772話 ドルイドとウル2
―ドルイド視点―
「ドルイド。考えたくないだろうが、アイビーと『もしもの時にどう行動するか』を話し合った方がいいと思う」
ウルの言葉に、眉間に皺が寄るのは分かる。
「分かっている」
彼の言う通りだ。
もしもの時に、どう行動するか。
これは、話し合っておかなければならないだろう。
もしも、アイビーが教会の奴らに捕まったら。
もちろん、絶対に助けに行く。
でも、すぐに助け出せない場合のアイビーの行動をどうするか。
光の森にある教会に連れて行かれた場合は、どうすればいいのか。
「石の力で魔法陣を発動したら、絶対に死ぬのか?」
「ん~、それが『今は』絶対では無いみたいなんだよな」
今は?
「どういう事だ?」
「王都の隅にある教会から助け出した3人が、魔法陣を発動しても生き残った者達らしいんだ」
「本当に?」
「あぁ、かなり慎重に調べて間違いないと判断したみたいだ。教会の化け物も、生き残った彼らを見てかなり驚いたらしいから、本当に想定外なんだろうな」
「そうか」
最悪、魔法陣を発動させてもアイビーは生き残れる可能性があるのか?
「生き残った条件は?」
俺の言葉に首を横に振るウル。
それに落胆してしまう。
条件が分れば、アイビーが生き残る確率を上げる事が出来るのに。
「一か八かになるから、本当に最後の賭けになるだろう」
「そうだな。ウルは、教会の連中がどんな行動を起こすとおもう?」
「もしも」を起こさないように、教会の動きが予想出来れば対策が出来るはずだ。
「俺の考えだけど」
神妙な表情で言う、ウルを見る。
「教会の連中が行って来た実験を考えると、空間移動を使ってくる可能性を考えておいた方がいいと思うんだ」
空間移動か。
洞窟に急に現れた魔法陣。
もしあれが人だったら?
「急に人が現れた混乱に興じて、アイビーを連れ去る事が考えられるのか」
「うん。それと、空間移動で一気にここから離れる事も出来るはずだ」
そうだな。
考えれば考えるほど、不安が増すな。
今までこれほど大切だと思った存在はいなかった。
任務で守る事はあっても、あれは仕事だ。
でも、今回は違う。
心から大切だと思う者が、危険を前にしている。
その事が、これほどまでに怖い事だったなんて。
しっかりしないと、アイビーが不安に思うのに……ずっと不安と恐怖が消えない。
「ドルイド、大丈夫か?」
ウルに視線を向けると、心配そうな表情を向けられていた。
今、自分がどんな表情をしているほか分からないが、最悪な表情になっているだろう。
不安で押しつぶされな、そんな表情。
「大丈夫だ」
深く息を吐き出し、気持ちを切り替える。
俺は、大丈夫だ。
「無理はするなよ。話ぐらいなら、聞けるから」
「あぁ、ありがとう」
「あぁ、そうだ。ジナルから注意を受けているんだった」
ジナルから注意?
「教会の連中は、冒険者達を目の敵にしている。これまで色々と邪魔をしてきたからな。だからジナル達は、冒険者を大量に殺す準備をしているのではないかと、警戒しているんだ」
邪魔者の排除か。
それは、考えるだろうな。
「冒険者には魔物か?」
空間移動を利用して、魔物の大量投入。
これが可能だった場合、おそらく被害は膨大だな。
そういえば、教会の連中は魔物を操っていたな。
「どうした?」
「教会の連中なんだが、魔法陣の洗脳で魔物を操っていた事があるんだ」
まぁ、知っているかもしれないが。
「そうなのか?」
「あれ? 知らなかったのか?」
俺の言葉に肩を竦めるウル。
「通常とは異なる動きをする魔物がいる事は聞いている。でもそれが洗脳のせいだとは聞いていない」
「そうか」
もしかして、話したら駄目だったのかな?
でも、知っておいた方がいい情報だよな?
「少し前なんだが、組織から流れて来る情報におかしなものが混ざっていたんだ。調査した結果、教会の者が入り込んでいた事が分かった。今は、どの情報が正しいのか精査しているところだ」
なるほど、だから知っている情報が中途半端なのか。
「そうだな。それで、どうするんだ?」
アイビーに話すかどうか、か。
「もちろん『もしも』について話し合うつもりだ」
「人質を見捨てられる性格だったらなぁ」
ウルの言葉に首を横に振る。
アイビーは、その判断をしないと思う。
悩んで、悩んで、そして魔法陣を発動するだろう。
「人質の為に魔法陣を発動させても、人質が生き残れるとは限らないと分かっていても、きっと発動すると思う」
俺の言葉に苦笑しながら頷くウル。
「だろうな」
彼もアイビーの性格をある程度理解しているからな。
では、どう行動するか。
光の森にある教会に連れて行かれた時、アイビーはどういう状態だろう?
拘束されている可能性が高いよな。
その状態で、逃げるために何ができるのか。
「敵を一瞬だけ怯ませる事が出来たら、アイビーは逃げられるよな」
「あぁ。薬を使われたら無理だが、アイビーの足は速い。たぶん逃げられる……いや、無理だ」
俺の言葉に首を傾げるウル。
「見張り役がいるだろう」
「あっ、それはたぶん大丈夫だ」
「えっ?」
ウルを見ると、頷かれた。
どういう事だ?
「光の森には、さっきも言ったが限られた者しか入れない。教会の連中も弾かれていると言っただろう?」
そういえば、言っていたな。
「入る事が出来るのは、教会の化け物と違う世界の記憶を持つ者。そして記憶と持つ者が信頼している者が1名だけだ」
つまり、3名しか入れないのか?
「教会の化け物は、かなり警戒心が強い。特に石は絶対に守りたいんだろうな。仲間すら近付けさせないんだから」
「人質に選ばれるの者は、アイビーが親しくしている者という事か?」
「記憶と持つ者が信頼している者」と制限が掛かっているのだから。
「そう。一番はドルイド。お前だろうな」
俺か。
俺が人質だったら、隙を付いて敵を倒せるが。
「俺は選ばないんじゃないか?」
「それは、そうだろう。教会の連中も馬鹿じゃない。ドルイドを選ぶなんて無謀すぎる」
だよな。
選んでくれたら喜んで行くのに。
「誰が人質になっても、一瞬の隙を作る事が出来る方法か……」
「閃光弾とか、どうだ?」
瞬間的に強く光る物か。
確かにそれだったら、隙を作る事が出来る。
「いいな。まて、閃光弾は少し大きい。持っている事がバレるだろう」
俺の言葉に、ウルがハッとした表情になる。
大きさを考えていなかったな。
閃光弾は、俺の拳ぐらいある。
ポケットには隠せない大きさだから、バッグに入れておく事になるだろう。
でも、バッグを取りあげられたら?
「理想的な大きさは、ポケットに入る大きさだな」
ポケットだったら、持っている事もバレないだろう。
「ん~、魔石ぐらいの大きさか」
ウルの言葉に頷く。
魔石ぐらいで、隙を作る物。
……何かいい物が無いか?
「道具は難しいな。音や光を出す物は、ある程度大きさがあるからな」
そうなんだよな。
アイビーのポケットに入る大きさではない。
「あっ、魔石だ」
「んっ? 魔石の大きさは、分かっているが」
「そうでは無くて。『ヒューマンコピー』が出来る魔石だよ!」
そうだ。
あれだったら、敵に隙を作る事が出来るだろう。
誰をコピーするのかは……アイビーと話し合う必要があるけど。
「ヒューマンコピーとは、なんなんだ?」
どうやらウルは、人間複写が出来る魔石を知らないみたいだ。
「地下洞窟で見つかった魔石だ。透明な魔石に真っ赤な線が3本入っていた物だ。あっ、俺が最後に見た時は、赤い線が2本だったが」
地下洞窟で見つかった魔石を、ジナルから貰っていたんだった。。
使い道など無いと思って、マジックボックスに入れておいた。
あれなら隙を作れる可能性が高い。
ただ、ヒューマンコピーできる回数は残り2回。
1度も練習は、できないよな。
「魔石に魔力を流して、自分以外の者を思い浮かべると、その人物になれるんだ。ただし、複写時間は1分か2分だけどな」
「そんな魔石があるんだ。知らなかったよ」




