からここを目指していたんだった。
「そうだったね。ごめん」
「ほら、中に入ってみよう」
「うん」
どうしてだろう?
なんだかが、何かがおかしいような気が……っう。
あれ?
今、手首で何か光った?
右腕の手首を見ると、腕輪があった。
「どうした? それは守りの腕輪だけど、何か気になる事でもあるのか?」
守りの腕輪?
そうだった。
あれ?
でもこの守りの腕輪には、守り石が付いていない。
「アイビー?」
「あっ、なんでもないよ。今、この守りの腕輪が光ったような気がして」
「アイビーを守ってくれているんだろう。それより、中に入るぞ」
「うん」
教会の中に入ると、中央に大きな石があった。
それ以外には、特に何もない。
「石があるだけなんだね」
もっと特別な空間なのかと思った。
「アイビーこっちに来い」
「……うん」
石の前に立つと、台座に言葉が刻まれている事に気付いた。
「『この世界に役立つ願いを、1つ叶えましょう』。この石に向かって願うのかな?」
「そうみたいだな。アイビーやってみろ?」
「えっ?」
私が?
「ここは特別な場所だから、きっと叶うはずだ。ほら、アイビーはこの世界をもっと住みやすい世界にすると言っていた」
もっと住みやすく?
言ったのかな?
「アイビーの知っている知識で、この世界をよくしたらいいんだよ」
隣を見ると、笑顔で見られていた。
私の知識?
前の世界の知識を使ってという事かな?
「うん、わかった」
あれ?
お父さんの隣に誰かいる?
フードを深くかぶっているけど誰だろう?
「アイビー、ほら。石に手を付いて願おうか」
「うん」
フードの人が気になるけど、お父さんの方が優先だよね。
石に手を付き、何を願おうか考える。
「おぉ、光だしましたよ」
「あぁ、今までになかった光景だ。やはり最後の生贄だったか」
なに?
知らない声が聞こえる。
「アイビー、早く願いを言え」
そうだね。
お父さんがそう言っているから。
今までずっと私を守ってくれたお父さんだから。
バチン。
コロコロコロ。
あれ?
足下になんか転がった。
あっ、守り石だ。
そうだ、見つかったら取られるかもしれないって足首に着けていたんだった。
あれは、木の魔物から貰った……。
「木の魔物……皆、黒く」
パチッ。
えっ?
あれ、真っ暗になった。
傍にいたはずの……の姿も見えない。
なに?
どうなってるの?
『とにかく食べ物を! 米がもっと手軽に手に入るような……。あっ、米が草みたいに育つ世界になれ!』
えっ、誰の声?
さっき聞こえた声とは違う声が聞こえる。
『医者が少ないから、小さな村では病気になったら死んでしまう。医者がいなくても病気や怪我を治せるような物が欲しい!』
また違う声だ。
最初は男性で、次は女性?
『妻と子が、出産中に死んでしまった! 妻と子を守るポーションが欲しい!』
今度は男性だ。
凄いな、きっと心からの願いなんだろうな。
声に力が籠っているような気がする。
『ずっとフリーターで、お金に困ってたんだ。この世界では、全員が仕事に就けるようになって欲しい!』
大丈夫だよ。
今は、全員がスキルのお陰で仕事に就けるから。
『私はいらない子だって言われた。その言葉が私を、ずっと苦しめた。だから両親の仲が良くて、本当に求めた時にだけ子供が出来る世界に! あぁ、思い出したらムカついて来た! あんたなんか生まれて来なければ良かっただと! 私が生まれたのはお前らの行動の結果だ! 責任を押し付けてんじゃねぇ!』
う、うん。
私も、そう思うよ。
すごい迫力。
『冒険者達を守る機関が、貴族に攻撃されないようにしてほしい』
これって冒険者ギルドの事かな?
昔は貴族に攻撃をされていたの?
「アイビー、何をしている! 早く願いを言うんだ!」
あっ、真っ暗で姿が見えないけど、おと――。
「ぺふっ」
…………んっ?
何かいる。
「ぺふっ?」
真っ暗な世界のはずなのに、視線の先に黒のスライムがいた。
「……ソル、だ。そうだ、ソル!」
「ぺふっ」
どうして私の手首にソルが乗っているの?
ソルとは……あっ!
私はここに無理やり連れて来られたんだ。
その前はマーチュ村の森にいて、お父さん達が戦っていて。
そうだ、木の魔物がその命を掛けて魔法陣を無効化してくれた。
でも、おかしくなったサーペント達に襲われて、それで……。
バキッ、ボトッ。
手首から何かが落ちた。
見ると、白く変色した腕輪があった。
「体が軽くなった。ソルのお陰だね、ありがとう」
でも、この真っ暗な空間はなんなんだろう?
確か……自分の手を見る。
そうだ、光の森にある教会の石に手を付けたら、真っ暗な世界に包まれたんだ。
「この手を離したらいいのかな?」
「ぺふっ! ぺふっ!」
ソルの焦った声に、離そうとした手をそのままにする。
「駄目なの?」
あっ、そうか。
この空間は、男とフードを被った存在から私を守ってくれているもんね。
それなら手は離さない方がいいよね。
このまま、助けが来るまで待つ?
いや、いつ助けが来るか分からないから、逃げられる方法を考えた方がいいよね。
でも私は、戦えない。
だから、教会の外に敵がいたら、すぐに捕まる。
それは、駄目。
どうしよう。
「何か様子が変です!」
「くっそ! ここまで来て」
あっ、かなり苛立っているみたい。
どうしよう、このままじゃ危ないかもしれない。
「逃げようとするのではないですか?」
「大丈夫だ。この教会には魔法陣で結界を張ってあるから、逃げるのは不可能だ」
魔法陣の結界?
「木の魔物が黒くなってしまった結界と同じかな?」
やっぱりこのまま助けが来るまで待っていた方がいいかもしれない。
「結界は破られませんか?」
「ふっ、魔法陣の結界は特殊なんだ。外からその結界を外す事は絶対に無理だから、結界が破られることはない。この教会内は、どこよりも安全だ」
あ~、どうしたらいいの?




