778話 明日の準備
マーチュ村を明日、出発する事が決まった。
まだ雪が少し降っているが、お父さんもウルさんも何か感じるものがあるみたいで急に決まった。
「寂しくなるわ。また、この村に遊びに来てね」
出発する日をシャンシャさんに告げると、両手で私の手をギュッと握ってくれた。
バトアさんは、旅の準備をするのに調理場を借りたいとお願いすると、快く貸してくれた。
ついでに、マーチュ村の名産であるじゃぼの美味しい調理方法を色々と教えてくれた。
「行くの?」
「うん、ごめんね。クラさんのテイム出来るスライムを、一緒に探すはずだったのに」
約束を果たせなかった。
「それは大丈夫。見てて、分かったから。アイビー達の関係は目標」
目標か。
私とソラ達の関係を見て、クラさんなりに関わり方を学んでくれたんだよね。
少しでも役に立ったなら嬉しい。
あれ?
でも関わり方ならマルチャさんからも学べるのでは?
「マルチャさん達の方が、目標には良いような気がするけど」
「じいとポポとミミは……もっと先。今はアイビー達の方が……合う?」
クラさんの言葉に首を傾げる。
彼もどう伝えたらいいのか迷っているのか、神妙な表情をしている。
マルチャさん達は先で、今は私?
「あっ、もしかして」
マルチャさん達は長年連れ添った関係だから、私やソラ達より深く繋がっている感じがした。
私より身近にいるクラさんは、それをよくわかっているのかもしれない。
マルチャさん達のようになるには、時間が掛かると。
だから今は、私やソラ達の関係の方を目標にしたのかな?
「テイマーと魔物との関わり方……あれ?」
えっと、どういえばいいんだろう。
「短い期間でも仲良くしている私達を見て、目標にした感じ?」
「そう。俺だけの子を見つけて、頑張る。でも、合う子に会うまで慌てない」
急いでテイムする必要は無いからね。
「ふふっ。頑張って」
笑って言うクラさんに、私も笑みが浮かぶ。
そういえばクラさんは、最初の頃より笑顔が増えたな。
いい関係が築けたという事だよね。
「また、会う」
「うん。また遊びに来るね」
また来たい村や町が増えていくな。
「頑張って強くなって、会いに行く」
クラさんからも来てくれるんだ。
でも、教会の事があるからどうしたらいいんだろう?
「駄目?」
「嬉しいよ。ただ、旅であちこち行くから」
「大丈夫。探すから」
「ありがとう」
これからの事は分からないけど、きっと会えるはず。
ソラ達のご飯を確保するため捨て場に行くというと、クラさんも付いて来た。
ソラ達と離れがたいみたいだ。
「今日も綺麗だね」
マーチュ村の捨て場は管理がしっかりしているので、本当にゴミを拾うのが楽でいい。
ソラ達はゴミと遊べないためか、ちょっとだけ残念そうだけど。
「明日には、この村を出発するからいっぱい食べてね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぎゃっ!」
今日は、木の魔物の子供トロンも参加している。
クラさんがソラ達に会いに来た時に、ポーションに浸かっているところを見られてしまったので紹介した。
かなり驚いた表情をしていたけど、今では仲が良い。
「トロン。紫のポーションは……凄く色が悪いけど、食べても大丈夫なのか?」
トロンに対してはしっかり話すんだよね、クラさん。
どうしてだろう?
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
クラさんが持っているポーションに、枝を伸ばすトロン。
でも彼は、トロンからポーションを遠ざけてしまう。
「ぎゃ~」
トロンの鳴き声に、困った表情でポーションを見るクラさん。
その彼が持っているポーションは、本当に色が悪い。
「これ、本当に大丈夫?」
私に紫のポーションを見せるクラさん。
「えっと……大丈夫だとは思う」
トロンが訴えるような目で私を見る。
きっと、クラさんが持っているポーションが欲しいんだろう。
それにしても、紫が黒くいや、青?
不思議なほど不気味な色になっている。
「ぎゃ~」
私の言葉を聞くと、瓶に紫のポーションを入れトロンの前に置いた。
その様子をジッと見ていたトロンは、目の前に置かれた瓶に入ると、満足そうに鳴き声を上げた。
「本当に、これでいいんだ」
クラさんには、正規のポーションは不人気で、色が悪ければ悪いほどソラ達は喜ぶと言っておいた。
でも、さすがに色が悪過ぎると躊躇してしまうよね。
私は今でも、躊躇する事があるからその気持ちがわかる。
「ぺふっ……ぺふっ」
ソルの寂しそうな鳴き声に、視線を向けると足元でプルプルと震えていた。
「ごめんね。もう少しだけ待って。ソラ達のご飯が終わったら、マジックアイテムのある捨て場に行くから」
捨て場が分かれていて、今居る方にはソラ達のポーションしかない。
ソルの好物であるマジックアイテムは無いので、少し待ってもらうしかない。
ソルの様子を見ながら、旅で必要となるソラ達のポーションをマジックバッグに入れていく。
マジックバッグをお父さんと一緒に満タンにすると、ソラ達を呼ぶ。
「次に行くよ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぎゃっ!」
皆満足したようで良かった。
「よしっ。次はソルのご飯だな」
お父さんの言葉に、勢いよく飛び跳ねるソル。
大興奮のソルに釣られたのか、ソラやフレムも勢いよく飛び跳ねだす。
「こらソル、移動するから少し落ち着け。ソラ達も」
「ぺふっ~」
「ぷぷ~」
「てりゅ~」
お父さんの言葉になぜか不服そうに鳴く3匹。
「ソル、遊んでいたら、ご飯を食べられないよ」
「ぺふっ!」
私の言葉に慌てだしたソルに、お父さんとウルさんが笑い出す。
えっ、もしかして飛び跳ねている間に、ご飯の事を忘れていたの?
「ソル、忘れ――」
「ぺふっ! ぺふっ!」
私の言葉を否定するように、慌ててかぶせて鳴き出すソル。
今の反応を見る限り、遊ぶ方に意識が向いていたね。
「ぺふ~」
「ふふっ。大丈夫。ちゃんとマジックアイテムがある捨て場に移動するから」
「ぺふっ」
ホッとしたように鳴くソルに、口元を手で覆う。
笑っている事がバレたら、絶対に拗ねるからね。
「ぷふっ、さて、行こうか」
お父さんが笑っているのがバレたみたい。
あっ、ソルがお父さんにぶつかりに行った。
あれはたぶん、攻撃だね。
まぁ、全く攻撃になっていないけど。
マジックアイテムがある捨て場に行くとソルは、プルプルと震え一目散にマジックアイテムがある場所に向かった。
それを見ながら、ソルのご飯となるマジックアイテムをマジックバッグに入れていく。
マジックバッグには容量制限があるので、あまり大きなマジックアイテムは拾わない。
でも小さすぎる物はソルがあまり好きではないので、ソルの好きそうな大きさを選びながらマジックバッグに入れていく。
「ぺふ~」
しばらくすると、満足そうなソルの鳴き声が聞こえた。
「満足できた?」
「ぺふっ!」
そっと頭を撫でると、目がトロンとして気持ちよさそうな表情を見せる。
可愛いな。
「ぺふっ?」
パッとソルが、森に視線を向けた。
そしてジッと森の奥を見る。
「ソル、どうしたの?」
捨て場周辺の気配を探るが、特に気になる気配はない。
でも、ソルの様子から何かを感じたはず。
ソルは私よりはるか遠くの魔力を感じる事が出来る。
もしかして魔力を感じたのかな?
「ソル、魔力でも感じるの?」
「ぺふ~?」
私の言葉に、体を傾けるソル。
これはソルも分かっていないという事だろう。
ソルが分かるのは魔力だから、気になったのは別の物?
でも、これまでソルが魔力以外の物に反応したことは無いんだけど。
「どうした?」
お父さんが、私とソルの元に来て首を傾げる。
「それが、急にソルが何かに反応して」
お父さんがソルを見る。
でも、その時にはいつものソルに戻っていた。
「何か違和感でも覚えるのか?」
「ぺふ~……」
ソルも分かっていないのか、かなり困った表情だ。
「また、何か感じたら教えてくれ」
「ぺふっ!」
元気に鳴くソルにホッとする。
でも、何に反応したんだろう?
少し広く気配を探るけど、魔物や動物の気配はあるが気になる物は無い。
……注意だけはしておこう。




