758話 失敗した
罠を仕掛け終わると、次はクラさんのスライム探し。
ただクラさんが、私の体調をかなり気にしている。
「大丈夫だよ?」
「まだ休養した方がいい。帰ろう」
クラさんが村へ帰ろうとするのを、腕を掴んで止める。
「本当に大丈夫だから。無理なんて、していないから」
「本当?」
「うん。クラさんは心配性だね」
「えっ? そんな事はないと思う」
いや、心配性だと思う。
ずっと私の体調を、気にしてくれているし。
「家族の皆、体調を崩した事が無い。だから、どうしたらいいのか分からない」
えっ、家族全員?
クラさんが、判断出来る頃からずっと?
「俺も今まで風邪を引いた事が、1度もない」
「それは、凄いね」
家系的に病気に強いのかな?
そうだとしても、家族全員がずっと体調を崩さないのは凄いよね。
「じいだけが、時々体調を崩す」
マルチャさんだけ?
「じいは体調を崩すと長い。長い時は1ヵ月ぐらい会えない。だからアイビーさんも大変」
んっ?
マルチャさんは76歳だと言っていたよね。
「クラさん、待って。マルチャさんは、年齢的な事もあるから長引くのであって、私はそこまで長く寝込む事はないよ」
あれ?
今の言い方は、マルチャさんに悪いかな?
でも、さすがに私がマルチャさんと同じだと思われるのは違うよね?
「ぷっ」
「お父さん」
聞いていたなら、助けて欲しい。
「アイビー、ごめん。クラ」
「はい」
クラさんがお父さんを見る。
「マルチャは年齢的に、風邪を引くと体力がかなり落ちてしまうんだよ。ポーションで治す事が出来るのは風邪だけだから、落ちた体力はゆっくり休養して戻すしか無いんだ」
「じい、前に言ってた。『年々、風邪を引くと元に戻るのに時間が掛る』って」
「76歳だから、それもしょうがないんだろうな」
「年齢で、そっか」
クラさんがお父さんの話に頷く。
「アイビーはまだ若いから、体力が落ちてもすぐに戻るんだよ。だからもう大丈夫なんだ」
元々体調が、悪くないからなんだけどね。
う~、ものすごく悪い事をしている気分になる。
クラさんが私をジッと見ると、頷いてくれた。
「分かった」
良かった。
「さて、それじゃどこを探そうか?」
お父さんが私とクラさんを見る。
何処と言われても――。
「ぷ~」
バシャ。
「てりゅ~」
バシャ。
ソラとフレムの鳴き声に、凄く嫌な予感を覚え慌てて2匹を探す。
あ~、やっぱり!
「ソラ! フレム! どうして、こんな寒い日に水に飛び込んだの?」
慌てて、川の中で遊んでいるソラとフレムの下へ走る。
川の傍にいるのに目を離した私が悪いけど、まさか雪が降りそうな日に川に飛び込むなんて!
「えっ、シエル?」
スッと隣を何かが通ったと思ったら、シエルの姿が川辺にあった。
「にゃうん」
シエルは私を見て一言鳴くと、川の中に前脚を入れる。
「シエル?」
シエルが水遊び?
見ていると、シエルが川の中にいるソラをそっと銜えた。
そして、川から出ると私の下へ来て、ソラを地面に転がす。
そしてフレムも、同じように銜えると私の下へ来て、足元に転がした。
「ありがとう。でも、シエルの前脚が濡れちゃったね」
川がそれほど広くなかったので、前脚だけですんだけど寒そう。
マジックバッグから布を取り出すと、シエルの前脚を丁寧に拭いていく。
「ぷ?」
「てりゅ?」
「ソラとフレムは後です」
私の言葉に不服そうな2匹。
まったく、濡れたのは川に入ったからでしょう?
「俺が拭くよ」
お父さんが布を持って、ソラとフレムを拭いてくれる。
ちょっと雑に拭かれているのか、不服そうな鳴き声が聞こえる。
でもシエルの前脚と違って、2匹はつるっとしているのですぐに終わるから大丈夫でしょう。
「乾いたかな?」
「にゃうん」
私の言葉に、喉を鳴らすシエル。
頭をそっと撫でると、喉の音が大きくなった。
「大丈夫?」
クラさんがそっとシエルの頭を撫でる。
「にゃうん」
「…………」
無言になったクラさんに視線を向ける。
あ~、感動中みたい。
そっとしておこう。
「アイビー。川辺に沿って探してみようと思うけど、どっちがいい?」
お父さんが川上と川下を指して、私を見る。
どっちがいいかな?
川上は、岩が多く低い木々と高い木々が混ざっているのが見える。
ここからでも、少し様子が分かるぐらい見晴らしがいい。
川下は、岩は少なく高い木々が多い。
木々の下は背の高い草が鬱蒼としているので、見晴らしはかなり悪い。
「探しやすそうなのは、川上だね」
クラさんのスライムを探すのだから、スライムが出そうな場所を探すべきだよね。
ただ、スライムが多くいる場所って何処だろう?
「ぷっ」
ソラの鳴き声を見ると、川上を見ている。
「ソラ、川上の方がスライムがいそうかな?」
「ぷ~……ぷぷっ」
何かを考えた後に、体を左右に振ったという事は川上にはスライムはいないのかな?
「川上は駄目なのか?」
「ぷっぷぷ~」
お父さんの言葉にソラが元気に答える。
となると、川下か。
ただ、川下の気配を調べると、少し魔物が多いような気がする。
隠れる場所が、結構あるせいだろうな。
大丈夫かな?
「それほど強くは無いけど、魔物が多いな」
「うん」
「にゃうん」
シエルも気付いているみたい。
「にゃうん」
シエルがなぜか、川下の方へ少し前に出る。
「シエル、どうしたの?」
私をチラッと見たシエルは、
「にゃ~ん」
川下に向かって大きな声で1回だけ鳴いた。
バサバサバサ。
「あっ。ふふっ、シエルありがとう」
うん、シエルが気配を見せて鳴いたら、そうなるよね。
あっという間に遠のいている魔物の気配に、お父さんと笑う。
「心配事が無くなったな」
「そうだね」
「どうしたの?」
クラさんが不思議そうに、お父さんと私を見る。
「魔物が少し多くいたんだけど、シエルの鳴き声でいなくなったの」
「シエル……凄い」
「にゃうん」
クラさんの言葉に、嬉しそうに鳴くシエル。
シエルは、クラさんが気に入ったみたい。
クラさんを前に、尻尾が少し激しく揺れている。
「よしっ、魔物の気配も遠いし、見て回ろうか」
お父さんの言葉に、シエルが先頭になって歩き出す。
「お父さん。スライムは、どんな場所に多くいるの?」
私の言葉に、クラさんもお父さんを見る。
「ん~難しい質問だな。どこにでもいるし、すぐにいなくなるのがスライムだからな」
いなくなるのは、他の魔物に狩られるからかな?
「あぁでも、大きな木の傍がどちらかと言えば、多いかな?」
大きな木。
川下には、大きな木がいっぱいあるから、どれがいいのか分からないな。
「いないな」
しばらく歩くが、スライムが1匹もいない。
「あれ?」
もしかして、さっきのシエルの鳴き声で逃げて行ったのでは?
……そうだよ、絶対に逃げたんだ。
どうして、シエルが鳴いた時に気付かなかったんだろう。
「あっ」
すぐ傍でお父さんの声が小さく聞こえた。
そして失敗したという表情をする。
「お父さん、気付いた?」
私がそっと声を掛けると、お父さんが苦笑しながら頷く。
それに私も小さく笑ってしまう。
おそらく今日はもう、スライムに会う事は無いだろうな。




