783話 約束
「ぷっぷ!」
ソラの焦った声に視線を向けると、木の枝を伝っているサーペントの姿が見えた。
「ソラ、逃げて! 皆も!」
ソラ達はチラリと私達を見ると、木の枝を次々と飛び移って逃げいく。
これであの子達は大丈夫。
「アイビー、後ろに!」
駄目。
守りながら戦うなんて無理。
「お父さん、私は大丈夫だから」
「アイビー?」
お父さんが、ちらりと私を見る。
「私は絶対に逃げ切るから、だから気にせずに戦って!」
「でも――」
「大丈夫。逃げ足が速いのは知ってるでしょ?」
「……分かった。気を付けろ。絶対に迎えに行く」
「うん。待ってる」
「ググァ~」
一番傍まで来ていたサーペントが口を大きく開けて、こちらに迫って来る。
それを何とか交わしながら、お父さん達の邪魔にならないように逃げる。
ガキーン。
バキッ。
お父さん達が戦っている音を聞きながら、サーペント達の死角を見つけながら走る。
正直、凄く怖い。
お父さん達と一緒にいたい。
でも、それは出来ない。
今の私が出来る事は、逃げる事!
「ググググッ」
小さな鳴き声に視線を上にあげると、木の上からこちらに向かって来るサーペントがいた。
やばい!
とっさに右に避けるが、足が木の根に引っかかりこけてしまう。
「うわっ」
もう、こんな時に!
急いで立ち上がり、今までいた場所を見る。
そこには、首の辺りから血を流し苦しそうに頭を振るサーペントがいた。
そっと後ろを確認してサーペントや他の魔物がいない事を確認すると、ゆっくりサーペントから離れる。
気配を森と同調させ、気付かれないように。
ゆっくり、ゆっくり。
「グググアッ」
苦しそうなサーペンの姿に、ギュッと胸のあたりの服を掴む。
「グググアッ」
暴れるサーペントの姿が、まるで何かを振り払おうとしている様にも見えて、顔が歪むのが分かった。
「どうして、こんな残酷な事が出来るの?」
1回、深呼吸すると苦しんでいるサーペントから視線を逸らして、魔物の気配が少ない方へ逃げる。
早く、少しでも安全な場所に!
「まさか」
えっ、人の声?
もしかしてマーチュ村の人かな?
声が聞こえた方に視線を向けると、男性が紙を手に持って唖然と私を見ていた。
それに首を傾げる。
何だろう。
「あっ、えっと。大丈夫か? 魔物は……今はこの辺りにはいないと思うが」
いない?
あれ?
本当だ。
沢山いた魔物が、この周辺だけいないみたい。
「怪我は?」
「大丈夫です」
男性がこちらに向かって来た。
なぜか、それに嫌なものを感じる。
1歩、男性から離れる。
「大丈夫だ。俺はこの状況を確認しに来たんだ」
確認?
「そうですか」
男性の顔を見る。
シファルさんから、怪しいと思う人物がいたらしっかりと表情を見る事と教えてもらった。
特に目やその周り。
一番、感情が出やすいらしい。
「あの、あなたは?」
本当にマーチュ村の人なんだろうか?
「俺か? 俺はマーチュ村の者だよ」
んっ?
今、この人の表情に緊張が走った?
「本当ですか?」
手を伸ばせば届く距離に来た男性から、数歩後退る。
ゴクッと唾を飲むことが自分でも分かった。
「まさか、ここにいたとは……」
男性の目が細められる
それは、獲物を見つけたような気持ちの悪い視線。
違う!
この人は、味方では無い。
どうしよう、近付けすぎた。
急いで男性から離れようとするが、バシッと手首を掴まれた。
振り払おうとした瞬間、なぜか体から力が抜ける。
「あれ?」
「おっと」
体がもち上げられ、お腹をぐっと押された感覚がする。
肩に担がれたのかな?
「ぁ……、……」
叫ぼうとするが、頭がぐらぐらして気持ちが悪く声を出す事が出来ない。
「あれ? 取り過ぎたか?」
何を?
あぁ、この感覚は魔力が切れそうになった時に似ている。
でも、魔力を使っていないのにどうして?
「ぎゃっ」
「ぺふっ」
来ちゃ駄目。
逃げて。
「最後の生贄。これであの方が目指す世界が作られ、俺は最高の地位と権力を手に入れられる。ふふっ、ははははっ」
いけにえ?
もう意識が……だめ……にげないと。
おとうさん。
「おい、いるな」
「はい」
「私は戻る。ある程度魔物の力を強化出来たら、魔物どもを王都へ向かわせろ」
「大丈でしょうか?」
「何だが?」
男性の声に苛立ちが混じる。
同時に、落ちないように足を掴んでいた手に力が籠る。
「っ……」
足に走った微かな痛み。
その痛みで、遠のきかけていた意識がほんの少し戻る。
でも、声は出ない。
「魔物が思ったよりも倒されていますが」
「問題ない。オカンノ村からサーペントを解放させた。あれと戦える冒険者など、この周辺にはいないからな。マーチュ村も攻撃出来る武器を持っているようだが、一気に襲えば問題ない。すぐに決着はつく」
「分かりました」
男性が動き出したのが分かる。
だめ、はなして……。
おねがい。
周りの音が、どんどん遠くなっていった。
―ドルイド視点―
アイビーが逃げられるように、火魔法でサーペントに攻撃を仕掛ける。
これで彼等の意識はこちらに向くだろう。
しかし、サーペントが5匹か。
いや、この森にはもっといるんだろう。
「生き残れるか?」
「ははっ、さぁな」
「ですね。ははっ」
俺の言葉に、傍で闘っていたウルが苦笑した。
マルチャも、鞭を振るいながら小さく笑ったようだ。
2人は覚悟をしたようだ。
俺も、さすがに……。
「ドルイド、お前は絶対に生き残れ」
ウルの言葉に、剣を持っていた手に力が入る。
「そうですよ。あなたには守る人がいますからね。約束を違えては駄目ですね」
「……そうだな。ただ全員でだ」
俺の言葉に、2人が笑ったのが分かった。
「ググァ~」
襲ってくるサーペント達。
彼等の皮膚は固く、剣がなかなか入らない。
それでも何とか倒していく。
「ググギャァ~」
「ドルイド!」
ウルの焦った声に、ハッと後ろを見る。
すぐ傍まで迫っていたサーペントの牙。
「っつ」
逃げるのは、サーペントが近すぎて無理だ。
剣で受けたとしてもきっと衝撃に耐えられない。
でも、今は殺される訳にはいかない。
体をよじり、牙をぎりぎり避ける。
「ぐはっ」
体を襲う衝撃。
牙は避けられたが、体当たりをされたようだ。
くそっ。
「ググァ」
倒れた俺に向かって来るサーペント。
ははっ、やばいな。
「グァッ!」
「えっ?」
目の前に迫っていたサーペントが、右に思いっきり吹っ飛んだ。
「間に合ったか! おい、ドルイド。無事か?」
知った声に視線を向けると、ジナルがいた。
そしてジナルが乗っているものに視線を向ける。
「サーペント!」
いや、落ち着け。
このサーペントは大丈夫だ。
ジナルが乗っているんだから。
「うわっ。おぉ、すげぇ」
ウルの言葉に視線を向けると、襲い掛かって来たサーペント達が次々と倒されていた。
さすがだ。
「ククククッ」
1匹のサーペントが近づいてくる。
そして周りを見回す。
「あっ。アイビー!」
何処だ?
魔物気配が多すぎて、アイビーの気配が読めない。
……あれ?
見つからない?
「ドルイド?」
いや、きっと気配を隠してるからだ。
だから、ここからでは分からないだけだ。
「悪い、アイビーが逃げているんだ。迎えに行かないと」
ジナルの言葉に簡単に返すと、アイビーが走っていた方を見る。
彼女の事だ、それほど離れた場所には行っていないはず。
「ぷっぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ソラとフレムの焦った声に、不安が押し寄せる。
いや、大丈夫。
「ククククッ」
どさっ。
サーペントの声に視線を向けると、見知らぬ男性が地面に転がった。
男性の手には、紙が握られていた。
それを見た瞬間、顔から血の気が引いた。
「それを、見せろ!」
サーペントに威嚇され震えている男性の手から紙を奪い取り、広げる。
そこには、アイビーの姿が描かれていた。
「おい。彼女はどこだ?」
聞いた事が無い声に、視線を向けると男性の首に剣の先を突き付けている冒険者の姿があった。
「ラットルア、やり過ぎるなよ」
「手足の1本ぐらいは、失っても問題ない」
ラットルアと呼ばれた冒険者が男性に近付く。
「待て。待ってくれ。もうここにはいない。あの方の所に行った! もう手遅れだ! くそっ、どうしてサーペントがいるんだよ!」
えっ?
手遅れ?
フッと音が消える。
「ククククッ」
「ククククッ」
「ククククッ」
目の前に来た3匹のサーペントを、ただ見る。
俺は、間に合わなかった?
「ククククッ」
首が何かで絞められ体が浮く。
「ぐぇっ」
ポンと何かに乗ると、首が解放される。
ごほっ、ごほっ。
何が?
「ドルイド。アイビーを追え。サーペントが連れて行ってくれるみたいだ」
ハッとして下を見ると、サーペントに乗っている事に気付いた。
顔を上げると、大きなサーペントがじっと俺を見ていた。
そうだ。
アイビーは、絶対に無事だ。
混乱している暇なんて無いだろうが!
しっかりしろ。
「頼む。娘を迎えに行きたい」
約束したんだ。
「ククククッ」
サーペントは頷くと、スッと前を見る。
「俺達も一緒に行くから」
隣を見るとサーペントに乗った、ラットルア。
そしてその隣にシファルもいた。
アイビーに聞いていた通りの姿に、小さく笑みが浮かぶ。
「あぁ、一緒に向かに行こう」
あっ、そうだ。
「ジナル。これを預ける」
マジックバッグからマジックボックスと取り出し、蓋を開けた状態でジナルに放り投げる。
「うわっ。危ないだろう……光ポーション?」
マジックボックスの中を見て、驚いた表情をするジナル。
「これも」
もう1つあるマジックボックスも蓋を開けて渡す。
「自由に使ってくれ。ソラ達が作ったポーションだ。効果は凄いぞ。行って来る」
「あぁ……ありがとう。ドルイド、待ってるぞ」
ジナルの言葉に手を上げると、サーペント達が動き出す。
アイビーと一緒に、絶対に戻ってくる!




