777話 その時を待つ
積った雪を隅に寄せる道具を持って、裏庭の隅に立つ。
対角線上にはクラさんが立っている。
どちらが、より多く雪寄せ出来るかの勝負。
「はじめ」
ウルさんの合図で、足に力を入れて蹴る。
雪で滑らないように気を付けて、一気に雪を隅に寄せていく。
この雪寄せは、けっこうな重労働。
走り始めはいいけど、反対側の隅に近付くにつれ移動させる雪が多くなって重くなる。
でも、この冬の雪かきで体力も腕力も付いたので、今のところクラさんとはいい勝負になっている。
まぁ、ここ数日は負けているけど。
「今日も勝つ!」
クラさんの言葉に、私も負けないと。
「今日こそ負けないからね。うわっ」
あ~、滑った。
でも、大丈夫。
雪寄せ道具を上手く使うと、転ばずに済む事が経験で分かっているから。
「よしっ」
あぁでも、このせいでクラさんと差がついてしまった。
「アイビーは、滑らないように歩く方法を覚える前に、滑っても転ばない方法を学んだな」
ウルさんの言葉に、全くその通りなので笑ってしまう。
って、今は笑っている場合じゃなかった。
今日、滑った回数は1回。
でも、クラさんの方が雪寄せした場所は広かったので、私の負け。
あの滑った時間がもったいなかったな。
「お疲れ様」
お父さんの言葉に、ちょっと情けない表情をしてしまう。
「また、負けちゃった」
「クラはこの冬の間に、かなり筋力が上がったみたいだからな」
そうなんだよね。
クラさんは、この冬の間に体つきが変わった。
全体的に筋肉が付いて、体格が良くなった。
私は……あまり変わりなし。
クラさんが羨ましい。
まぁ、筋力が上がったのはクラさんだけではない。
お父さんも、全体的に筋力が上がったみたい。
ウルさんやバトアさんと、ほぼ毎日勝負をしているからだろう。
「お父さんも、前より凄いよね」
お父さんの腕を突く。
前より確実に筋肉が付いている。
そのお陰なのか、バトアさんの剣を片手でもしっかり受け止められるようになっている。
でもそれだけではなく、動きも早くなった。
でもお父さん曰く、一番仕事していた時期よりは劣るらしい。
いったいその時期のお父さんは、どれほど強かったのかすっごく気になる。
「宿周囲の雪かきに向かうのか?」
「うん」
裏庭の雪寄せはすぐに終わってしまうようになったので、宿周辺の雪かきもさせてもらっている。
シャンシャさんには、かなり喜ばれている。
「気を付けて」
「うん。分かった」
今日の朝、バトアさんが「もう少しで雪解けが始まる」と教えてくれた。
私にはまだまだ寒いけど、少しずつ寒さが落ち着いてきているらしい。
「そろそろこの村ともお別れかだな」
宿の前に来ると、空を見上げる。
「……薄暗いな」
漠然とした不安がずっとある。
でも、そんなものに負ける気はない。
ウルさんにも言われた、気持ちで負けたら駄目だって。
それから「大人の問題に巻き込んでごめん」とも。
ジナルさんからも、同じ言葉を預かってきたらしい。
そんな事を、気にする必要な無いのにね。
「どうしたの?」
「薄暗いなって思って」
振り返ると、シャンシャさんがマフラーを巻きながら傍に来た。
「そうね。午後からまた雪が降るのだと思うわ。でも、そろそろ雪が降る時期も終わりね」
やっぱり分かるんだ。
でも薄暗いし、昨日と同じぐらい寒いと思う。
いったいどこで、雪解けを知る事が出来るんだろう?
「バトアさんも雪解けが始まると言っていました。どこで分かるんですか?」
私の言葉に、シャンシャさんが首を傾げる。
「そうねぇ。風の吹く方向とか」
風が吹く方向?
「あとは、昼間の太陽の位置とかかな?」
太陽の位置?
気にした事が無いから、今日の太陽の位置を見ても分からないだろうな。
「あとは、経験も重要だとおもうわ。毎年、雪解けの時期を予想して野菜の苗を植えたりするから」
「なるほど」
それだと、私にはわかりそうにないな。
「でも、もう少ししたら……ほら、あれを見て」
シャンシャさんの指す方を見ると、木の先に小さな芽が見えた。
「冬芽よ。寒さが落ち着いてくるとどんどん成長するの。冬芽の変化で、春が来ている事が分かるようになるわね。と言っても、冬芽が成長する頃には、寒さも落ち着いているから……体感でも分かるわね。ごめんね、説明はちょっと難しいみたい」
「いえ、大丈夫です」
木の先に見える冬芽という物は、まだ小さい。
これが成長する頃には、もうこの村を出発しているだろうな。
「さてと、今日も頑張りましょうか」
「はい」
雪かきに来ているんだった。
「右側は私に任せてね」
「はい」
シャンシャさんの言葉に頷くと、宿から左側の雪かきを始めた。
しばらく雪かきをしていると、ハラハラと雪が降ってきた。
「あら、もう降り出したのね。そろそろ終わりにしましょうか」
シャンシャさんの言葉に、手を振る。
「分かりました。終わります」
両手を伸ばして背筋を伸ばす。
気持ちがいい。
「今日も、お疲れ様。スープは温めたら完成だから、皆を呼んできてね」
シャンシャさんと宿に戻ると、彼女は調理場に行く。
お父さんとウルさんの勝負にバトアさんが参加するようになると、シャンシャさんがスープを作ってくれるようになった。
バトアさんが前より元気になったから、お礼らしい。
「ありがとうございます」
シャンシャさんを見送ると、裏庭に行く。
「クラさん、お疲れ様」
「お疲れ様」
疲れた表情のクラさんの隣に立つ。
「今日の指導は終わったの?」
「うん。今日は終わり」
クラさんは、なぜかウルさんに剣術の指導をお願いした。
なんでも、強くなる理由が出来たらしい。
家族の助けになりたいんだろうか?
裏庭ではお父さんとウルさんが勝負をしていた。
最初の頃に比べると、動きが全く違う。
ウルさんも、この裏庭での勝負でかなり腕を上げたみたい。
「止め」
あっ、お父さんが勝った。
首元に剣の先を当てられたウルさんが、降参と両手を上げている。
「お疲れ様。もう少ししたらスープが温まるよ」
私の言葉に、お父さん達が手を上げた。
「後で、投げ方の調子を見るよ」
お父さんが傍に来ると、ポンと頭を撫でた。
「ありがとう。昨日は、1回も失敗しなかったんだよ」
雷球を狙った方向へ投げる練習は、ゆっくりだけど成長した。
最初の頃は、一番遠い的には全く届かなかったのに、今では的にぶつける事が出来るようになった。
命中率9割なのでかなり頑張ったと思う。
「そうか、頑張ったな」
「うん」
お父さんの嬉しそうな表情に、笑みが浮かぶ。
これで少しは、お父さん達の負担が減れば嬉しい。
「行こうか」
バトアさんの言葉に、お父さんと一緒に食堂に向かう。
クラさんを探すと、ウルさんから色々教えてもらっていた。
なんだか凄く頑張っているな。
「アイビー」
「何?」
お父さんを見ると、真剣な表情で私を見ていた。
「そろそろ、出発するための準備を始めようか」
「分かった。それなら夜にでも、何が必要なのか書き出そうか」
「あぁ」
本当に、あと少しで出発するんだ。
窓から外を見る。
まだ、雪は降っているんだけど。
もしかしたら、雪解けを待たずに旅立つのかな?




