780話 マーチュ村の言い伝え
雪かきで慣れたのか、雪が積もっていても特に問題なく森を歩くことが出来た。
ただ、森の異変に少しずつ緊張感が増していく。
「止まろう」
先頭を歩くウルさんが立ち止まり周りを見る。
音が消えた森。
微かに感じていた魔物の気配も、今は全くしなくなってしまった。
「どうする? 戻るか?」
お父さんの言葉にウルさんが、眉間に皺を寄せる。
マーチュ村に戻って様子を見る事にするのかな?
「マルチャさんはどう思いますか?」
聞かれたマルチャさんは、森の奥をジッと見るとため息を吐いた。
そしてなぜか悲しい表情を見せた。
それに、私もお父さん達も少し戸惑う。
「マーチュ村には、言い伝えがあるんですね」
マルチャさんの言葉に首を傾げる。
今、その話をする時なのだろうか?
「『いつか、マーチュ村を大量の魔物が襲ってくるから備えよ』と」
「えっ?」
マルチャさんの言葉に、違和感を覚えた。
だって、今の言い方は未来を伝えているような気がしたから。
そんな事が出来るのは。
「マーチュ村にいた、占い師の言葉ですね」
マーチュ村には、未来視が出来る占い師がいたんだ。
「我々はその言い伝えが外れる事を願いながら、備えてきたんですよ」
大量の魔物が襲うなんて、外れて欲しいに決まっている。
「どうやら、願いは叶えられないみたいですね。先ほどから、嫌なものを感じますから」
肩を落とすマルチャさんに、どう言葉を掛けたらいいのか分からない。
「いつ頃、それが発生するのか。原因は何なのか、知っているのでしょうか?」
お父さんの言葉に、マルチャさんは首を横に振る。
「そこまでは、伝わっていませんね。この言い伝えも、本当に昔のものなんですよ。本当に起こる事なのか、疑問に持つ者もいるぐらいですからね」
マルチャさんが、どこかに向かって歩き出す。
ウルさんがすぐに追ったので、その後をお父さんと私が追う。
「大丈夫か?」
お父さんの言葉に、頷く。
「大丈夫」
「待て!」
ウルさんの慌てた声に視線を向けると、マルチャさんの肩を掴んでいた。
マルチャさんは驚いた表情で、ウルさんを見ている。
「どうしたんだ?」
お父さんと私は急いで2人に近付く。
「それだ!」
ウルさんが、マルチャさんが向かっていた先を指す。
そこには、薄っすら残っている雪の下に、見た事がある文字と模様があった。
「これって」
お父さんが、そっと雪を足で横にずらす。
そして見えたのは、地面に刻まれた魔法陣の一部。
しかも、微かに力の流れを感じた。
「この魔法陣、発動しようとしていないか?」
お父さんの言葉に、ウルさんが私を肩に担いだ。
「うわっ。えっ?」
「逃げるぞ」
ウルさんの言葉に、お父さんとマルチャさんが走り出す。
「ウルさん、私も自分で走れますけど」
ウルさんに担がれる理由が分からないので、彼に声を掛ける。
「悪い、すぐに離れた方がいいから。かなり、やばい事になりそうだ」
「運んでもらえ」
ウルさんの言葉に、お父さんも賛成のようだ。
それならこの状態も仕方ないのかな?
カランカランカランカラン。
「なんだ?」
不意に響いた乾いた木がぶつかり合う音に、お父さんが剣を鞘から抜く。
ウルさんは、私を担いでいるせいで武器を持てないみたいだ。
やはり下ろしてもらおう。
でも今は、口を開くと舌を嚙みそうで言えない。
カランカランカランカラン。
カランカランカランカラン。
あちこちから聞こえる音に、ウルさんの肩をぐっと握る。
「大丈夫です。いや、あんなにあちこちで鳴っているので、大丈夫では無いですね。あれは魔物が村に向かっている事を知らせる音です。これで村にいる者達も異変に気付いたでしょう」
カランカランカランカラン。
カランカランカランカラン。
カランカランカランカラン。
森に響く、木のぶつかる音がどんどん増えている。
これって、それだけ魔物が大量に村に向かっているという事だよね。
その多さを予想して、体がブルリと震える。
「ウル、村に――」
「駄目です! あなた達はこのまま予定通りに、村を離れた方がいい。我々は大丈夫。既に戦う準備が出来ていますからね。だから、あなた達はこのまま行って下さいね」
私達の事情を少し話しているからなのか、このまま行けとマルチャさんが言う。
「ですが、あの音の量ですよ。人手は多い方がいいでしょう」
「こういう時が、一番危険なんですよ。ご存知でしょう?」
マルチャさんの言葉にお父さんが言葉に詰まる。
カランカランカランカラン。
カランカランカランカラン。
また増えたの?
「いや、戻るしかないみたいだ」
ウルさんが立ち止まると、「くそっ」と小さく言葉をこぼした。
何があったのかと、ウルさんが見ている方を見る。
「あっ」
少し遠い場所に、マーチュ村を囲うように光の壁のような物が出来上がっていた。
「おそらく逃げられないだろう」
ウルさんの肩から下ろしてもらう。
「あれは?」
マルチャさんの言葉にお父さんが首を横に振ると、ウルさんを見る。
「前に一度だけ見た事がある。あれは、結界のようなもので光より向こうには行けないんだ」
ウルさんの言葉に、お父さんの顔色が悪くなるのが分かった。
ギャアウア~。
ガルガルガル。
「アイビー、シエル達を出せ!」
「うん」
お父さんの言葉にバッグを開ける。
「にゃうん」
バッグから飛び出したシエルは、そのままアダンダラに戻ると私を守るように前に立った。
ソラ達もバッグから出ると、少し戸惑ったように周りを見た。
「ソラ、フレム、ソル。あなた達は安全な場所を見つけて避難して。お願い」
私の言葉に、ぷるぷると震える3匹。
きっとこの子達なら、安全な場所を見つけて隠れられるはず。
私が3匹をジッと見ていると、ソラ達は分かってくれたのかぴょんと木々に向かって飛び跳ねた。
様子を見ていると、木の上に非難するようだ。
「こっちに魔物が来ているな。シエル、アイビーが隠れられるような場所があるか探してくれ。アイビーはシエルと行け」
お父さんがトロンの入ったカゴを私に渡すと、肩をポンと叩いた。
ここに残りたい。
でも、それはお父さん達の邪魔になる。
「分かった」
「マルチャさんは――」
「私は戦えるので大丈夫ですよ」
マルチャさんを見ると、鞭を手に持って既に構えていた。
「行け! これから先には行かせないから!」
近くまで来ている魔物の気配に、お父さんが私に向かって叫ぶ。
「負けないでね」
不安な気持ちをぐっと押さえて、走りだしたシエルの後を追う。
少し後ろを振り返ると、魔物の姿が見えた。
「なにあれ?」
どうして顔が2個もあるの?
それに、皮膚の色もおかしい。
「にゃうん」
「ごめん」
シエルの鳴き声に、慌ててその場所から離れる。
あちこちから魔物の気配がする。
「グルグルグル」
シエルの唸る鳴き声に、雷球を取り出してギュッと握る。
「にゃ!」
シエルが立ち止まり、周りを見回す。
「どうしたの?」
シエルの傍に寄って、魔物の気配を探る。
魔物が多すぎて気配が読みにくい。
でも、お父さん達の気配は分かる。
まだ大丈夫。
「あっ!」
後ろではなく左から、こちらに向かって来る魔物がいる!
「こっちに来る!」
気付かなかったけど、私達の事を窺っていたんだ。
それにしても、シエルの気配がしているのに来るなんて。
そう言えば、シエルが威嚇しているのに気にしなかった魔物がいた。
あれは、教会に操られた魔物だったっけ?
「もしかして、この魔物は教会の仕業?」
教会が何か目的があってマーチュ村を襲ったの?
「に゛ゃ~」
シエルの唸るような鳴き声に、頬をぱちんと叩く。
今は、自分自身を安全な場所に隠す事が大切。
他の事は、後で考えればいい。
「シエル、私は大丈夫。自分で安全な場所を探すから」
私の言葉に、シエルがスッと右の方を見る。
視線を向けると、かなり大きな木が見えた。
きっとあの上に行けという事だろう。
「分かった。気を付けてね」
私が傍にいたら、シエルが思いっきり戦えない。
「にゃうん」
シエルの頭をそっと撫でると、すぐに教えてもらった大木の下へ走る。
私も戦えたらよかったのに。




