番外編 それぞれの動き
―フォロンダ領主視点―
バターン。
「分かったぞ!」
慌てた様子で、執務室に入って来たガリットに視線を向ける。
彼がこんな風に、合図もせず扉を開けた事は無かったので少し驚いた。
でもだからこそ、彼の報告が我々にとって重要な物だと判断が出来た。
執務室にいた私や部下達に緊張が走る。
「教会は、洗脳した魔物を使って王都を襲おうとしている」
ガリットの報告に、一瞬頭が真っ白になった。
「……本当か?」
確かに王都を襲う可能性も視野に入っていた。
だが、魔物を洗脳する方法は未完成だったはず。
「あぁ。教会内部に侵入している仲間と元奴隷からの報告だから、間違いない」
ガリットの言葉に頭を抱える。
魔物を完璧に、掌握できたという事か?
だが、1ヵ月前の報告では未完成だと、実験は失敗……もしかして、情報を制御したのか?
俺が「魔物の洗脳は失敗したから問題ない」と判断するように……くそっ。
「やられた」
洗脳された魔物については、かなり警戒していた。
だから、魔物の調査には多くの人員を割いたのに。
「洗脳した魔物を、王都に空間移動させる予定なのか?」
「最終的にはそうなんだが、すぐには来ないみたいだ。これを見てくれ。侵入していた者が持って来た」
ガリットに視線を向けると、1枚の紙を取り出してテーブルに広げた。
「これは、地図か?」
「そう。どうやら洗脳した魔物は、教会の連中が求めた強さを持っていない様だ。だから、ある場所に移動させて強化するらしい。で、その強化を施す所が、この地図で赤い丸に囲まれている場所だ」
広げられた地図を見て、ハッとする。
地形と村の名前を確認して、バンとテーブルを力任せに叩いた。
「『炎の剣』に連絡して、すぐに出発するように言ってくれ。アイビーがいるマーチュ村の者達が、生贄だ!」
「えっ? 彼女たちは今、マーチュ村にいるのか?」
ガリットの焦った表情に頷く。
そういえば、彼は単独で動いていたから知らせていなかったな。
「ジナル達も向かわせてくれ」
ガリットの真剣な表情に、でもすぐには返事が出来なかった。
王都が狙われている以上、ここの守りを強化する必要がある。
だが、マーチュ村の者達を守れば、魔物は強化されない。
どう動くのがいいんだ?
「……分かった。ジナル達も『炎の剣』とマーチュ村に。ガリットもすぐ――」
「俺はここで、フォロンダ領主を守るつもりだ。王都の守りを強化すれば、情報が漏れた事に気付くだろう。そしてこの混乱に乗じて、間違いなくフォロンダ領主に刺客を送って来る。だから俺は、ここに残る。あと、信頼する部下を護衛につけるから」
「それはありがたいが、大丈夫なのか?」
ジナル達と別々に行動して、戦力が落ちたりはしないのか?
「『風』は個々で動ける強さを持っているから、問題ない」
「そうか。助かる」
彼が傍にいてくれれば安心だ。
執務室にいた部下の1人に視線を向ける。
「王都の守りを最大限に強化してくれ。こちら側の冒険者達にも連絡を」
「分かりました」
部下の1人が部屋を出て行く。
「あとは……」
魔物を空間移動させる魔法陣には、多くの命が使われるだろう。
そしてその命は、連絡が取れなくなった村や町の者達だ。
積雪の時期だったので、全てを調べる事は出来なかった。
でも、半分はなんとか調べる事が出来た。
少し、被害は出てしまったが。
そして分かった事は、確認した村や町の者達は死んでいないという事だった。
まぁ、普通の状態でもなかったが
きっと彼等は、魔法陣の発動に必要だから生かされている。
マーチュ村に送られる魔物の数を減らすには。
「教会に取り込まれた村や町を、そこに住む者も含めて排除する」
俺の言葉に、ガリットや部屋にいた部下の息を飲む音が聞こえた。
「分かりました。すぐに手配いたします」
アマリの静かな声に、頷く。
彼等を助ける方法を模索していた。
でも、もう時間が無いから切り捨てるしかない。
「俺は、無力だな」
―ある男の視点―
「掌握した村や町に描かせていた魔法陣が、全て完成しました。あとは、座標地点の雪が融けてそこにある魔法陣が発動すれば、いつでも空間移動は可能になります」
部下の報告に、にやりと笑みが浮かぶ。
が、すぐに痛みに顔が苦痛に歪む。
赤くただれ垂れ下がった皮膚が、痛みを訴えるようになった。
「ぐっ」
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
痛みを抑えながら答えると、首の辺りにまで痛みが走った。
「よくやった。座標地点の魔法陣から合図がきたら、すぐに計画を実行しろ。雪解けを待つ必要は無い」
王都にいる部下の報告では、昨日から王都の警護が強化されたらしい。
おそらく、こちらの計画が漏れたのだ。
だが、既に手遅れだ。
「はい。分かりました」
部屋を出て行く部下を見送ると、椅子に深く凭れる。
痛みから熟睡が出来ず、とても体が疲れている。
あと、少しでこの世界は解放される。
そう、あと少しなんだ。
コンコン。
「失礼します。薬をお持ちしました」
部屋に入って来た男から薬を受け取り、飲む。
痛みを麻痺させる薬だが、これも徐々に効いている時間が短くなっている。
ポーションが効けば、こんな苦労をせずとも済んだのに。
この体になってから、なぜかポーションの効きが悪くなった。
それでも少しは効いていたのに、顔がただれだしてからは全く効かなくなった。
原因はいまだに不明。
「ポーションの改良は、どうなっている?」
「申し訳ありません。研究を急がせていますが、まだ結果が出せていません」
「はぁ、そうか」
全身を襲うだるさから、怒る気力さえ無い。
数種類の異なるポーションを組み合わせる事で、それまでにない効果を出すポーションが生まれる。
それは、時々流れて来る噂の1つ。
でもどうやらその噂は、嘘ではないらしい。
ある冒険者が、瀕死の状態からすぐに動ける状態にまで回復したそうだ。
「研究を続けろ。それと、俺が使える子供の調査は?」
「今のところ、適合する者が見つかりません」
はっ、それはそうだろうな。
適合する子供を見つけるのは、前回も大変だった。
「手の空いている者を、全て子供の調査に回せ」
「えっ? よろしいのですか?」
王都を襲うのは、魔物だから人は必要が無い。
それに、王都が壊滅したら子供も消えてしまう。
その前に、適合する体を何としても見つけなければ。
最後の生贄が、この世界を解放するまで生きなければならないのだから。
「あぁ、そちらに人を回しても、計画に支障はない」
「分かりました。すぐに全員動員して、調査に当たります」
部屋から出て行く部下を見送ると、目を閉じ全身の力を抜く。
たった数分の会話すらつらい。
なぜこんな状態になってしまったのか。
「でも、全て……あと少しだ」
王都の崩壊は、この世界の者に絶望を与えるだろう。
そして、絶望に打ちひしがれている者達を導く存在が必要となる。
「ようやく、王になれる」
あと少しで目的の物が手に入るのに……なぜだろう。
前より、嬉しくないような気がする。
いや、こんな感情になるのは、体が痛みでつらいせいだ。
窓から外を見る。
どんよりとした空が視界に入ると、目を閉じた。
嫌な天気だ。




