776話 バトアさんも
トートミを森から持ち帰って7日目。
とうとう、トートミの皮が縦に割れた。
シャンシャさんが、今日の夕飯の時に切ってくれると言っていたので、楽しみだ。
「お父さん、終わったよ」
裏庭の雪かきが終ったので、お父さんに声を掛ける。
それに手を上げて応えてくれるお父さんの傍には、宿の店主バトアさん。
お父さんとウルさんの勝負に、バトアさんが参加する事になったのだ。
最初は驚いたけど、お父さんとウルさんは喜んでいた。
バトアさんは身長が高い。
なので、お父さん達とは戦い方が違うみたい。
それに2人とも興味があるらしい。
「ありがとう。随分と早くなったな」
「うん。筋力が少しずつだけど戻ってきたみたい」
雪かきを始めて5日目。
初日に比べると、雪かきに掛かる時間が短くなった。
全身の落ちた筋力が、徐々に戻って来たのだろう。
後は体力。
もう少し、雪かきをする範囲を広げようかな。
「「「よろしくお願いします」」」
お父さんとウルさん、そしてバトアさんが裏庭の中央に集まる。
そして、挨拶をするとウルさんとバトアさんが残って、お父さんが裏庭の隅に移動した。
「はじめ」
お父さんの声に、ウルさんとバトアさんが構える。
すぐに動くことはなく、お互い相手の出方を窺っているのが分かる。
最初に動いたのは、ウルさん。
速さを活かして、バトアさんの近くに一気に攻めたと思ったが、攻撃を受けたのはウルさんだった。
バトアさんは、背が高く体格がいい。
だから動きはそれほど速くないのではと思っていたけれど、違った。
彼の動きは、かなり速い。
ウルさんも少し驚いた表情で、バトアさんから間一髪で距離を取った。
「さすがだ」
ウルさんの言葉に、バトアさんがにやりと笑う。
「昔に比べたら遅くなったが、まだまだ現役でいけそうだな」
ウルさんが苦笑すると、スッと剣を構える。
バトアさんは、数回ぐるぐると肩を回すと、今度は彼からウルさんに向かって攻撃を仕掛けた。
バキィ。
それからは、お互いに一歩も引かない攻防が繰り広げられた。
一瞬でも気を緩めたら、勝負か決まると2人とも分かっているのだろう。
どちらもかなり本気みたいだ。
「うわぁ、すごい」
不意に聞こえた声に驚いて隣を見る。
いつの間にか、隣にクラさんが立っている。
気配をしっかり把握するようにしていたのに、目の前の攻防に気を取れて過ぎて見逃した。
今の状況で、これは駄目だ。
「おはよう」
「うん、おはよう」
クラさんに挨拶を返しながら、周辺の気配を探る。
しっかりと気を引き締めないと。
「凄いね」
「そうだね。2人とも全然引かない」
そろそろ2人の勝負も15分ぐらいかな?
少し間合いを取る事はあるけど、ずっと攻防を続けている。
「少しバトアさんの攻撃力が、落ちたかな?」
最初に比べると、バトアさんの動きも悪くなってるかも。
「止め」
お父さんの声に、ウルさんとバトアさんの動きが止まる。
2人とも、肩で息をしている。
というか、ウルさんはお父さんの勝負でここまで疲れた事はない。
どうして、こんなに疲れているんだろう?
「疲れた~」
ウルさんが、バトアさんと握手をしながらお父さんの下へ行き、果実水を受け取った。
「行こう」
クラさんが3人の下へ行こう、私を見る。
ウルさんには聞きたい事があったので、頷くと一緒に3人の下へ移動した。
近付くと、バトアさんとウルさんが、お互いの弱点を話していた。
私から見ると、どこにも弱点なんて無かったけど、違うみたい。
「ウルの弱点は、視線だ。相手に攻撃する場所がバレるぞ」
「あぁ、癖を直したんだが、時々出てしまうんだよな」
視線?
離れた場所から見ていたから、ウルさんの視線は分からないな。
「それに、戦いながら剣の持ち方を気にするのも駄目だ。その一瞬が、自分を追い詰める事になる」
「えっ、それも分かったのか?」
バトアさんの話にウルさんが驚いた声を上げた。
それを見たウルさんが肩を竦める。
「分かっているなら、直さないとな」
バトアさんの言葉に、情けない表情を見せたウルさんは小さくため息を吐く。
「分かっているんだけどな」
「そのせいで攻撃は数秒、遅れているだろう?」
そうなの?
見ていても、全く気付かなかったけどな。
お父さんを見ると頷いていたので、遅れているのだろう。
「少し休憩したら、今度はドルイドとだな」
バトアさんの楽しそうな声に、お父さんが苦笑している。
「大丈夫ですか?」
確かに最後の方のバトアさんの動きは、最初に比べると落ちていた。
少し休憩をしたぐらいで、動けるようになるのかな?
「大丈夫だと言いたいが、昔とは違うな。でも、あと15分程度なら動けるから気にするな。それにしてもやっぱり勝負というのは楽しいな。1人で訓練しても、体力は維持できても動きや勘などは鈍っていくからな」
「それは言えるな。特に戦っている時の勘は1人で維持するのは難しいよな」
ウルさんの言葉に、お父さんも頷いている。
「相手の予測を超える動きが、勘を鍛えてくれるからな」
戦っている時に感じるものだよね。
相手の動きで分かるのではなく、不意に「くる」と勘が働くと前にお父さんが言っていた。
相手がいてこそ磨かれのか。
「さて、そろそろやるか」
バトアさんの言葉に、お父さんが頷く。
2人が裏庭の中央に立つと、ウルさんが開始の合図を送った。
今度は様子をみる事なく、バトアさんがお父さんに攻撃を仕掛けた。
少ししか休憩をしていないのに、動きが元に戻っていたので驚いた。
「さすが、マーチュ村の壁だな」
ウルさんが感心した様子で、2人の勝負を見る。
「ウルさん」
少し迷ったけど、声を掛けてみる。
勝負に集中していたら、後にしよう。
「どうした?」
「お父さんと戦っている時より疲れていたから、不思議に思って」
「あぁそれは、バトアさんの剣が重いからだ」
剣が重い?
確かに彼に合うように、剣は大きい。
「剣が大きいからではないぞ」
あっ、ウルさんにも考えが読まれた。
「彼の一振りは他の者の一振りより力強いんだ。渾身の一撃みたいな重さの攻撃を、何度も何度も受け止めるには、そうとうな体力が必要になる。どんどん腕の感覚が鈍ってくるしな」
バキィ。
バキィ。
確かに、ウルさんとお父さんが戦っていた時とは、剣がぶつかった時の音が違う。
お父さんは大丈夫かな?
力勝負は苦手なのに。
「ドルイドは、うまく利用し始めたな」
ウルさんの言葉に首を傾げる。
お父さんを見ると、バトアさんの攻撃を正面で受けず、避けるような動きになっている事に気付く。
そして、避けた時に出来るバトアさんの一瞬の隙を、お父さんが狙っている。
今まで、バトアさんの動きに隙は見られなかったのに……。
「バトアさんは、疲れてきたのかな?」
さすがに少し休憩を挟んだとはいえ、2人は大変なのかもしれない。
「ちがうよ。バトアさんに隙を作らせているのは、ドルイドの動きだ」
ウルさんの言葉に、お父さんを見る。
……全く、分からない。
「どうやって?」
クラさんも分からないのか、首を傾げている。
「剣を正面で受けるようで横に流しているだろう? あの時にバトアさんの体制を崩させているんだ。バトアさんも対応しようとしているが、ドルイドの方が上手いな」
「「…………」」
クラさんと視線を合わせ、2人で首を横に振る。
ウルさんの説明に間違いはないのだと思うけど、全く分からない。
もう一度お父さんの動きを見つめる。
「分かった?」
「全く」
私の質問に、眉間に皺を寄せるクラさん。
お父さん達ぐらいの強さになると、私たちでは見えないものが見えるのかもしれないな。




