79話 奴隷
「今日からよろしく」
ラットルアさんが差し出した手を、ギュッと握る。
今日からしばらくは、2人でこの町を散策する。
何処まで組織の人が動いてくれるのかが問題だ。
「で、今日はどうしようか? 街中でも見て回る?」
「あの、その前に、洗濯をしたいので川に行ってもいいですか?」
「え? ……川で洗濯?」
あっ、クリーン魔法で綺麗に出来るから洗う人って珍しかったっけ。
どう言えばいいかな。
「えっと……」
「アイビーってもしかして、クリーン魔法と水魔法を使えない?」
これは隠し通せない。
腹をくくろう。
「はい」
「そっか。……町の中に洗濯場があるけど行ってみる?」
洗濯場?
聞いたことが無いな。
「どういう場所なのですか?」
「ん? そっか、大きな町にしかないかな? 洗濯場と言うのはクリーン魔法や水魔法が使えない人に開放されている場所だよ。まぁ、使える人も使っているけど」
クリーン魔法や水魔法が使えない人?
あれ?
日常に必要な魔法って誰でも使えるはずでは?
「あの、魔法を使えない人って……」
どう聞けばいいのだろう?
いっぱいいるのですか?
それとも……。
予想もしていなかった事なので、聞きたいことが纏まらない。
「ん? あぁそっか、ラトミって小さい村だったか。あのさ、日常に必要な火魔法、水魔法、クリーン魔法は誰でも使えるって教えられたのかもしれないけど、それは誤解なんだ」
「誤解ですか?」
「そう、この3つが誰でも使えると言うのは誤解。3つのうち2つもしくは1つしか使えない人達もいるし、魔力量の問題で使えない人達だっているんだ。広場を使っていて気が付かなかった? 火をおこす火打石が用意されていたのを。あれは冒険者の中にも、火魔法が使えない人がいるからなんだ」
確かに置いてあった。
この町だけでなく、村にも置いてある場所があった。
「ちなみに俺は水魔法が使えない」
「……えっ!」
「気が付いていなかったんだ」
まったく気が付かなかった。
あれ、でも……料理をする時に水を用意してくれていたと思うけど。
……あっ、あれってもしかしてマジックアイテム?
「お鍋に水を入れてくれた時に使っていた物って、マジックアイテムですか?」
「正解! 俺が水魔法使えないからってシファルがわざわざ見つけて買って来てくれたんだ」
「そうなのですか? シファルさんは優しいですね」
「まぁね。……本気で怒らせなければな」
あぁ、確かに昨日のシファルさんは怖かった。
それにしても、母親に教えてもらったけど誤解だったのか。
なら、生活魔法が使えない事を隠しておく必要は無いかな?
あ、でも魔力量で使えない人はどれくらいいるのだろう。
「あの、魔力量が少なくて生活魔法が使えない人って結構いたりしますか?」
「どれくらいなのかは不明だな。でも1人知り合いがいるな。もしかしてアイビーは魔力量の関係で?」
「はい。魔法自体は使えますが魔力量が全くダメでした」
「なるほど……って、それで旅をしているのか? 危ないだろうに」
「まぁ、そうなのですが」
「火魔法が使えると、もしもの時に役立つんだけどな。ん~、やっぱり奴隷……」
そう言えば、ラットルアさんは奴隷を薦めてくるな。
どうしてなんだろう。
「どうして奴隷が良いのですか? あの、ちょっと馴染みが無くて」
「あ~、小さい時から普通にいるから特に奴隷に対して何か思う事はないんだよな。もちろん犯罪奴隷は別だけど。奴隷になった冒険者の知り合いもいるし。仲間意識もあったりしてさ。いい主人に出会ってほしいなって言う気持ちがあるんだ。それに少しの借金だったら数年単位の契約だから、早く契約して借金を返した方が、冒険者にも早く戻れるだろ?」
「数年単位の契約? 冒険者に戻る?」
「あれ? 知らない?」
「はい」
「多額だと無理だけど、少額の借金の場合は、3年、5年の契約と言う形で奴隷になるんだ。多くの冒険者達は、少額借金がほとんどだから数年契約が適用されている」
「そうなのですね。奴隷は、一生の契約だと思っていました。冒険者の方の話が聞こえた事があるのですが、悲壮感が漂っていたので」
「ハハハ、その契約だと奴隷がものすごく高額になってしまうぞ。それに犯罪奴隷でも軽犯罪の場合は最短で10年なのに、少額の借金奴隷が一生って、重すぎると思うな」
「確かに、そうですね」
「冒険者ギルドに登録したら、受けさせられる講習があるんだけど、そこで最初に習う事が備えるお金についてなんだ。依頼に失敗した時の事を考えて、必ず用意しておけよって。あと、借金が払えない場合、奴隷落ちになることも。まぁ、これは既に知れ渡っているけど」
「ギルドで講習……」
「そう。で、多くの冒険者たちは奴隷落ちにならないために備えている。依頼を受ける時も、失敗した時の事を考えているしね。ただ、備えると言っても完全には難しい。そのため依頼に失敗すると、少しだけ借金が残ってしまう事があるんだ。それで奴隷落ち。でも少額だから、ほとんどが3年か5年で戻って来るけど」
「なるほど」
「その悲壮感を漂わせてた奴らは、たぶん金を全て使っているのだろう。ギルドから注意を受けても馬鹿な奴っているからさ」
「はぁ」
「腕の立つ冒険者奴隷だと、知り合いの冒険者に契約してもらう事もある。まぁ、これは金をそうとう貯め込んでいる冒険者の知り合いがいる事が条件だがな」
何だか、思っていた奴隷とはかなり違う。
奴隷落ちしたら、一生奴隷だと思っていた。
何処からこんな知識が紛れ込んだんだろう。
……前の私か。
ん~、裏切りが横行して、奴隷になったら一生奴隷で……、前の私ってどんな世界で生きて来たんだろう。
間違いなく、ここより厳しい世界だよね。
「アイビー? 大丈夫?」
「あっ、すみません。大丈夫です。……あの数年単位だとその時に知った内緒にしてほしい事ってどうなるのですか?」
「あぁ、奴隷の時に知った情報については魔法で縛られるから、奴隷から解放されても話すことは出来ないんだ」
なるほど、魔法で。
何だか、奴隷に対して感じた拒否感が薄れたな。
と言っても、奴隷は高いから手が出ないけど。
「ここだよ、って今日は結構いるな」
目の前には洗濯をしている人達。
魔法が使えない人だと思うとちょっと不思議な感覚になる。
今まで、いないと思っていた人が目の前にいるのだから。
しかも。
「どうするって……アイビー、大丈夫?」
「あっ想像したより多く人がいたので……驚いて」
「ははは、そっか」
全てが使えない人ではないらしいが、それでも想像していたより多い人が洗濯場にはいた。
洗い場の空いている場所を探して、服を洗う。
置いてある桶がマジックアイテムの様で、中の水を捨てると水が自動で桶いっぱいに溜まる。
初めて使うマジックアイテムに、少し興奮してラットルアさんに笑われた。
旅で溜まった服などを洗うと結構な量になる。
全て洗い終わって持ってきたカゴに入れる。
「お疲れ~、終わった?」
あっ、洗い物に必死で一緒に来ているのを忘れていた。
……囮の事も。
ラットルアさんがいてくれると言う安心感はちょっとやばいな。
気を引き締めよう。
「すみません。お待たせしました」
「大丈夫だよ。じゃ、干さないと駄目だし広場に戻ろうか」
「はい」
広場に向かいながら、お店の情報などを教えてもらう。
さすがに住んでいるだけあって、詳しい。
特に甘味の店に関してかなり詳しい。
そう言えば昨日のミルパも、かなり好きそうだったな。
多くの人々が入って行く建物が見えた。
そちらに視線を向けると、建物の屋根に十字架が見えた。
教会だ。
……私の人生を変えた場所。
ずっと避け続けている場所だ。
気付かれない様に、そっと視線を他へと向けた。