番外編 守る者7
―シファル視点―
間に合わなかった苛立ちと湧き上がってくる不安をぐっと抑え込む。
今は、感情などに振り回されている時ではない。
しっかりしろ!
「ふぅ」
小さく息を吐くと、振り返ったサーペントと視線が合った。
なぜか、サーペントに心配されているような気がした。
「心配してくれているのか?」
「ククククッ」
小さく鳴くサーペントに、小さな笑みが浮かぶ。
「ありがとう」
ポンと、サーペントの体を軽く撫でる。
よしっ、もう大丈夫だ。
そろそろ2人も落ち着いたか?
右側に視線を向けると、険しい表情をしているラットルアが見えた。
ドルイドほどでは無かったが、アイビーがいなくなったと聞いた瞬間は絶望した表情をしていた。
今は、落ち着いているようだ。
「んっ? あぁ、心配掛けたな。でも、大丈夫だ」
俺の視線に気付いたラットルアが、気恥ずかしそうにした。
あぁこれは、心配をかけた事に照れているな。
「それなら良かった」
アイビーを助けたいなら、感情に流される訳にはいかない。
今は、なにより冷静になる事が大切だ。
ドルイドは大丈夫だろうか?
左側を見ると……人を殺しそうな表情をしたドルイドがいた。
今、教会の連中を見たら容赦なく殺すな。
「んっ? どうした?」
俺の視線に気付いたのか、こちらを見るドルイド。
うわ~。
殺伐とした雰囲気のまま笑われると、なんというか……凄く怖いな。
「落ち着けよ」
以前のドルイドは、かなり恐ろしい雰囲気だった。
アイビーから届くふぁっくすで、ドルイドが変わった事が窺えたが元に戻ってしまったな。
いや、元では無いな。
以前のドルイドより、今の彼は数倍恐ろしい雰囲気を纏っている。
「ははっ。大丈夫だ。気持ちは落ち着いている」
「えっ」
いや、嘘だろう?
どう見ても……いや、落ち着いてはいるか。
落ち着いた状態で、殺気が漏れているのか。
教会の連中は、馬鹿だな。
怒らせると厄介な存在を、本気で怒らせたようだ。
「まぁ、落ち着いて判断が出来るならそれでいい」
「問題ない」
俺を見て頷くドルイド。
確かに、その点に問題はなさそうだな。
「分かった」
「アイビーは光りの森にある教会だな」
ドルイドの言葉に頷く。
フォロンダ領主は、アイビーが最後の生贄になる可能性があると言っていた。
だからきっと、そこに教会の化け物もいるはずだ。
最悪な状況だが、すぐにアイビーが殺されることは無いだろう。
なぜなら、魔法陣をアイビーに使わせなければならないのだから。
前を見る。
そろそろオカンノ村が見えるはずだ。
「「「あっ」」」
オカンノ村が見えると、全員が息を飲んだ。
視線の先には、数体もの木の魔物がオカンノ村の壁に寄り掛かるようにして真っ黒になっていた。
「村の中に、木の魔物が入り込んだみたいだ」
ラットルアの指す方を見ると、壁の内側に数体の木の魔物がいた。
そしてその木の魔物が、見る見る黒くなっていく。
「村の中にも魔法陣があるのか」
ラットルアの苦々しい声が聞こえる。
「そうだな」
俺達を乗せたサーペントは、オカンノ村を避けて森を進む。
何だろう。
何か違和感が……。
「なぁ、オカンノ村からの音が全く聞こえないな」
ドルイドの言葉に、ハッとする。
そうだ。
既にオカンノ村の様子が見える位置にいるのに、木の魔物の鳴き声も村から聞こえるはずの人の叫び声も聞こえない。
魔法で音が遮断されているのか?
バキバキバキッ。
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ」
「うわっ!」
真っすぐ進んでいたサーペントが、急に右に大きく曲がった。
右側にいたラットルアも急に曲がったので、慌てている。
「何なんだ?」
後ろを振り返ると、見た事が無いような巨大な木の魔物が土の中から出てきていた。
そして大きく根っこをオカンノ村に向かって振り上げた。
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ」
バキバキバキ。
根っこが振り下ろされる度に聞こえる破壊音。
バキバキバキ。
「凄いな!」
ラットルアが興奮したように叫ぶ。
「あぁ」
巨大な木の魔物が繰り出す攻撃の迫力に、唖然としてしまう。
パキパキパキ……パキーン。
少し高めの音が、森の中に響き渡る。
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ」
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ」
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ」
いきなり聞こえだした、木の魔物の鳴き声と人々の叫び声や怒鳴る声。
そして、何かを唱えているような不穏な声。
遮断の魔法効果が無くなった?
もしかして、この巨大な木の魔物が壊したのか?
というか、魔法陣で音を遮断していたのか。
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ」
巨大な木の魔物が、オカンノ村の壁を超える姿が見えた。
「どうする?」
ラットルアの言葉に首を横に振る。
「何もしない」
このままいけば木の魔物はオカンノ村の人を殺してしまうだろう。
通常なら止める。
でもあの村は、既に教会が手中に収めていた村だ。
村の人達に、何かしている可能性が高い。
だから、
「切り捨てる」
今の俺達では、何も出来ない。
「わかった」
「シファル! ラットルア! 無事か?」
声に視線を向けると、木の魔物のせいで離れてしまったドルイドがこちらに向かって来ていた。
彼の乗っているサーペントも、無事の様だ。
「問題ない。ドルイドは大丈夫か?」
「あぁ。先を急ごう」
ドルイドはチラリと巨大な木の魔物を見たが、すぐに前を向いた。
「ぎゃぁ、ぎゃぁ、ぎゃぁ~」
えっ。
木の魔物が悲鳴?
それまでとは違った高い鳴き声に、サーペントは止まるとオカンノ村を見た。
「なっ!」
巨大な木の魔物が、村の中で苦しそうに暴れているのが見えた。
既にオカンノ村から少し離れた場所にいるので、何が起こっているのかは分からない。
でも、何かが起こった事は分かった。
「ぎゃぁ~、ぎゃぁ~、ぎゃぁ~」
苦しそうだった木の魔物は、数本の根っこを大きく振り上げ、それを一気に振り落とした。
ドーーーン。
大きな音と振動が森を襲う。
サーペントに抱き付いて振動を耐えると、木の魔物を見る。
「なっ、枝が黒く!」
ラットルアが焦った声を出す。
巨大な木の魔物の枝に視線を向けると、見る見る黒くなっていくのが見えた。
あぁ、あの魔物も。
「ぎゃぁ~」
木の魔物は苦しそうに鳴きながらも、また根っこを振り上げ一気に振り落とした。
ドーーーン。
オカンノ村の壁が崩れて行くのが見えた。
バチバチバチ。
なぜか、オカンノ村の上空で火花が散る。
バチバチバチ。
バチバチバチ。
「ぎゃぁ~」
木の魔物が、根を振り上げたのが見えた。
でも、振り落とされる事なくそのまま黒くなり動きを止めた。
バチバチバチ……バン。
破裂した音がすると、村から空に向かって黒い影のようなものが無数に飛び出した。
そして上空で、消えた。
何が起こったのか、全く分からなかった。
ただ、巨大な木の魔物が死んだ事だけは分かった。
あっ。
木の魔物が大きく傾き、倒れて行くのが見えた。
ドシーーーン。
大きな物が、地面に落ちた音がした。
「ククククッ」
「ククククッ」
「ククククッ」
俺達を乗せているサーペント達が、オカンノ村に向かって鳴く。
そして、光の森に向かって動き出した。
なんとも言えない空気が流れる。
どうして木の魔物は、自分の命を掛けて魔法陣を無効化するんだ?
「まただ」
ドルイドの言葉に、視線を前に向ける。
そこには、数体の木の魔物がいた。
そして彼等も、真っ黒になっていた。
「彼等に感謝しないとな」
ラットルアの言葉に頷く。
「そうだな」
教会の連中は、サーペントにまで手を出していた。
あれは、人だけでは絶対に対応できない。
もし結界が壊せなかったら、最悪な事態になっていただろう。
オカンノ村が見えなくなると、サーペント達は一気に速度を上げた。
この早さだと、光の森まで1時間ほどか。
「アイビー、少しだけ待っていてくれ」




