762話 もう1ヵ所
マルチャさんが、ジッとお父さんと私を見る。
それに首を傾げていると、彼は1つ頷いた。
「君たちは大丈夫そうだね。そして、おそらく知っておいた方がいいような気がする」
「何がですか?」
お父さんが不審気に聞くと、彼は立ち上がり部屋にある棚に向かった。
「マーチュ村の近くで見つかった絵は、もう1ヵ所あるんだよね」
棚から1枚の紙を取ると、テービルに置いた。
「これが、もう1つの絵を書き写した物だよ」
その紙には、黒く塗りつぶされた木の魔物が描かれていた。
おそらく魔法陣を無効化した影響で、黒くなってしまった木の魔物なのだろう。
そして、その木の魔物に手を伸ばしている男性の姿があった。
「もう1つの絵は、なぜか木の魔物が真っ黒なんだよね。そしてその絵には『終わりを……』と昔の文字で書かれていたんだ。ただこの絵の文字は、かなり劣化して最初の方しか読めなかったみたいだけどね」
あぁ、絵の上部に書かれているのは、昔に使われていた文字なんだ。
今よりかなり複雑だな。
あれ?
この文字、魔法陣で見た事がある。
魔法陣に使われている文字は昔の文字なのかな?
でも、今使っている文字もあったよね?
「木の魔物が真っ黒な理由を知っているかい? 調べても全く分からなかったんだよね」
マルチャさんの言葉に、お父さんが少し考えこむ表情をした。
魔法陣の事だから、話すが迷っているのかな?
「知っています」
「えっ? 知っているのかい?」
お父さんの言葉に、マルチャさんが驚いた表情を見せる。
隣のクラさんも驚いている。
そういえば、もう1つの絵をマルチャさんが見せた時、クラさんは驚いていなかった。
つまり、もう1つ絵があった事を知っていたのか。
「魔法陣を無効化した影響で黒くなっていくんです。全身が黒くなってしまうと死にます」
お父さんの言葉に、マルチャさんが神妙な表情で絵を見る。
「と言う事は、この絵の木の魔物は亡くなっているという事か」
絵に描かれていた木の魔物は、全て真っ黒に塗りつぶされている。
おそらく、亡くなった木の魔物の絵なのだろう。
「どこか悲しい絵だとは思っていけど、そういう事だったんだね」
マルチャさんがそっと絵に触れる。
「この絵は、いつ頃見つけたんですか?」
「岩の絵があった傍に、今は崩れてしまったんだけど小さな洞窟があってね。そこに描かれていたんだ。でも、見つけたのは誰なのか分からないんだよね。昔の文献を整理している時に、その当時の団長が文献の間に紛れ込んだ地図を見つけて、それにこの絵がある場所に印が付いていたそうなんだ。最初は、印の意味が分からなくて調査したらしい。で、印の場所に、洞窟の壁に描かれた絵を見つけたという事なんだよね。ただ、かなり劣化していて、絵も全貌は分からなかったし、文字もかすれてしまって読めなかったみたいだけどね」
男性と木の魔物の周りにも、何かあったんだ。
全貌が見たかったな。
「そうでしたか。そういえば、この村は木の魔物の関係が深いんですか?」
そういえば、どちらの絵にも木の魔物が描かれている。
何か関係があるのかな?
「いや、木の魔物を実際には見た事はないね。怖い魔物だと聞いてはいるけど、この絵を見ているからなのか、あまりそんな風には思えなくてね」
マルチャさんの言葉に、クラさんが頷く。
確かに絵を見る限り、木の魔物が怖いとは思えないよね。
「木の魔物には2種類います。人を襲う種類と、魔法陣を無効化して亡くなっていく種類です」
お父さんの言葉に、私を襲った木の魔物と洞窟で魔法陣を無効化していた木の魔物を思い出す。
「違いはある?」
クラさんの質問にお父さんが首を横に振る。
「パッと見ただけでは全く違いはない。だから、見つけても絶対に近付いたら駄目だ」
そう、見た目では全く分からないからね。
下手に大丈夫だと思うと襲われるかもしれない。
だから、近付かないのが一番だろうな。
「見た目で分からないのなら、それが一番だね。クラ、森には木の魔物もいるから気を付けるようにね」
「うん」
マルチャさんの言葉に、頷くクラさん。
こうやって1つ1つ学んでいくんだろうな。
クラさんにとって、マルチャさんはいい先生だよね。
「あぁそうだ。岩の絵について、聞きたい事があるのかな? 一応、見つけた経緯は話したつもりだけど。最近はちょっと忘れっぽくてね」
「魔法陣を見たら逃げろと教えていますよね。その理由を聞きたかったんです」
お父さんの言葉にマルチャさんが小さく頷いた。
「昔なんだけどね。魔法陣を使ってテイマーを傀儡にしようとした愚か者達がいたみたいなんだ。ここの村に逃げてきた彼らは、本当に酷い状態だったそうだよ。人として扱ってもらっていなかったのが一目瞭然だったってね。だから魔法陣を見たら逃げるように教えている。あれに関わって良い事なんて1つも無いからね」
「そうですね」
マルチャさんの言葉にお父さんが頷く。
それにしても、テイマーを傀儡にして何がしたいんだろう?
テーブルに置かれている絵を見る。
「魔法陣から魔物達を守れ」か。
もしかしたら、本当に手に入れたかったのは魔物なのかもしれない。
魔物を手に入れても言う事を聞かないから、テイムさせようとした。
だから、テイマーを傀儡にしようとしたのかも。
「ところで、その愚か者達とは何者ですか?」
お父さんの質問に、ちらっとマルチャさんが視線を向ける。
「……知っているんじゃないか? 化け物を崇めている集団を」
あっ、教会関係者の事なんだ。
お父さんも気付いたのか、1度頷いた。
「あいつらはずっと昔から人を人とも思っていない。知っているか? 奴らは昔、子供達が文字や簡単な計算が出来るようになればきっと役に立つと言って、子供達を集めて勉強を教え始めたんだ」
ここまでは、いい話に聞こえるよね。
確かに文字が読めて、簡単な計算が出来れば色々な事が出来るようになる。
「でも実際は、奴らは子供達を駒として動くように洗脳していたんだ」
子供を洗脳?
「子供達の様子がどんどんおかしくなっていく事に気付いた親達が、無理矢理奴らの元に押しかけて分かったそうだ。でも、気付くのに3年も掛かってしまった。子供達は3年間も、洗脳教育と言うものを受けてしまったんだ。そのせいなのか、子供達は同じ喋り方、同じ考え方。まるで人形みたいだったそうだ」
苛立ったのか、いつもの話し方より乱暴な言い方のマルチャさん。
それに彼も気付いたのか、ちょっと恥ずかしそうな表情をした。
「聞いた事があります。王都だけでなく遠くの村にまで影響を及ぼしたんですよね」
そんな事件があったんだ。
昔から教会は、酷い人達の集まりだったんだね。
そんな人達に、狙われているんだよね。
やっぱり、怖い。
「奴らは今、隣のオカンノ村で何かやっているみたいでね」
えっ?
オカンノ村といえば、いろいろ問題を起こして迷惑している村だよね。
それに教会が関係しているの?
「そうなんですか?」
お父さんの言葉に、ため息を吐きながら頷くマルチャさん。
「寒くなって来た頃から、連絡が通じない時が多くなって。とうとう連絡がつかなくなった。春には調査をする予定みたいだよ」
隣の村だから、気を付けていた方がいいよね。




