766話 音と感電
宿でバトの調理をお願いした後、予定通り道具屋に来た。
クラさんも一緒だ。
武器専門の整備士がいるタタミラさんのお店に入ると、自警団の服を着た男性が大量の剣を持って立っているのが見えた。
「忙しいのかな?」
男性の持っている剣の数は、おそらく10本以上。
全て整備をするとなると、かなり時間が必要になる。
「もう一度言っておくわよ。個人が1回に持って来ていいのは、5本まで。いい、5本だからね。次から5本以上持ってきたら割引はなし。追加料金を貰うから! 分かった?」
男性で姿が見えないが、タタミラさんの声が聞こえた。
どうやら男性が大きいので、彼女が見えないみたいだ。
「5本までか」
あれ?
今の話しぶりから、あの剣は個人で所有している物なの?
自警団員達の剣を集めて持ってきたのかと思った。
「だが5本だと、1週間後にまた来ないと行けなくなる」
「丁寧に使えば問題なし! だいたい、どうして魔石が割れるのよ! いったいどんな使い方をしたの?」
剣の柄にはめ込んでいる魔石が割れたのかな?
確かに、どうして割れるんだろう?
魔石は硬いし、しっかり柄にはめ込まれているのに。
「いや、岩が邪魔だったから剣の柄でガツンと割ったつもりが、ちょっとずれて魔石に――」
「馬鹿じゃないの! 何をしているのよ!」
これは、怒られてもしょうがないかな。
あぁ男性が、落ち込んでいる。
「あれ?」
私たちに気付いたのか、男性の横から顔を出したタタミラさん。
視線が合うと、嬉しそうに手を振ってくれた。
「ほら、お客が来たから帰った、帰った。代金の請求書はこれ。次の給料日の時でいいから、振り込んでね」
「分かった、ありがとう」
「毎回言うけど、剣はもっと丁寧に扱って。いいわね」
「気を付けるよ」
大量の剣を抱えて出ていく自警団の男性を見送る。
その表情は怒られていたのに、なぜか楽しそうで首を傾げてしまう。
剣が直って、機嫌が良いのかな?
「いらっしゃい。すぐに気付かなくて悪かったわね」
「いいえ。また、お邪魔します」
お父さんの言葉にタタミラさんが嬉しそうに笑うと、私の方へ視線を向けた。
「良かった。体調が悪くて寝ていると聞いたから心配だったけど、元気になったみたいだね」
寝込んだ事になっているんだ。
「はい。もう元気です。ご心配おかけしました」
「ふふっ、丁寧ね。ありがとう。えっと……アイビーちゃんだったよね?」
少し目じりを下げて私を見るタタミラさん。
そんな彼女の様子に、笑みが浮かべながら頷く。
「ごめんね。凄い剣を持っていたからドルイドさんは、すぐに覚えたんだけど、アイビーちゃんはちょっと不安になっちゃって」
「なまえ、よく間違う」
タタミラさんが、クラさんの言葉に苦笑する。
どうやら、本当の事の様だ。
まぁ誰にだって苦手な事があるから、気にはならないかな。
「それより、今日は整備では無さそうね」
「あぁ、雷球の改良をしていたよな? お薦めがあったら、見せてもらいたいんだ」
お父さんの言葉に、タタミラさんが首を傾げる。
「ドルイドさんが扱うわけでは無さそうね。という事は、アイビーちゃん?」
タタミラさんが私を見る。
「はい。そうです」
「ん~、目的は何かな? それによって、お薦めは変わるんだけど。雷球はこっちよ」
タタミラさんの後を付いて行き、棚に雷球が並んでいる場所に移動する。
「戦うのが目的なら、これかな?」
彼女が手にとったのは、青い雷球。
「悪い。戦うための雷球では無いんだ」
お父さんの言葉に、タタミラさんが不思議そうな表情を見せる。
「逃げるための時間稼ぎができる雷球を、探しているんだ」
「なるほど。確かにアイビーちゃんの腕を見る限り、戦いには向かないわね」
やっぱり、そうなんだ。
タタミラさんの言葉に、自分の腕を見る。
筋肉が付きにくいからね。
「逃げるための時間稼ぎかぁ」
タタミラさんが、棚に並んでいる雷球の中から、緑の雷球を手に取る。
「それだとこれね」
タタミラさんから、雷球を受け取るお父さん。
「どんな効果なんだ」
「大爆音よ」
大爆音?
つまり、もの凄く煩い音が鳴り響くという事だよね。
雷球の攻撃は雷撃なんだけど。
それなのに、音。
これで本当に、逃げる時間が稼げるの?
「逃げる時間を稼ぐのに重要なのは、出来るだけ追っての動きを封じる事。追っ手が1人だとしても複数だとしても、一息に動きを止める必要があると思うの」
タタミラさんの言葉に、頷く。
「この雷球なんだけど、実は次に投げる雷球が重要なんだよね。アイビーちゃんが、誰かを追っていてその途中で大爆音の雷球を投げつけられたとする、その投げた相手がもう一度雷球を投げてきたらどうする?」
タタミラさんの手には、緑色の中に1本白い線が入った雷球がある。
線が入っているので、さっきの雷球とは違う物だと分かる。
でもそれは、今だから分かった事。
きっとその場では気付かない。
だから、もう1度雷球が飛んできたとすると。
「また大爆音がすると思って耳を防ぐけど、そのまま追いかけると思う」
だって、音だけで感電するわけじゃないと知っているから。
「その通り。アイビーちゃんを追って来る者達も、同じ行動をとると思う。逃がさないようにね」
タタミラさんがニコリと笑う。
「この雷球は雷撃するの」
「えっ?」
「つまり本来の力を持った雷球なの。相手は大爆音だと思っているから、ひるまず突進してくるでしょう? だから、雷撃すれば確実に感電してくれるのよね」
最初の雷球で油断させて、次の雷球で雷撃する。
なるほど。
「しかもこれ、水が飛び出すように改良してあるの。その水もある物を混ぜた水でね。そのお陰で、一気に多くの追っ手の足を止められるのよ。あっ、水に混ぜた物については秘密だから」
秘密なんだ。
凄く興味があるけど。
「雷撃範囲は、約7m。実験を繰り返して、攻撃力を確かめてあるから安心して」
実験してあるんだ。
いったい、何で実験をしたんだろう?
「どうぞ」
タタミラさんから雷球を受け取る。
私が以前使った雷球と、大きさが同じだ。
雷球によっては、球が大きくて投げにくいんだよね。
「もう少し範囲を絞った雷球だと、相手を倒す事が出来るんだけど、逃げるための時間稼ぎが優先なのよね?」
タタミラさんがお父さんを見る。
「あぁ。アイビーはその、戦うのが苦手なんだ。だから逃げる方を優先して欲しい」
「分かった。それなら、今お薦めした雷球がいいと思うわ。実はもう少し雷撃範囲を広げたいのよね。でも今のところ、7mが限界なの。それ以上になると攻撃力がぐっと落ちちゃうのよ」
7mか。
逃げる時に、なるべく追っ手が纏まって走るように、逃げる方向を考えた方がいいかもしれないな。
「あの、この雷球は追って来る人にぶつける必要がありますか?」
走りながら、振り返って投げる。
けっこう大変だよね。
「水を利用するから、その必要は無いわ。追っ手の足元に向かって叩きつけたらいいから」
それなら、簡単だ。
「逃げてる時に、振り返ってぶつけるのは難しいでしょう?」
タタミラさんの言葉に頷く。
たぶん、想像以上に難しいと思う。
「その辺りもちゃんと考えて改良してあるから安心して」
「はい」
「あとは、これ」
タタミラさんが、赤い雷球が入ったカゴを棚から出した。
「これは通常より攻撃力を増した雷球。追っ手にぶつけないと駄目だけど、追いつかれそうになったら必要だと思う」
「確かに必要だな」
タタミラさんの言葉にお父さんが頷く。
追いつかれないことが一番いいけど、追いつかれた時の事も考えないと駄目だよね。
赤い雷球を1つ持つ。
お父さんの邪魔にならないように、絶対に捕まらないようにしよう。




