80話 優しいから悲しい
「アイビー、話は変わるけど……」
「……えっ、はい。何ですか?」
声、震えて聞こえなかったかな?
ラットルアさんの顔を窺うが、気付かれなかったようだ。
「確か、旅の目的は王都の隣の町だったよな?」
「はい」
「そこへ行くのは、いつまでとか決まっているのか?」
「いいえ、決まっていません」
「だったらさ、この町で当分過ごしたらどうかな? あ~、今の問題はちょっと横に置いておいて」
「……えっと……」
「1年ぐらい前にギルドに新しい制度が出来たんだよ。保護者代理制度。保護者から逃げている子供達や両親を亡くした子供達を、ギルドで守るためのモノなんだ。保護者不在の子供達は、いろいろな組織に狙われているから。それに今までのギルドの体制では、血のつながった保護者にはどうしても立場的に弱かった。それを補う制度なんだ。保護者代理を立てれば、たとえ保護者が探していても絶対に情報は流れない」
すごいな。
冒険者ギルドって、なんだか思っていた以上の組織だ。
でも……。
「ギルドに登録すれば、安全な仕事を選べるし。何かあった場合、ギルドで守ってもらえる。まぁ本登録には、保護者代理が名前を貸しただけではないと証明する、1年の期間が必要なんだけど」
目をしっかり合わせて話すラットルアさんの真剣な顔に、心が温かくなると同時にそれに応えられないことが悲しくなる。
気を抜くと、涙が零れそうだ。
「ギルドに登録すれば、安全な仕事を選べるし、頑張れば安定した収入にもなる。身分の保証にもなる。チームにだって参加できるし、作ることだって出来る。考えてみないかな?」
「…………」
「俺はさ、俺達のチームに参加してほしいって思ってる。でもセイゼルクがアイビーの性格では、気を使って無理をするだろうからって。でも、駄目かな?」
首を横に振って、意思表示する。
そして、声が震えない様に気をつけながら。
「足手まといになりますから。それに上位冒険者の行く場所に、私はいけません。自分の身も守れないのに」
「う~、そういう時は町にいても……ってダメか。余計に気を使わせるか」
「すみません。でも、誘ってもらえてうれしいです」
「セイゼルクにもボロルダにも、アイビーを困らせるだけだから話すなって言われたんだけどさ。俺の我が儘だから。困らせているよな、ごめん」
笑って首を横に振る。
困ってはいるが、とてもうれしい。
それに私の事を、思ってくれているのがすごく伝わってくる。
でも、スキルを記録する事が必要になるギルドには登録できない。
絶対に。
「ありがとうございます。急ぎの旅ではないですが、何処かに留まるつもりはないので」
スキルを気にしなくていいのなら、きっとすぐにでも飛びつくだろう。
でも、私には無理だ。
先ほど見えた教会。
司祭の格好をした人がいた。
その人を見た瞬間、全身に走った震え。
私のスキルを見た司祭が叫んだ言葉が、頭の中を駆け巡った。
『まさか、神を冒涜する忌み子が!! ……なぜ教会の中にいる! 生きる価値すらない穢れた者が!』
あの叫び声が、忘れられない。
震える私が、縋った父は戸惑った顔、次に悲壮感……そして、最後に見せたのは憎しみに近い表情。
父は、教会の教えをとても大切にしていた。
前の私の記憶があるからだろうか、幼い私には少し異常に見えた事もあった。
その為、司祭が忌み子と拒絶した私の存在が許せなかったのだろう。
すぐさま私を切り捨てるほど。
「そっか。無理か。でも、ちょっと考えてみて欲しい」
ラットルアさんの優しさが、うれしくもあり悲しい。
声は震えそうだったので、何とか笑顔を作り頷く。
洗濯した衣類が入ったカゴをぐっと握り込む。
私は大丈夫。
何度も繰り返した言葉を心の中で唱える。
私は大丈夫。
広場に戻りテントの方へ視線を向けると、視界に入った存在に足が止まった。
ラットルアさんも気が付いて、2人で顔を見合わせてしまった。
私たちのテントの傍に、ミーラさんが笑顔で手を振っている姿がある。
その横には、私の知らない冒険者らしい人が2人。
まさか、これほど早く接触をしてくるとは思わなかった。
聞いていた組織から考えると、ちょっと違和感がある。
もしかして、組織になにか問題が起こっているのだろうか?
……失敗したと言う取り締まりが、少しは打撃を与えたとか?
って、他の事を考えている暇はないな。
何をしてくるのか分からないから、気を抜かない様にしないと。
「大丈夫?」
「もちろんです」
何故か、ラットルアさんの方が緊張している雰囲気だ。
それが何か可笑しくて笑ってしまう。
その声につられて、ラットルアさんも笑った。
小さく深呼吸して、ミーラさん達が待つテントに向かう。
「アイビー、お久しぶり」
笑顔のミーラさんに、自然な笑顔を向けることが出来た。
よかった。
「お久しぶりです」
「よう。2日ぶり」
「たしかに。今日はアイビーの事を話したら、会ってみたいって言う友達を連れて来ちゃった」
「お友達……」
会ってみたいか。
ミーラさんの隣にいる2人に、視線を向ける。
「初めまして、カルアです」
「どうも、ルイセリアです。ミーラがアイビーの自慢話をするから会いたくなっちゃって。ごめんね急に」
「いえ、えっと自慢話?」
何だか、ミーラさんのペースに乗せられるのは駄目な気がする。
失敗しないために、もう少し落ち着いて話がしたいな。
ん~、よし。
「えっと、お茶を用意するので待っててください」
「いいね。アイビーよろしく」
すぐにラットルアさんが合わせてくれた。
「そうそう。アイビーの用意してくれるお茶って、すごく美味しいんだから」
ミーラさんも話に乗ってくれたようだ。
ミーラさん達が椅子に座ったのを確認してから、お茶の葉っぱをテントに取りに行く。
テントから外に出ると、火の用意をラットルアさんが終わらせてくれていた。
お鍋に水も入れられている。
「ありがとうございます」
「ん~、いいよ」
ラットルアさんが、コップの用意もしてくれたようだ。
ものすごく手際が良いな。
沸騰したお湯にお茶の葉を入れて少し蒸す。
コップにお茶を注ぎ入れ、待っている3人とラットルアさんと私の分を用意する。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「あっ、本当にいい香り」
「でしょ!」
ルイセリアさんは、お茶の香りを楽しんでいるようだ。
カルアさんは静かに飲んでいる。
「アイビー、明日とかどうしているの?」
「明日ですか?」
「そう、一緒に甘味を食べに行かない?」
「いいね~」
「ちょっとラットルアには聞いてないけど」
「俺が甘味が好きなのを知ってて無視ってひどくない?」
「え~」
ミーラさんが不貞腐れた顔をする。
何も知らなければ、綺麗な人なので可愛らしさが際立つんだけど。
私からすれば、恐ろしい。
「皆で行けばいいじゃない」
カルアさんが、静かな声でミーラさんを窘める。
「そうだけど」
「よし、決定! 明日は『フロフロ』か『アマロカル』に行こう」
「えっ、何でその2つ限定なのよ!」
「今日アイビーに町を紹介したんだけど、その時に行こうかって話をしていたんだよな」
まったくそんな話はしていない。
でも、何か理由があるのだろう。
「はい」
「え~、私は『ママロコ』とか、おすすめだけど」
「『ママロコ』もいいけどさ~、新作が出てないだろ」
「……まぁ、そうだけど」
あれ?
今何かミーラさん、少しおかしかった。
気のせいかな?
「もう! 何処でもいいじゃない!」
いきなりルイセリアさんが、大きな声を出す。
驚いた。
何なんだろう?
「だったら、明日は『フロフロ』か『アマロカル』。明後日は『ママロコ』」
「そうね。そうしよう」
やっぱり何か……気のせいかな?
それとも、あっ『ママロコ』ってところに何かある?
それにしても、なんだか急いでいるように感じる。
セイゼルクさんもボロルダさんも、組織は知略に長けているって言っていたけど。
そんな、印象は受けない。
何だか不安になるな。