769話 教会が望む事
「美味しい」
バトのお肉は、噛むとプリっとした歯ごたえがあった。
噛み応えがあるのに、柔らかい。
お肉自体も甘味があって、本当に美味しい。
「硬くもなく、柔らかすぎる事もない。確かにうまいな」
お父さんもバトのお肉を食べて、ちょっと驚いている。
野バトのお肉が、この食感に少し似ているけど独特の香りがする。
バトのお肉は、森に住む動物や魔物が持つ独特の香りが一切しないから不思議だな。
「あれ? でも、屋台で売っているバトのお肉は少し独特の香りがしたよね?」
私の言葉にお父さんが頷く。
「半日過ぎた辺りから、におってくるのよ。他の動物や魔物よりかなりましだけどね」
シャンシャさんの言葉に、クラさんが無言で頷いている。
クラさんが、今日中に食べたいと言ったのは食感もだけど、においがしない間に食べたかったのかな。
「狩った日のバトは、うまいんだな」
ウルさんが、バトを口に入れながら頷いている。
さっきまで眠そうだったけど、今はしっかり起きているみたいだ。
今日は、シャンシャさんとバトアさんも一緒に夕飯を食べている。
バトのお肉を皆で食べたかったので、「今日ぐらいは」と誘ったのだ。
クラさんも嬉しそうだったので、良かった。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
バトのお肉も美味しかったけど、バトアさんの作る野菜料理は本当に美味しい。
バトアさんに「いつもありがとうございます」と言って、食堂を出る。
「これから話をするつもりだったけど、大丈夫か?」
ウルさんが、私を見る。
そのつもりだったけど、もしかしてウルさんは疲れているのだろうか?
「ウルさんが疲れているのなら、別の日でも大丈夫ですよ。雪が降っている間は、宿からほとんど出ないので時間は沢山ありますから」
私の言葉に、ウルさんが何かぼそっと口にする。
それに首を傾げると、ポンとウルさんにあなたを撫でられた。
なんだろう?
「俺は大丈夫。アイビーは大丈夫なら、話をしようか」
「はい。よろしくお願いします」
これからの事だよね。
しっかり話を聞いて、私が出来る事を考えよう。
ウルさんを、部屋に招く。
彼はソラ達の事を知っているので、問題ない。
ソラにウルさんの事を問題ないかと確認したことは内緒だけど。
「相変わらず、可愛いなぁ」
ウルさんが、フレムを抱き上げる。
「てりゅ~」
おかしいな、フレムの鳴き声が「仕方ないなぁ」と聞こえたような気がするんだけど。
「てりゅ?」
私を見て、不思議そうに鳴くフレム。
「なんでもないよ。皆、ウルさんの事は覚えている?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
「ぺふっ」
皆はウルさんを見ると、一斉に鳴いた。
良かった、忘れていなかったみたい。
あっ、ウルさんが喜んでる。
「いい子達だよな。あれ? 木の魔物のトロンはいないのか?」
「あっ、今食事中です」
「ぎゃっ」
紫のポーションに浸かるトロン。
今日はのんびりポーションに浸かりたい気分のようだ。
「そろそろ話しをしようか」
お父さんの声に視線を向ける。
いつの間にかテーブルの上にお茶が用意されていた。
「お父さん、ありがとう」
お父さんの隣に座ると、向かいにウルさんが座った。
視線はまだソラ達を見ている。
やっぱり、気になるのかな?
「ウル?」
「あぁ、悪い。えっとまずは……何が聞きたい?」
ウルさんがお父さんを見る。
お父さんは少し考えこむと、私を見た。
「アイビーが教会の奴らに狙われている理由を知りたい」
「それか……」
少し戸惑った表情を見せるウルさん。
もしかしたら話せないのだろうか?
「理由にも関わって来るんだけど、アイビーに1つ質問がある」
「なんでしょうか?」
「アイビーには、こことは違う世界に住んでいた記憶があるんじゃないか?」
「えっ」
どうしてそれを、ウルさんが知っているの?
というか、理由に関わっていると言ったよね。
つまり、狙われる理由が「前世の記憶」を持っているからなの?
あれ?
ジナルさんは、私が違う世界の記憶持ちで、お父さんが違う世界のスキルを持っている事を知っている。
ウルさんのこの聞き方からして、ジナルさんは話していないの?
どうして?
あっ、契約。
いや、ウルさんとも契約しているから話せるはず。
もしかして、言うかどうかの判断を私達に任せてくれたのかな?
「アイビー」
お父さんを見ると、私を見て頷いた。
「ウルなら大丈夫だ。それに教会が、何をするつもりなのか知っておかないと」
「そうだよね、うん。そうです。私には前世の、こことは違う世界の記憶があります」
「そうか。今の話から気付いたと思うけど、教会が探しているのは『違う世界の記憶を持っている者』だ」
私のような存在を探しているんだ。
「なぜ探しているんだ?」
「この世界全体に掛けられている、魔法陣を無効化する魔法を解除するためだ」
魔法陣を無効化する魔法?
あれ?
でも、魔法陣は使えているよね?
「魔法陣を発動するには、生贄が必要なのは知っているか?」
「あぁ、知っている」
「小さい魔法陣だったら、発動者の魔力と命を少し削る程度だ。まぁ、使い続ければ狂って死ぬが。でも魔法陣が大きくなればなるほど、求められる魔力も生贄の数は多くなる。魔法陣によっては、1回の発動で20人以上の命が必要となる」
魔法陣の発動に、生贄が必要な事は知っている。
だからこそ、魔法陣を使おうとする教会の人達が許せない。
「無効化する魔法を解除したら、生贄は必要なくなるし、今よりもっと自由に、そして巨大な魔法陣が使えるようになるらしい」
生贄が必要ないなら、解除された方がいいのでは?
いや、解除を止めようとしているのだから、きっと何か大きな代償があるんだ。
あれっ?
魔法陣を発動するためには、絶対に魔力は必要となる。
生贄が必要ないなら、魔力を何で補うの?
「らしい? よく知らないのか?」
ウルさんの言葉にお父さんが首を傾げる。
「俺もここに来る前に、聞いたんだ。だからまだ実感がなくてな」
ウルさんも知らなかったんだ。
「俺達の組織は、魔法陣についての情報をほとんど隠している。それは、魔法陣に魅せられる事を防ぐためと、魔法陣を使わせないためだ。知れば使いたくなる者が、確実に出るからな」
確かに、生贄が必要だと分かっていても、魔法陣を試したくなる人はいるだろうな。
そして結果によっては、使い続けたくなるだろうな。
「あの、生贄の代わりはなんですか? 魔法陣の発動には魔力が絶対に必要ですよね?」
私の言葉にウルさんが神妙に頷く。
「本来の魔法陣は、生贄ではなくこの世界に流れている魔力を使って発動するものらしい」
この世界に流れている魔力?
「その魔力が、奪われ続ければどうなると思う?」
「崩壊するな」
お父さんの言葉に、ウルさんが頷く。
「もし、魔法陣が自由に使えるようになったら、例え法律で制限しても使う者は絶対に出て来る。そして、近くに使う者がいたら、他の者も使い出すだろう。そうやってこの世界の魔力を使い続けたら、いずれはこの世界は崩壊する。だから、無効化する魔法の解除は絶対に阻止しなければならないんだと、聞いた」
誰かが使うなら自分もと考える人は、きっといる。
皆が魔法陣を使ってしまえば、世界の魔力が奪われ続ける。
「世界に流れる魔力は、消して自由に使っていい力ではない」
お父さんの言葉にウルさんが頷く。
それだけ世界の魔力は大切なんだ。
「それに、魔法陣の使用をうまく制限できたとしても、教会の奴らが使う。奴らは、無効化する魔法を解除したら、魔法陣で何かするつもりみたいだからな」
そうだ。
教会の人達は絶対に使うはず。
あれ?
教会が私を探すのは、前世持ちだから。
教会の目的は、無効化の魔法を解除する事。
……どう言う関係があるんだろう。




