767話 お父さんの武器
私が購入する雷球は決定したので、次はお父さんの武器を探す。
お父さんが探すのは、戦うための武器。
ソラが作った剣だけでも十分だと思うのだけど、何を買うつもりなんだろう?
「投げナイフか」
お父さんの言葉に視線を向けると、小さな魔石が柄に嵌っている小型のナイフが5本あった。
「投げナイフは難しい」と、冒険者達が話しているのを聞いた事がある。
「5ラダルか。どんな機能が付与されているんだ?」
えっ、5ラダルって、ナイフ5本で金貨5枚もするの?!
ナイフが置いてある棚に近付いて、価格を見る。
本当に5ラダルだ。
この値段という事は、凄い機能が付与されているはずだよね。
「あぁ、それね。そのナイフは、投げた後、数秒もすれば専用ケースに自動で戻ってくるのよね。だからその値段。しっかり整備しているから、戦っている最中に不備を起こすことは無いわ」
タタミラさんが、ナイフを1本お父さんに渡す。
「その機能だと、5ラダルは安くないか?」
ナイフを確認するお父さんが、タタミラさんを見る。
えっ、5ラダルでも安いの?
まぁ、ナイフが自動で専用ケースに戻ってくるのは、かなり凄い機能だよね。
投げナイフは1回投げてしまったら、取りに行くまで使えないから。
そう考えると、安い……のかもしれない。
「戻ってくる回数に制限があるから、その値段なの。1本につき25回まで。まぁ、この回数で5ラダルだから適正価格だと思うわ」
「いや、安いと思うが」
1本につき25回。
5本だから125回分、ナイフを投げられるのか。
125回分で5ラダル。
お父さんが言うように、安いのかは分からないな。
「そうかな? それより、気に入ったの?」
タタミラさんの言葉にお父さんを見る。
お父さんは、ナイフの柄を握って頷いている。
もしかして、買うのかな?
「試しに投げてみる?」
「いいのか?」
「もちろん。投げナイフは、実際に投げてみないと、相性は分からないからね。あぁ、そうそう。制限回数分投げても、ナイフ自体は使えるから。それと、整備をしたら回数は0に戻せるから」
タタミラさんの言葉にお父さんが苦笑する。
「回数を戻せるなら、かなり安いだろう」
「そう言われれば、そうかも。でも5ラダルで、問題無いわ。試すなら裏よ」
「クラはどうする?」
一生懸命剣を見ているクラさんにお父さんが声を掛ける。
「剣、見てる」
「分かった。気に入った物があったら、裏にいるから持って来てくれ」
「うん」
「こっちよ」
タタミラさんはナイフと専用ケースを持つと、店の奥へと歩いていく。
付いて行くと、奥には扉があり外に出る事が出来た。
そこはかなり広い場所で、あちこちに太さが違う丸太が地面に刺さっている。
丸太をよく見ると、剣で切りつけた跡が沢山ついていた。
「あそこに的があるから、試していいわよ」
タタミラさんが指す方には、確かに的が見えた。
ただ、想像していたより的との距離が遠い気がする。
「試し投げにしては、的が遠くないか?」
お父さんも遠いと感じたみたいで、タタミラさんを見る。
「そう? 的までは10mぐらいだけど」
首を傾げるタタミラさん。
本当に不思議そうに首を傾げているので、この距離でいいと思っているみたいだ。
「問題があるの?」
「いや、問題はないな。とりあえず、投げてみるよ」
「あっ、腰に専用ケースを装着してね。ナイフを専用ケースから出す事で、戻ってくる機能が発動するから」
「分かった」
タタミラさんから専用ケースを受け取ると、腰に装着する。
そしてナイフを入れると、的に向かってナイフを出してすぐに投げた。
バシッ。
ナイフが的に刺さる音が、微かに聞こえた。
凄い、ほぼ真ん中だ。
お父さんは、投げナイフも上手なんだ。
バシッ。
バシッ。
続けざまに2回。
見事に的の真ん中あたりにナイフが刺さっている。
「お父さん、凄い! あっ、消えた」
ナイフの刺さった的を見ていると、最初に投げたナイフが的から消えた。
「本当に戻って来たな」
お父さんの腰に装着した、専用ケースを見る。
そこには、3本のナイフがあった。
しばらくすると、専用ケースには5本のナイフが揃った。
「いいな、このナイフ。投げやすいし軽い。それと確認なんだが、このナイフには的中率を上げる機能も付与されていないか?」
「えっ、それはもちろんよ。魔石がはまっている投げナイフで、その機能が付与されていないなんて、ありえないでしょう」
タタミラさんの言葉に、お父さんが少し驚いた表情をする。
それに彼女も戸惑った様子を見せた。
「あれ? 違うの? 師匠から、投げナイフに魔石が付いているなら的中率を上げる機能は当たり前と教わったけど」
「その機能の値段は、追加していないよな?」
「追加なんてしないわよ。付いていて当たり前の機能なんだから」
普通なら、的中率を上げる機能分の値段を上乗せすると思う。
お父さんも、そう思っているのだろう。
神妙は表情でタタミラさんを見た。
「そうなのか。もしかして矢にも、的中率を上げる機能が無料で付与されているのか?」
お父さんの言葉に、当然とばかりに頷くタタミラさん。
このお店の矢と投げナイフは、全てお買い得だ。
「変なのかな?」
「いや、変ではないが。他の店から注意されないのか?」
「されないわよ。だって、どの店でも同じだから」
この店だけではなく、他の道具屋も?
つまり、この村の矢と投げナイフは全てお買い得なんだ。
ちょっとこれは凄い。
というか、「付いていて当たり前の機能」と広めた師匠さんが凄いよね。
「あぁそう言えば、師匠から『命中率を上げる機能が当たり前についているのは、この村だけのようだ』と聞い事があったわ。付けるのが当たり前過ぎて、忘れてた。そうだ、そのせいで師匠が弟子だったころに、ある冒険者がこの村にある矢を買い占められた事があったんだって」
お得だと気付いたんだろうな。
「さすがに買い占められると困るから、矢は1人100本まで、投げナイフは20本までと制限が出来たのそうよ」
「それで、正解だろうな」
お父さんが苦笑しながら頷く。
「私にとっては常識だから、命中率の付与なんて気にした事もなかったわ」
この村の常識として浸透していたら、気にしないよね。
「そうだ。魔物からドロップする投げナイフや矢は、魔石がはまっていても的中率が付与されていない物もあるだろう? その場合は、どうするんだ?」
「魔石の状態を見て、的中率に変えられる物は改良してから売っているわ。出来ない物は、整備の練習用に使っているから売る事は無いわね」
「凄い徹底ぶりだな」
「当然でしょ? 『武器や盾は命を守る物。だから、自信をもって薦められない物は売るな。魔石は命を守るために最大限生かせ。最低限の機能も付与できない物は、売り物ではない』。これは、師匠からの教えなの」
「凄い人だったんですね」
「そう、本当に凄い人だったのよ。でも、私の師匠も師匠だった人からの受け売りらしいわ」
この村ではずっとその教えが守れて来ているんだ。
なんだか、かっこいいな。
「あっ、それでその投げナイフ、どうする?」
「もちろん買う」
お父さんの力強い声に、タタミラさんが嬉しそうに笑った。
「その投げナイフは私の兄が、えっとどこだったかな? 王都の近くのかなり危険な洞窟だ。そこでドロップした物なの。気に入ってくれて嬉しいわ」
タタミラさんのお兄さんが、ドロップした物だったんだ。
もう少し値段を上げなくて、お兄さんは怒らないのかな?
「5ラダルで、本当に良いのか?」
「もちろんよ。ちゃんと兄にも許可を取ってあるし。兄としては、洞窟に挑戦する事が目的で、ドロップ品はおまけみたいな物なのよね。あの人、危険な場所が大好きなのよ。家族としては心配だけど、生きがいだから止める事も出来ないの」
危険な場所が好きなんて、家族としては心配だろうな。
「そう言えば、そろそろ戻ってくる頃ね。雪が積りだした頃に戻ってくるから」
「そうか。それならお礼を言っておいてくれないか? 『とてもいい物を手にする事が出来た。ありがとう』と」
お父さんの言葉にタタミラさんが嬉しそうに笑う。
「分かった、絶対に伝えるわ」
なんだか凄くいい買い物が出来たな。
あっ、クラさんも気に入った剣を見つけたみたい。




