773話 2個の魔石
何かが動く気配を感じて、意識が浮上する。
動いているのは……お父さんだ。
ん~、朝から何をしているんだろう?
そういえば、いろいろ聞いたけど良く寝たな。
前の事があったから、ちょっと心配だったけど全く問題ないみたい。
自分で思うより、図太い神経をしているのかな?
いや、それだったら前の時の説明が出来ないよね。
……まぁ、いいか。
とりあえず、起きよう。
「お父さん、おはよう」
「あぁ、おはよう。良く寝られたみたいだな、よかったよ」
お父さんにも心配をかけていたのかな。
これからは、何があっても気持ちで負けないようにしよう。
「うん。もう大丈夫」
あれ?
お父さんが持っているのは……守り石かな?
「アイビー。朝食後に、これからの事を相談しようか。対策と……もしもの時の事を含めて」
お父さんが、私を窺うように見る。
たぶん怖がらせないように気を使っているんだろう。
それに、笑顔で頷く。
「分かった」
ホッとした表情を見せるお父さん。
本当に心配をかけてしまっている。
どうすれば、お父さんの心配を減らせるかな?
「皆、おはよう」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
「ぺふっ」
「ぎゃっ!」
皆の元気な声に自然と笑顔になる。
今日も、いい日になるといいな。
皆のご飯を用意して、食堂へ向かう。
シャンシャさんから朝食を受け取り、食べているとバンガルさんが来る。
何となく、いつもより元気な様子に首を傾げる。
「嬉しいのは分かりますけど、限度をちゃんとわきまえて下さいよ」
シャンシャさんの注意にも、笑顔で受け流すバンガルさん。
「バンガルさんは、この村にいる友人と庭で遊ぶそうなのよ」
庭で遊ぶ?
食堂の窓から外を見る。
夜の間に、かなり雪が降ったのだろう。
一気に積雪量が増えているし、まだ雪は降っている。
なのに、この中を遊ぶの?
「今日は、『ゆきだるま』を作るんだよ」
えっ、ゆきだるま?
確かに、あれだけの雪が積もっていたら作れるだろうな。
「ゆきだるま?」
お父さんの不思議そうな声に首を傾げる。
「あぁ、雪で大きな丸い塊を作って、その上に少し小さな丸い塊を作って載せるんだ」
お父さんは、ゆきだるまを知らないのかな?
あれ?
この記憶はどっちのだろう?
お父さんが知らないという事は、前世かな?
うん、そうだ。
記憶の中のゆきだるまの後ろの景色がこことは違う。
えっ、前世ならどうしてバンガルさんは知っているの?
「この村でゆきだるまを知ってから、毎年作っているんだ。今日は友人達と、誰が一番大きな『ゆきだるま』を作れるか勝負をするんだよ」
この村がゆきだるまを知っていたの?
「あまり無理はしないように、気を付けて下さいね」
楽しそうなバンガルさんに、お父さんが苦笑しながら言う。
「大丈夫だ。今日は巨大な物が作れるような気がする」
バンガルさんの言葉に、シャンシャさんが大きな溜め息を吐いた。
そして諦めたように、首を横に振った。
食事が終り、部屋に戻る。
途中、元気に宿を出ていくバンガルさんを見た。
「本当にこの雪の中を出掛けたな」
お父さんが窓から外を見て言う。
「そうだね。楽しそうだった」
外は、朝より少し落ち着いているけど、雪は降り続けている。
「あの、お父さん」
「んっ? どうした?」
お茶を用意してテーブルに置く。
「ゆきだるまは、前世の記憶にある物なの」
「そうなのか?」
「うん」
少し驚いた表情のお父さんに頷く。
「そうか。シャンシャさんの様子から、ゆきだるまは普通に通用していたよな?」
「うん」
この村は、前世を持っていた人が関わっていたのかもしれないな。
そしてその人が、ゆきだるまをこの村に広めた。
なんだか、私が今ここにいるのが不思議だな。
「不思議な縁だな」
お父さんの言葉に頷く。
そう、不思議な縁。
「アイビー」
お父さんの真剣な声に、スッと背を伸ばす。
これからの事、そしてもしもの時の事を話すんだよね。
少し緊張する。
「雪が融け出したら、すぐに師匠のいるオール町へ向かおうと思うけど、どうかな?」
お父さんが信用する師匠さんのいるオール町。
「いいと思う。そのままオール町に住むのもいいね」
今の状態は、お父さんに負担が掛かり過ぎている。
だからオール町は賛成。
あの町には、お父さんの親友であるギルマスさんがいる。
そして、お父さんが頼れる師匠さんもいるから。
「いいのか? 確かに師匠に少し相談はしたいが、住むなら他の村や町でもいいぞ? オトルワ町なら「炎の剣」や「雷王」がいる」
「ありがとう。でも住むならオール町がいいかな」
ラットルアさん達がいると安心出来ると思う。
でもこれは、私だけの問題では無くて、お父さんと私の問題。
だから、お父さんを支えてくれる人がいる場所がいい。
「そうか。ありがとう」
私の気持ちを、しっかり分かっているのだろう。
お父さんが私の頭を、そっと撫でた。
その優しい手つきに、笑みが浮かぶ。
「お父さん。私の事を色々考えてくれて、ありがとう」
お父さんを巻き込んでしまったと、何度も後悔した。
私と関わってしまったせいで、お父さんを危険にさらしてしまったから。
だから、「巻き込んで、ごめんなさい」と謝ろうと思った。
でも、止めた。
お父さんは、私を本当の娘のように思ってくれている。
だから、それを言っては駄目だと思った。
私が出来る事は、お父さんと一緒に過ごすために絶対に諦めない事。
そして「ありがとう」と伝える事。
お父さんの娘である私は、教会の化け物なんかに負けないんだから。
「これを、絶対に持っていて欲しい」
お父さんがテーブルに、2個の魔石を置く。
1つは、透明な魔石に真っ赤な線が2本入っていた。
そしてもう1つは、金色と紫色と黒色が混ざっていた。
「この赤い線が入った魔石は、複写が出来るんだよね。で、こっちの色が混ざった魔石は……トロンのお母さんから貰った守り石だね」
私の言葉に、お父さんが頷く。
「その通りだ。この赤い線の入った魔石は、ジナルから貰った物でヒューマンコピーの力を持っている。そして、色が混ざり合った方は、洞窟内で木の魔物に貰った守り石だ」
良かった、合っていた。
それにしても、守り石は分かるけどヒューマンコピーの魔石は、どうして必要なんだろう?
確か、1分か2分だけ姿を変える事が出来るんだよね。
「おそらく教会の連中は、アイビーを捕まえに来るだろう。その時期は、雪が融け出したらすぐなのかもしれないし、夏ごろなのかもしれない。でも絶対に捕まえに来る。アイビーが前の記憶を持っている事に確信が持てなくても、奴らは気になったら動くはずだ」
無効化の魔法を解除する事が出来るかもしれない存在を、放置するはずはない。
それは今までの話から、想像出来る。
「どんな状態で襲ってくるのか予測が出来ない。守りたいと思っても、不意をつかれる事もある。だから、この2個の魔石を絶対に持って過ごして欲しい」
「うん。それはいいけど、どうしてヒューマンコピーの魔石も?」
誰を複写したらいいんだろう?
「これは、いざという時に相手を驚かせるのにいいと思うんだ。逃げるための一瞬の隙を相手に作らせる。それと2本の線が残っているから、人以外も複写が出来るそうだ」
人以外?
「そうなの?」
ヒューマンコピーは人だけじゃないんだ。
赤い2本の線が入った魔石を手に取る。
何になりたいかしっかりイメージするんだったよね。
「うん、これなら隙を作れそう」
お父さんを見て頷く。
「捕まった時の事だけど」
「うん」
「なるべく相手に合わせて行動する事。逃げようとはしない事。最初の方は相手も警戒している。そんな時に逃げようとしたら、大怪我を負わせられるかもしれない。だから、最初は従順にしている事」
お父さんの言葉に頷く。
「絶対に隙は生まれる。それをじっくり待つんだ。必ず助けに行く。どんな手を使っても。だから捕まっても、諦めないで欲しい」
「分かった。大丈夫。私は諦めが悪いから」
テーブルに置いてある、もう1つの魔石も手にする。
「普通の魔石より、守り石の効果がありそうだよね」
私の言葉に、お父さんが笑う
「そうだな。魔法陣の無効化してしまう木の魔物が選んだ守り石だからな」
「うん」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
次回の更新は2月16日(木)になります。
これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。
ほのぼのる500




