775話 その時のために。
ガツッ。
宿の裏庭に、お父さんとウルさんの剣がぶつかった音が響く。
2人の真剣な表情に、少しだけ心配になる。
怪我をしないといいけど。
「あっ、押されてる」
クラさんの少し興奮した言葉に、ドキリとする。
確かに、ウルさんの剣がお父さんの剣を押している。
片腕のお父さんは、力勝負になると不利だと言っていた。
どうするのかとハラハラしていると、ウルさんがパッと後ろに飛んだ。
よく見ると、お父さんの足がウルさんのいた場所に振りあげられていた。
「凄い。あの体制で足が出せるんだ」
クラさんの感想に、無言で頷きながら2人の勝負を見る。
森からトートミを持ち帰った日。
宿の店主バトアさんは、かなり驚いた表情でクラさんの持つトートミを凝視した。
なんでも、マーチュ村の人でもトートミを見た事が無い人が多いらしい。
そんな珍しい物を、勝手に持ち帰って来て良かったのかと不安になったけど、見つけた人が食べていいそうだ。
その日に皆で食べようと思ったけど、バトアさん「皮が割れていないのでまだ熟していない。熟すまで待たないと」と言われてしまった。
だから、熟して皮が割れるのをワクワクしながら待つことになった。
森から持って帰って来て、今日で5日目。
バトアさんが、そろそろ割れる頃だろうと、朝食の時に教えてくれた。
食堂に置いてあるトートミからは、甘い香りがする。
本当に食べられる日が、楽しみだ。
お父さんとウルさんは、森から罠を回収した翌日から朝食後に2人で勝負を始めた。
体力、筋力、そして戦う時の感覚を忘れないためだと教えてくれた。
それを聞いて、私も体力を落とさないために運動をしようと思った。
最初考えた運動は、走る事。
これが一番体力を付ける事が出来ると思ったから。
でも、雪道では何とか滑らずに歩けるようになったけど、さすがに走るのは無謀だった。
どんな運動をしようかと悩んでいると、シャンシャさんが「雪かきはいい運動よ」と教えてくれた。
勝負をしている裏庭の雪かきなら、お父さん達の役にも立つ。
なので、裏庭の雪かきをする事にした。
最初は、お父さんもウルさんも反対をした。
滑って、怪我をする可能性があるから駄目だと。
でも私は「もしもの時に私が疲れて動けなくなったら迷惑を掛けてしまう」や「雪道に慣れておかないと、逃げられない」など、頑張って説得した。
なんとか雪かきの許可を貰えた時は、ちょっと嬉しかった。
雪かき初日に、バトアさんに雪かきの正しいやり方を教わった。
実際にやってみると、雪かきが全身を動かす運動だと気付いた。
前の冬に、少しだけ手伝った事があった。
だけど、あの時は……雪に滑って邪魔をした記憶しかない。
まさか、こんなに全身を動かすものだとは思わなかった。
全身を動かすだけでなく体力も必要だと気付いたのは、裏庭の雪かきを始めて少ししてから。
冬の季節は、体力や筋力が落ちる時期になる。
それは行動範囲がぐっと狭くなるためなのだが、思った以上に体力が落ちていて驚いた。
きっと部屋に籠っていたからだろう。
雪かきは、お父さんとウルさんの手助けになって体力が付く。
しかも、雪道を歩く練習にもなった。
かなり私にお薦めの運動だと感じる。
「休憩しよう」
「あぁ」
お父さんとウルさんの勝負が中断する。
2人とも、お互いの悪い癖や攻撃方法などを話し合いながら、私達の下へ来る。
「どうだ。少しは上達したか?」
ウルさんの言葉に、遠くに置いてあるカゴを見る。
それは、ウルさんが私の為に用意してくれた物だ。
私は隙を作るために、雷球を使う。
私が買った雷球は、命中をさせる必要ない。
でも、目的の場所から遠すぎると、威力が落ちる。
なので、狙ったカゴの中か周辺に落とせるようになろうと、練習する事になった。
「少しは、ましになりました」
足元に落ちている、小石が入った袋を手に取る。
それを雷球にしては遠くに置いてあるカゴに向かって、投げる。
狙ったカゴより、少し遠くに袋が落ちる。
でも、カゴの近くには落とす事が出来た。
「おぉ、いい感じだな」
ウルさんが私の頭を撫でる。
お父さんも嬉しそうに頷いている。
それにホッとする。
でも、まだまだだ。
今のところ10球中、3球ぐらいは失敗してしまう。
逃げている時に、今のように落ち着いて投げられるとは思わない。
きっと、もっと緊迫した状態で投げる事になるだろう。
その時には、今よりもっと成功率が落ちるはず。
だから、せめて練習ぐらいは全て成功させたい。
「力を入れ過ぎないように」
一番奥にあるカゴを見ていると、ウルさんに肩をポンと叩かれた。
彼を見ると、ふっと笑って頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
「うわっ」
ぼさぼさになった髪を抑えてウルさんを見る。
「頭で距離や投げ方を考えるのもいいけど、沢山投げる事も大切だから」
ウルさんの言葉に頷く。
「分かりました」
カゴの中に入れようと、力が入り過ぎているのかもしれない。
ゆっくり息を吐いて、もう一度小石が入った袋をカゴに向かって投げる。
バシッ。
小石が入った袋が、カゴの中に入った。
「入った」
「おめでとう。練習を始めて3日目だけど、感覚は掴めそうか?」
ん~、少し考えて首を横に振る。
まだよくわからない。
「そうか。まぁ、もっといっぱい練習したらわかるだろう
「はい」
お父さんとウルさんは短い休憩を終わらせると、すぐに2人での勝負を始めた。
本気では無いけど、本気に近い気持ちで剣を合わせるのが大切らしい。
もう一度、小石が入った袋を一番遠い場所にあるカゴに向かって投げる。
あ~、届かなかった!
雷球は、魔物にぶつけて使う武器なので、なるべく魔物が近づくのを待つ。
投げるのが上手な人は遠くから狙うらしいけど、私には無理。
でも、今回雷球を使う目的は、魔物を倒すのではなく隙を作る事。
だから、練習するカゴは全て遠い場所にある。
「俺も、もう一度投げていい?」
クラさんが、小石が入った袋を持って私を見る。
それに頷くと、クラさんが袋をカゴに向かって投げた。
バシッ。
一番遠いカゴから3つ手前のカゴに袋が入る。
「凄いね」
私よりクラさんの方が、成功率が高いような気がする。
私も近いカゴは、外さないようになったんだけどな。
「よし、頑張ろう」
「うん、頑張る」
私の言葉に、隣でクラさんが頷く。
クラさんの武器は、雷球とは違うんだけど、いいのかな?




